Chapter3 快楽としての動物保護③
来た道を戻って柏の葉を通り過ぎて流山へ戻ってくる。
空き部屋の多いタワーマンションの放列の中に隠れるように、午後の目的であるクリニックがあった。
「本日休診」のプレートが下げられた扉を構わず開けると、一人の白衣を羽織った女性が待合室のソファで寝そべりながら携帯端末でゲームと洒落込んでいた。
「いらっしゃ〜い。無事に生き残ってるようだね。感心感心」
首から臨時雇いの厚労省医系技官であることを示しているネームプレートを下げ、濃いブルーライトカットレンズのメガネをかけた女医が出迎えてきた。
「そう簡単に殺してくれるなよ、戸川先生」
戸川と呼ばれたその女医は「にゃはは、元気そうで何より」と立ち上がって二人を奥の診察室へ手招きした。
オブジェクターとエフェクターは定期的なメディカルチェックが義務づけられている。戸川は二人のかかりつけ医を務めている。
「それじゃ毎度毎度ごめんだけど、少し血をもらうよ。史香ちゃんは注射大丈夫だよね」
短期間に何度も注射針を通したせいか、史香は薄く内出血の跡が見受けられる腕を晒した。
「俺は注射とかおっかなくて泣きそうだ」
メディカルチェックと書けば聞こえは良いが実際のところはオブジェクターとエフェクターという人智を超えた存在の研究という面も兼ねていた。要は実験動物だ。血液から遺伝子情報、そしてその特徴的な眼球まで。政府の本心からしてみれば、一人か二人を実験台に掻っ捌いてみたいところだろうが、さすがにそれを実践に移すほどに愚かでは無かった。
そうして一般的な健康診断のメニューに加え、いくつかの専門的な検診と問診を終える。
「うん、二人ともお変わり無く健康体だね。葉月くんは体重も戻ってきたようだね。顔色も良くなってきたし、まだ具体的な数値は出ないけど肝臓もいい感じになったんじゃん? 史香ちゃんはちょっと背が伸びたねえ。感心感心」
一通りのメディカルチェックを終えれば普段はもう用は無いのだが、この日はまだ所要があったので二人はクリニックに居残ることにした。
「確かこの後、環境省の人が来るんだっけ? オルタネーターについての話を訊きたいとか。なんか実際に封鎖都心に入ってオルタネーター見たことあるんだって。ガッツあるよね〜」
「へえ、骨のありそうな奴じゃん。〝チキンレース〟して人気取りするしか頭に無い連中とは違うんだ」
「でも私も現地に……封鎖都市には行ったことあるけどね、オルタネーターの姿を初めて見た時は怖気がしたね。皆、昔のテレビの空きチャンネルに映る砂嵐が形になったって言ってるけど、そんな生易しいものじゃない。理解できないことからもたらされる根源的恐怖というべきかな。自分の今までの価値観とか常識が揺さぶられる感じ? 目を背けたくとも背けられないというか、怖いのに何故か惹かれてしまう。またそのこと自体にも怖くなるし……。言うなれば、正気を削られるっていうのかな。それともSAN値削られるとか」
「SAN値って言ってわかるか」
フェリクスがちらと史香に目を向けて口を挟む。
「確かにオルタネーターは不気味で怖かったですけど、なんかもう慣れちゃいました」
「おや、子供は適応力が高いのかな。とはいえだ」
戸川は史香の頬に両手を当てて顔を近づける。
「ひゃ、ひゃう……」
「こんなことに、こんな場所に慣れちゃダメよ。君たちは本来、こんなことをすべきではないのだから……ってやーん史香ちゃん、ほんとお肌すべすべ〜。ほっぺももちもちじゃーん。これが若さかっ!! ちょっと分けて!!」
「ガキ相手に何やってんだ、アンタは。さっさと本題に入れ」
史香のもち肌を解放して、戸川が訊ねる。
「で、史香ちゃんお話ってなぁに?」
史香は後ろでコーヒーを啜っているフェリクスをちらと見た。戸川がフェリクスの過去を知っていると聞いて、尋ねてみようと考えていた。
「実は……フェリクスさんの特異体質についてなんですが……」
おずおずと口を開いた史香に少し驚きを露わにして、戸川は史香の後ろにいるフェリクスを見遣った。許可を求めるような視線にフェリクスも目を伏せてわずかに頷いて許可する。
