第5話
「お嬢様」
驚かれた、当然か。
ダグの一件依頼数日部屋から出ることを拒んだ、ナンシーも男になれさせることに少し抵抗を覚えたのか、自責の念が出てしまったのか、引きこもっている間ご飯を用意してくれたり、お風呂にも時たま一緒に連れ添ってくれたりした、その際俺たちは一言も話すことなく沈黙を貫いたのだ、ナンシーは何一つ嫌な顔せず俺のお世話を焼いてくれた、彼女の存在のでかさは俺の中では仏教徒でなくても奈良の大仏のような、ただそこにいて見守ってくれているようなそんな安心感があった、例えがおかしい? そんなもん知るか。
「ごめんなさいねナンシー、私」
言葉が出なかった、あの日のこと思い出すとどうにも胸が締め付けられる、ダグに対しての行いもナンシーがくれた厚意も全てが俺のためにしてくれたのに、俺は全てを無碍にしたのだ。
「お嬢様が謝られるようなことは一切ございません、私が少し急ぎすぎたのでございます」
まただ、また俺に対して頭を下げてくる、皆何も悪くない、悪いのは俺だ。
「いいえ、私が悪いのよ」
「そんなことはございません、お嬢様は頑張っておいででした」
「辞めましょうナンシーこれじゃぁ堂々巡りだわ」
15歳も年下の子供に窘められるのはどんな気持ちだろうか、分からんな、これまでそういった人との接し方をしてこなかったし、ナンシーは今25歳か、そういえば彼女も・・・
◇◇◇
「綺麗」
彼女の笑顔は水の中で屈折した光に照らされ、水色に輝いていた、そうあれは水族館の海中トンネルを歩いていた時だった。
俺はその時唯々彼女の顔に張り付いていた綺麗に呆然と立ちすくすことしかできなかった。
「行きましょ?」
彼女はいつもリードしてくれていた俺が頼りないのは今に始まったことじゃないんだけどさ、彼女が提案し企画しざっくりとした今日のタイムスケジュールまで組んでくれた、彼女の今日へ対する期待度は天井をしならなかったことだろう。
俺も彼女の期待を裏切らないようにできるだけのことはしてあげようと思っていたのだが、生憎人生経験が乏しく、彼女にとって満足のいくデートになったのか不安でいっぱいだった。
「今日楽しくなかったですか?」
「いや? そんなことないよ? 楽しかった!」
「顔に出てますよ?」
「そんなことないよ!・・・ごめん」
俺は自分に自信がないことが何よりの取り柄で、今日のこのデートが彼女にとって楽しいものなのかよくわからなった。
「すみません、私壁男さんが何が好きとかわからなくて、自分優先で予定決めちゃって!」
「そんな君が謝る事じゃないよ! 俺の方こそごめん、どうしたら君が楽しんでくれるか考えてたらよくわからなくなっちゃって」
「謝らないでください! 私もこういう経験なくて、ただ水族館一回行ってみたかっただけなんです、無理につれてきたようで本当にごめんなさい」
彼女のことを思い出すなんて久しぶりだ、ここ数年は本当に彼女の空いた穴の中に誰かが隠居していたかのように思い出すことなんてなかったのに、けれどそれだけ彼女といたのは数カ月と言う短い期間だけだったが彼女と過ごした日々は俺の人生の中の全てのように感じていたのは嘘ではない。
◇◇◇
「お嬢様? お嬢様?」
「あ、ごめんなさいナンシー少しボーッとしていたわ」
「ダグ様は毎日お嬢様のことを気にかけておいででした、毎日のように会いに来てくれはしましたがお嬢様が部屋から出て来られないことを伝えるたびに思い悩んでいる様子で」
ダグのことを心配していないわけではないのだが、察せられるとしたらダグのことになるのだろう、確かにダグにはたいそう悪いことをした。
「そう・・・」
ダグもまた俺を心配してくれているのか、ダグのその気持ちは本物なのか俺には分からない前に言っていたように女神が操作していたものなのかもしれない、だがダグからもらった日々は俺の彩の少ない人生の中で少ないながらも何物にも変え難い無二の輝き、それに報いてやらなければ男の名折れ!
「ナンシー、ダグを明日呼んできてくれないかしら、私まだ外に出るのは怖いのだけれど、ダグとなら」
「お嬢様」
俺はその時ナンシーを顔を見ながら話せてはいなかった、床を見ながらその模様に似た心中の自分への鬱憤をただただこらえていた。
ダグは何も言わずにそこにいた、ただただ私が口を開くのを待ってくれていた、けれど俺も口を開くことができず悪戯に沈黙の時が続いた、忙しいのにもかかわらずわざわざ私に割いてくれている時間をまた浪費させてしまっていた。
「あ、あのね」
「はい」
少しの沈黙があろうものならダグはただ相槌を入れてくれた、これがライブ会場などにみられるコールアンドレスポンスなのかと馬鹿なことを考える暇はあれど言葉は恥ずかしがって口から出てこない。
「この前はごめんんさい」
「はい」
ダグの返事がありがたかった、彼は全てを飲み込んでくれる、どんな無礼にも真摯に向き合ってくれるするとダグは突然立ち上がり私の前まで来て跪く。
「お嬢様失礼を承知で少し辛抱なさってくださいますか?」
突然なんだ! 俺は訳が分からなくなり茫然と気づけば首を縦に振っていた。
ダグは座っている私の手を取り徐にそっと温かさを育んだ。
俺はその時不覚にも顔を真っ赤にしていたことだろう、彼の顔に据えられた1つのパーツの温かさに。
「よかった、嫌われたかと思っていました、突然手を握るなど無礼もいいところですし、それにこのような身分の私に先ほどのようなことをされて気分を害されても仕方のないことかと存じ上げますが、それでも私は今のこの気持ちを田畑の肥やしとして生きていくのは嫌だったのです」
ダグの一挙手一投足全てに軽蔑し尊敬の念さえ抱かされられた。前世の俺はここまでできただろうか? 女性に話すことさえ憚られ、コミュニケーションなどという絶対的ツールを使いこなすすべを持ち得なかったこの俺に。
「ダグごめんんさい、私は今まだあなたのその気持ちに答えられないわ、私自身どうすべきなのかよくわからないの」
「お嬢様、俺は先日の件があって以来半ば諦めていました、恋した女性に無礼を働き、トラウマを植えてしまったことに、それこそまさに禁断の果実ならぬ禁断の種子を、お嬢様の心に植え付けたのはほかならぬ俺にございます、いっそのこと一思いにお嬢様の逆鱗に触れ、私の心から芽吹くその恋の花を枯らしてしまおうかと思ったのです。ですがお嬢様は俺の思いを拒否なさらなかった、先ほど申しました通り、どうすべきか分からないのであれば今後の俺の行動次第であると解釈させていただきますね」
ダグの男らしさ、ここ数日見ない間に顔つきが変わった気がする、あの美顔ローラーを使ってでもいたかのように、幼さ残る優しいから勇ましいさへと昇華していた。
そこで突然自室の部屋にノック音が走る。
「はい」
「お嬢様失礼いたします」
「なにかしら?」
「お母さまが明日パーティーにどうしてもお嬢様を連れて行くと」
「「え?」」
ダグと俺は豆鉄砲を食らい。
ナンシーは申し訳なさそうに告げるのであった。
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