第二話 AM 5:00に告げる

 目覚まし時計が鳴った。

 もう朝か、辛い。

 まだ寝てたい……。


 右手で乱暴らんぼうに目覚ましを止めて、寝返りをうつ。

 すると。


 あ?


 俺と同じ布団の中に、なんか居た。

 美少女が、ぐっすりと気持ちよさそうに眠っていた。


 おいおいちょっと待て。

 なぜ俺は悪霊とはいえ『女』と一緒に寝てるんだ!?

 昨日の記憶が全くないんだが!?


『ムニュニャム……ん、おはよう〜恩人♡』


 寝ぼけたような顔で頭をでてくる。

 優しく、子供でもでるように。


 ゾクゾク、と全身をその感触かんしょくめぐった。


『今日も一日、がんばろぉ〜』


「頑張るのはいいんだけど、なんでここで寝てるんだ……?」


『え〜、昨日のこと何も覚えてないんだ♡』


「…………え」


 昨日のこと!?

 確かに何も覚えてないけど。


 というか、とろけそうな笑顔でそんなこと言われても怖くなるだけなんだが!?


 考えても考えても、記憶は出てこない。


 早朝五時。

 チュンチュン、というスズメの音が、朝の始まりを告げていた。



 朝チュン……シャレにならん!




◆◆◆




 俺が出勤しゅっきんの準備をする間、美少女悪霊はそれをジーッと見ていた。

 見られてると落ち着かないんですが。


 無言でご飯を食べて、歯磨はみがきをして……ってするのも気まずすぎるので、何か話す事はないかと思案していると。


 そうだ。

 あれを聞いてないじゃないか。


「なあ、悪霊」


『なに?』


「お前の名前、なんて言うの? ほら、生前の頃の名前とかさ」


『…………』


 沈黙ちんもくか……。

 これ何回やられても怖いんだよな。


「言いたくないなら言わなくてもいいよ! みんな話したくない秘密の一つや二つあるしな」


 言うと、彼女はうつむいて申し訳なさそうに、


『ごめんね。言いたくない、かな』


「そっか。なら他の名前は? 幽霊になってから呼ばれてた名前とかないの?」


『私、幽霊になってからは誰かと話したことがあんまり無くて、だから無いんだよね……』


「うーん、“悪霊”って呼ぶのは響きが悪い気がするし……。あ、いっその事ここで名前決めようぜ」


『名前を、ここで……?』


 うつむいていた顔がパッと上がり、その可愛い顔が満面の笑みを浮かべていた。


『なら、恩人がつけてよ! 私を助けたのはあなたなんだから!』


「え、俺!? 俺なんかでいいの? ネーミングセンスの欠片かけらもないけど」


『ギク……ま、まあそこは大丈夫だよ。どんな名前でも嬉しいよ』


 嘘つけ、声が震えてるぞ。

 俺がとんでもない名前を言い出したらどうするんだよ。


 ……名前、か。

 こういうのは連想ゲーム的なので決めると良いらしい(知らんけど)


 幽霊→お化け→英語にすると「ゴースト」→スー→スー子。


 我ながらダサい名前じゃね?

 これぐらいしか思いつかないんだけど?

 まあ、呪われたら呪われたでそれは良いか。

 俺もその時は悪霊になろーっと。


「よし、決まった」


『なになに!? かもんかもん!』


「お前は今から“スー子”だ!」


 どうだ、このクソダサいネーミングは!

 絶望しろ、美少女悪霊!

 俺は既に絶望したZE!


『めっちゃイイ名前! スー子かぁ、スー子スー子スー子。嬉しい!! ありがとう、恩人!』


 ……意外と喜んでた。

 ごめん、ダサいとか言って。


 それからスー子はいきなり真剣な顔になって。

 俺の手をおもむろににぎった。


 ドキリとした。

 幽霊だからか手は少し冷たい。

 というか、なんで手を握られてるんだ?


『恩人はさ、なんて呼べばいいの?』


「んあ、俺か? 俺の名前は 森川もりかわカイト。苗字みょうじでも名前でも、好きなように呼んでくれ」


『ん、改めてよろしくね、カイちゃん!』


「……お、おう!」


 あれ、なんかこれ。

 そこら辺にいるバカップルっぽくね?

 いや考えないでおこう。


 俺はスー子の手の感触かんしょくがまだ残るうちに、家を出た。

 なぜか今日の仕事は一段いちだんと頑張れる気がした。

 家に帰っても一人じゃないから。


「よし、行くか!」


『にひ〜、着いていくよカイちゃん!』


「お前は留守番るすばんしとけよ! 美少女を引き連れて出勤とかキャバクラじゃねぇんだから!」


『私のことを美少女って言ってくれたのは忘れないぞ〜』


 口がすべった!

 ついうっかりと!

 顔が熱くなっていくのが分かる。

 多分、俺のほおはいま赤い。


『それに、カイちゃん以外の人は私のこと見えないしね。悪霊って相当な霊感がある人じゃないと見えないの。だから安心してね。全力で応援させてもらうから!』


「……バレないなら良いけど。静かにしとけよ」


『私はカイちゃんのそばに居るだけでいいから♡ 邪魔なんかしないよ!』


「それ本気で言ってるの? バカップルかよ」


『ばばバカップルって! バカじゃないし!』


「カップルの方を否定しろよ!」


『だって、昨日の夜……♡ でも、カイちゃんは覚えてないん……だよね♡』


「顔を赤らめて抱きついてくるな! そもそも俺はお前とそんな関係を持った覚えはない!」


『もう、都合のいい所だけ忘れるんだから♡』


「はあ…………もうだめだ……」


 そんなこんなで俺は出勤した。

 一応言っておこう。

 悪霊とそんな関係は絶対にない!


 今ここでスズメがチュンチュン鳴いてたとしてもだ!

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