「いちいち許可取らなくてもいい。全部話してくれても構わない。俺が史香に自分で尋ねろって言ったんだ」
自分の口からは話したくないのだろうと戸川は胸の内で納得した。
そんなフェリクスに戸川は僅かに笑みを浮かべた。史香を見つめるフェリクスの横顔は美形と言っても過言ではないが、にじみ出る陰気さがせっかくの美男子を台無しにしている。だがそれも以前と比べれば、だいぶ憑き物が落ちたように戸川には見えた。
「今の葉月君は封鎖都心の中では常時レゾナンス状態にある」
結論から答えた戸川の言葉に、史香は何を言ってるのかわからないと目を丸くして眉根を寄せた。だが考えてみれば思い当たる節はあった。半年間もの間、単独でオルタネーターを撃破して回った実力もそうだが、それ以前にエフェクター無しでもオルタネーターを倒せるというのはおかしい話だ。オルタネーターはエフェクターの少女とレゾナンス状態になったオブジェクターによる攻撃でなければ倒せないという大前提から外れている。
「私はこれを〝オーバーレゾナンス〟と読んでる。〝独りレゾナンス〟だとちょっとダサいでしょ」
「でもどうしてそんなことが?」
「葉月君には君がやってくる前にもエフェクターがいたことは知ってるね? 原因は葉月くんの前のエフェクターの娘にある」
史香の問いに戸川が答え、そして言葉を続けていく。
「名前は小島蜜李。君と違って結構ワガママで手のかかる娘だったよ。葉月君も最初の頃はね……」
「センセ」
フェリクスの少し鋭い咎めるような語気。パーソナルな点には触れてくれるなということなのだろう。
「まあ色々あったけど葉月君と蜜李ちゃんは優秀なオブジェクターとエフェクターだった。だけど、それでもどうにもならないことがあるのが今の東京だ。葉月君には何も瑕疵……悪くないと思うけど、オルタネーターに蜜李ちゃんは殺されてしまった」
史香にも類推できる事実ではあったが、いざ言葉にされて目を伏せ黙りこくるしかなかった。診察室にわずかの間だが重い沈黙がのしかかる。
「これは……あくまで私の確証の無い想像に過ぎない仮説だけど、レゾナンス中にエフェクターが死亡、あるいは致命傷を負ったというショックで何らかの形でオブジェクターである葉月君に影響を残したと考えられる。死亡時や負傷時にレゾナンスの出力が急激に上がったか、あるいはレゾナンス中にエフェクターが死亡することでこういった現象が起こり得るのか」
「だったら、俺みたいな連中がもっといてもいいはずなんだがな」フェリクスが言葉を差し挟む。
「そうだね。エフェクターを亡くしたオブジェクターなら沢山いるからね。だというのに今のところ、私が確認できた範囲ではオーバーレゾナンスを使えるのは葉月君しかいない」
オーバーレゾナンス。エフェクターの存在がなくともオルタネーターと対抗し得る手段であり、フェリクスはそういった唯一の存在だ。
「そういった人間がどういう扱いを受けるのものか。実際、オーバーレゾナンスという現象が確認されてから、葉月くんの立場はかなり危うくなった。役人のどいつもこいつもが実験動物を見る目だったよ。まあ全員、葉月くんがボコボコにしたんだけれど」
フェリクスに顎だの鼻だのを砕かれ顔の形を変えられた浅慮な役人は両の指の数ほどにいたという。
「とはいえ、葉月くんのオーバーレゾナンスは通常のレゾナンスとはまた違うし、エフェクターの存在が無くても戦える決定的な要素にはなり得ないという結論を私が出した。私が把握できている通常のレゾナンスとの違いは二つある」
ふぅん、と顎に手を当てて少し考えを巡らすと、話を続けた。
「ってその前にまず、どうしてオルタネーターに通常の武器が通じないかということも説明した方がいいかな? 史香ちゃん、エフェクターになる前に役人のおじさんたちから説明受けたと思うけど、ちゃんと意味わかった?」
画一的で杓子定規にしか説明できない役人のことだ。どうせ紙に書かれた内容を自分でも禄に理解もせずに、少女相手にただ文章を読んだだけで十分な仕事をしたと思い込んでいることだろう。
「できれば、もっとわかりやすく説明していただきかったです」
おずおずと遠慮しがちな史香に、戸川は「合点承知。それじゃ先生がわかりやすく教えてしんぜよう」とパチンと指を鳴らした。
「話長くなりそうだから、なんか飲み物持ってくる。センセ、ペプシまだあったか?」
立ち上がって冷蔵庫の方へ向かうフェリクスの背中に「ごめん、もうモンスターしかなかったと思う。あとなんで私の冷蔵庫にペプシがあったの知ってんの?」と戸川がその背中に言葉を投げる。
「モンスター? 子供にそんなん飲ませられるか。しょうがねえ、コンビニ行ってくる」という声が徐々に遠くなっていくと、扉の開いた音がしてフェリクスの気配が医院から消えた。
「役人からは『りょーしてきそんざい』とか『いそうがどうのこうの』ってわけのわかんない言葉で説明されたでしょ」
「はい。確かそんなことを言ってました」
「官僚なんてバカだからね。自分で理解できてないし、する努力もしてないことを十歳そこらの女の子にまともに説明できるわけないじゃん。馬鹿な大人ばっかりでほんとごめんねー」
戸川は椅子に深く座り直すと、背もたれをぎしぎしと言わせる。
「さて、まずはオルタネーターがどんな存在かを説明しないとね。史香ちゃん、理科の授業はどういうところまでお勉強したのかな?」
「えっと、『ものの温まり方』とかですね」
「水とか食塩水をアルコールランプで沸騰させたり、冷やしたりするやつ?」
「そうです」
「あーそっかー。そういうのしかやってないのかー。だったら小学生に量子物理学教える時はやっぱりアレが鉄板かなー。ちなみに史香ちゃん、最近のテストはどれくらい点数とれたの?」
戸川に尋ねられると、史香はおずおずと恥ずかしげにはにかみながら答えた。
「……自慢じゃないけど、満点、取れちゃいました」
「偉いっ!!」
びしっと、戸川はサムズアップしてみせる。
「史香ちゃんは真面目だなー。ちゃんと葉月くんにご褒美おねだりしときなよー。えーっと、それでどこまで話してたっけ」
「オルタネーターがどんな存在かです」
「そうだったそうだった。オルタネーターの説明する時、いつもこれ使ってるんだよね」
言いながら、戸川は小さなダンボール箱と猫のぬいぐるみをデスクの下から取り出して見せた。
「このぬいぐるみの猫ちゃんは本物の猫ちゃんって思ってね。さてこのダンボールの中にハラペコの猫ちゃんと、食べると五十%の確率で死んじゃう毒入りのエサを一緒に入れて、箱にフタをして閉じ込めます」
「そんな……かわいそう……」
「まあまあ、これは例えばのお話だからね。それで猫ちゃんはハラペコなので、この五十%の確率で死んじゃうかもしれない毒入りのエサを食べちゃいます。さて、一時間が経ちました。猫ちゃんは生きてるでしょうか、死んでるでしょうか?」
戸川の問いに、眉根を寄せて真剣に考えを巡らせてみる史香だが、やがて首を傾げて降参した。
「ダンボールを開けてみるまでわからないです」
「そ、開けてみるまでわからない。それが答えだ。つまりだね、良い? ここからが大切だよ」
ずずい、と戸川が前のめりになりながら言葉を続ける。
「史香ちゃんがダンボールを開けて中の猫ちゃんの状態を確認するまで、猫ちゃんは死んでいるか生きているかわからないね。これをもっと難しい理科っぽくいうと、史香ちゃんからみたこの世界では、ダンボールの中の猫ちゃんは死んでいる状態と生きている状態、どっちでもあるって状態なの。わかるかな?」
「見ていないからわからない。わからないからどっちでもある……」
自分なりにどうにか理解に努めようと、言葉を反芻して腑に落とそうとする史香。そんな彼女の懸命な態度に戸川は思わず微笑を頬に刻んだ。
「こういうのをものすごく難しい理科の言葉で『量子力学』って言うんだけどね。で、ここでようやくオルタネーターのお話に戻ろう。この『どっちでもない』っていうのはオルタネーターにも関係がある」
「オルタネーターに普通の武器が通じないこととかですか?」
「史香ちゃんは、ほんと地頭がいいね。まさしくそのとおりだよ。オルタネーターは『ここにいる状態』と『ここにいない状態』が重なり合ってる存在なんだ。猫ちゃんは史香ちゃんにダンボールを開けてみるまで死んでるか生きているかわからないけど、厄介なことにオルタネーターは『ここにいる、いない』というどっちかの状態を自分で決めることができる。そうなれば、オルタネーターは普通の武器で攻撃されれも自分で自分を『ここにいない状態』に決めることができるよね。だから普通の武器での攻撃が通じない。ついでにカメラで撮影することもできないのも、このことに関係している。オルタネーターはカメラで撮影されると『ここにいない状態』になるんだ。だからオルタネーターの姿を映像や写真で捉えることもできない」
自分の存在を観測されて、そして物理的に干渉を受けると、その瞬間にオルタネーターは自身を『ここにいない状態』とする。故に量子的存在と呼称されている。『ここにいる状態』を『α状態』、『ここにいない状態』を『β状態』と定義されている。
「ここで言う普通の武器での攻撃というのは、普通に銃で撃ったりナイフで切ったり、爆弾で爆発させたり焼いたりすることだ。ただ唯一、オルタネーターにダメージを与えられるのが、君たちエフェクターによってレゾナンス状態になったオブジェクターによる攻撃だけだ。それも肉弾戦に限られている。オブジェクターのみんなが剣とかナイフとか槍で戦うのはそれが理由なんだよ。その一方で、レゾナンス状態にあるオブジェクターであっても銃による攻撃はオルタネーターに通用しなかった。これは、銃というオブジェクターの手から離れる飛び道具にはレゾナンスの効果が乗らないと考えられているからなんだ」
わかったかな? と戸川は史香に視線を向けると、ひとまずは大筋を理解し細々とした小難しい点についても自分なりに類推して腑に落とそうとしている彼女の顔があった。
「ただいまー」玄関の方から声がすると、ビニール袋を下げたフェリクスが再び姿を現した。
「オレンジジュース、コーラ、お茶、何がいい?」
「では、オレンジジュースお願いします」
「あたしはコーラ!」
オレンジジュースのペットボトルのキャップを開けて史香に手渡し、コーラを戸川のデスクに置くとフェリクスも自分の緑茶のキャップを開けて喉を潤す。
「さてやっと最初の話に戻れるね。オーバーレゾナンスと普通のレゾナンスは何が違うのか。まず見た目でわかるのは普通オブジェクターもエフェクターも片眼しか変化しないけど、オーバーレゾナンス持ちは両眼が変化する。そしてもう一点、大きく違う点はレゾナンスエフェクトが使えないということだ」
受け取ったコーラのキャップをぷしっと開けて、口を湿らせてから戸川は話を続ける。くぴくぴとオレンジジュースを口にした史香も、小難しい話を聞き入れる態勢を整えた。
「レゾナンスによる身体能力強化はあるようだけどね」
「ただ、それも普通のレゾナンスと比べると弱いようだったがな」フェリクスが詳細を口挟む。
「うんうん。見た感じ、身体能力強化はオリンピックで金メダルを何個か取れる程度だったかなー。それとオブジェクターはレゾナンス中にはオルタネーターの攻撃に対するある程度の耐久力も持つようになるけど、オーバーレゾナンスだとどうなるか確認は取れて無くてね」
「無傷だったからな」
「つまり、史香ちゃんがやってくる前の半年間、葉月くんはちょっと動ける普通の人間となんら変わりない身体能力でオルタネーターと戦ってきたことになる」
通常のレゾナンス状態とそうでない状態の身体能力の差は非常に大きいことを、史香は身を以て知っている。ましてや、レゾナンス中であれば多少のオルタネーターの攻撃に対しても抵抗力がつく。たかが金メダルを取れる程度の身体能力ではオルタネーターとの戦闘を凌ぐのは難しい。
それ無しで半年もの間、一人で怪物との死闘を繰り広げてきたことは壮絶と言う他に無い。愕然と驚きを孕んだ目で史香はフェリクスの方に顔を向けた。
だが本人はどこ吹く風といった具合に手錠端末をいじっている。
「とはいえ、このオーバーレゾナンス状態になる条件は明確にならなくて、私は良かったと思ってるよ」
そこから行き着く事態がどんな地獄かは、史香でも容易に想像がついた。
「そういや俺も質問がひとつあったんだわ。なあセンセ、報告書にも書いたんだが藤林の場合はどうなんだ?」
今度はフェリクスが話を続けた。
「うん、葉月くんの報告書は読んだよ。藤林凛はエフェクターも存在していないのに、どういうわけかエフェクトを使用できてたんでしょ? まあ藤林凛もオーバーレゾナンス持ちなのは理解できるね。そして彼女がエフェクトを使用する時に両眼の虹彩が紫ではなく紅くなっていたと」
ふむん、と一呼吸置いてから「皆目わかんにゃい!」と堂々と答えた。
「まあオーバーレゾナンスがパワーアップしたと類推するべきだろうね。差し詰め、〝オーバーレゾナンス・セカンドステップ〟! って感じかな。藤林の体を隅々まで解剖してやれば色々とわかると思うんだけど……」
戸川はコーラをもう一口嚥下して喉を潤す。
「まあその時になってから熟考してみるよ。さっきも言ったけど、オーバーレゾナンスに至る条件を明らかにしてしまったら、今よりもっと酷いことになりそうだからね」
クリニックの扉が開く音がしたのはその時だった。
「遅れて申し訳ない。珍しくアクアラインが混んでいてな」
ぬぅ、と背の高い男が診察室に入ってきた。白髪交じりの頭髪を短く刈り込み、神経質そうな少し落ち窪んだ両目を眼鏡で覆っている。口角の下がった唇は真一文字に固く結ばれている生硬い表情。白衣を羽織ってることから、戸川の関係者であることは想像できた。
「やあ、曙橋さん。ちょうど良いタイミングだよ。こちら、エフェクターの國仲史香ちゃん。そしてこっちのイケメンくんが噂のオーバーレゾナンスの葉月フェリクスくん」
「はじめまして。僕は曙橋という。環境省自然環境局野生生物課の課長補佐だ」
鞄から手早くノートパソコンと共に名刺を取り出して、曙橋はフェリクスと律儀に史香にも手渡した。
全く想像のつかない役職名を並べ立てられて、フェリクスはどれぐらい偉いんだ? と問う視線を戸川に投げかける。
「キャリアの出世街道まっしぐらな感じだよ」
「何が出世街道だ」
戸川の言葉に曙橋は眼鏡を指で持ち上げながら吐き捨てる。
「所詮は名ばかりの昇進だ。トカゲのしっぽ切りとも言うべきか。事が済めば責任を取らされる。それは君も同じだろう」
むっ、と不機嫌そうに眉根を寄せた戸川をよそにして、曙橋は言葉を続けた。
「申し遅れた。私はオルタネーターの行動と習性について研究している。葉月さん、今日は貴方に訊きたいことがあって伺った。〝寄生型〟あるいは〝擬態型〟のオルタネーター……、ここは便宜的に〝ヒト型オルタネーター〟と呼称しよう」
フェリクスの目が見開かれペットボトルを傾ける手が止まった。
「……前任者がいたはずだが」
「前任者ならトバしたよ。奴の後釜には私が居座ることにした」
「ああ、そう」
「オルタネーターに関する情報は真偽問わず少しでも欲しいところだ。にも関わらず前任者は葉月さんの証言を一笑に付した。己の職務に対する責任感が薄すぎるものだ」
曙橋は居住まいを正すと、足を組んでいたフェリクスも姿勢を正して曙橋と正面から向き合った。
「さて、では聞かせてもらえないか」
曙橋の目が真っ直ぐにフェリクスを見据える。これからフェリクスがどれほど信じがたいことを語ろうとも、疑うことも嘲笑うこともしないという真摯な目だった。
「君が過去に遭遇した、ヒト型オルタネーターについて」
フェリクスは視線を床に落とし、そして言葉を探すように顔を天井に向けて、とつとつと言葉を紡ぎ始めた。
「そのヒト型オルタネーターとやらが、蜜李を殺した。いや、俺が守りきれなかっただけだ。もう半年前のことだ……」
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