美少女悪霊を助けたら、取り憑かれて同棲する事になりました。

Yuu

第一話 幽霊界隈も大変そうです

 今日も疲れた。疲れすぎた。

 週六出勤、残業は当たり前。

 今日だって会社を出たのは十二時ジャストだ。


 このままだと倒れるよ、マジで。


 クタクタになりながらアパートの階段を昇り、ドアのカギを開ける。


 ガチャり。


「おかえりなさい、恩人さん♡」


「……」


 ガチャり。


 今度はドアを閉めた音だ。

 だって聞いてない!

 俺は一人暮らしのはずだぞ?

 なんで……。


 なんで家の中に美少女がいるんだよ!


 ビックリして部屋の表札を見るが……。


『森川』。


 ばっちり俺の名前じゃねぇかッッ!!


 まさか本当にアイツ、俺の家にむつもりなのか?

 だって、アイツは……悪霊、だぞ?





 ――この話を語るには、少し時間をさかのぼる必要がある。……そうだ、俺が深夜三時まで残業をしていた、あの伝説の日にさかのぼろう。つまり、昨日である。


◆◆◆


 俺の名前は森川カイト。

 中卒社会人の落ちこぼれだ。よろしくな!


 『中卒社会人』ってだけで絶望の匂いがぷんぷんするのだが、もうそれには慣れた。


 だがまあ肉体労働にくたいろうどうで体をこき使うので、家に帰るころには倒れてしまいそうなほどクタクタだ。


 早く帰りたいがために、近道で路地裏ろじうらを歩いていた。

 その時だった。

 声が聞こえたんだ。

 女の声と、乱暴らんぼうな男の声が。


『おい、俺ら幽霊だって性欲はまるんだよ、言ってる意味、分かるよなァ?』


『……』


『おいなんか言えよ! それともなんだ? されるがまま身を任せてるって訳か? なら、存分によろこばせてあげるから安心しなァ』


 俺は小さな頃から霊感がある。

 見えてはいけないものが見えるのだ。

 だからこそ分かった。


 アイツらは悪霊あくりょうだ。


 悪い霊、字面そのままだ。

 人に害を加える事もあるし、『呪い』なんていうモノは全部この『悪霊』の仕業しわざだ。


 だから素通すどおりしよう。

 初めはそう考えていた。

 でも……。


『……すけて、』


『あん? もうちょいはっきり言えよメスブタがァ!』


『た……、たすけ、てッッ』


 その声を聞いて、立ち止まってしまった。

 あの女幽霊だって悪霊なのに。

 でも、助けを求めてる。


『お前バカか? 俺ら幽霊を、人間は見ることができない。今ここで助けを求めて叫んだって、誰にも届かねェんだよ。分かったらさっさと黙れ』


 早く家に帰ろうと一歩をして、でもやっぱり止まった。


 ここで逃げていいのか?


 中卒社会人になって苦労してるのだって、元は逃げてばっかりだったからじゃないか。


 逃げて逃げて、楽な方に流された結果がこれ。


 だったら、今回ばかりは――。


「おい、お前ら。そこまでにしとけよ」


『……は? お前、俺たち幽霊のことが見えてるのか?』


「残念だが全部見えちまった。こっちだって御免ごめんなのによ。だからまあ、さっさと失せろ」


『見える体質なら分かるだろうが、俺は悪霊だぞ? そんな口聞いて大丈夫なのかァ? 呪い殺すぞ』


 俺は一瞬、泣きじゃくる女幽霊の方をチラッと見た。

 逃げてない。

 おい、そこは俺が時間稼ぎしてる間に逃げるって計画だろうが気づけよ!


 ……逃げないなら作戦変更だ。

 時間稼ぎじゃなくて、この男幽霊をはらう!


「呪い殺す……か。お前にそんなことが出来るとでも?」


『どういう意味だよ』


「俺さ、実家が神社だから、こういうのも持ってるんだよね」


 俺は胸ポケットから御札おふだを取り出した。

 黄ばんだ紙に文字が書いてある、かなり本格的なやつだ(百円ショップで買った安物のアクセサリーだが)。


『そ、それは……オフダ!?』


「今すぐお前をはらってやってもいいけど、どうする? 今すぐここから立ち去るなら、見逃してやるけど」


 この悪霊、俺と同じくらい頭が悪かったらしく、


『マジでごめんなさいスミマセン、二度としません許して!』


 それだけ言い残すと。

 フワ〜ン、と空気のように消えてしまった。

 あ、これは別に成仏じょうぶつしたという訳ではなく、ただ単に逃げただけである。


 ってかあんなヤツ成仏させてたまるかよ!


 と、いうわけで。


 薄暗うすぐらい不気味な路地裏にぽつんと。

 俺と女の悪霊だけが残されており……。


 彼女は白い死装束しにしょうぞくを着ている。

 前髪がダラりとがっているせいで顔は見えない。可愛いのかな?


 俺はおそおそる話しかけた。


「だ、大丈夫ですか?」


『…………』


「えっと、幽霊界隈ゆうれいかいわいも大変ですね、さかんなヤツもいるし、アハハ」


『…………』


 コイツぜんぜんしゃべらないんだが!?

 え、なにこれ帰っていいの?

 もしかして話が通じない系の悪霊だったりして。

 なら俺、呪い殺されるんじゃ……。


「あのぉ、じゃあ俺、そろそろ帰りますね」


『…………』


 死装束しにしょうぞくの女に背を向けて、ゆっくりと足を踏み出す。

 一歩、二歩。


 そこで、ふと。

 踏み出す足が止まった。

 なぜならば。


 後ろから服のそでつかまれているからだ!


 ま・じ・で・呪われる!!

 クソ、人助けなんかするからこんな事になったんだよ! いや、この場合は悪霊助けだけど!


 くだらない事を考えながら、俺はゆっくりと後ろを振り返った。


 ――あれ、意外と可愛い。


 至近距離しきんきょり死装束しにしょうぞくの女の顔がある。

 歳は十八18十九19ぐらいだろうか。


 まず最初に目に入ったのはくちびるだった。

 すごくうるおっていて、薄い赤色が俺をける。


 背は少し低い。

 それもあってか小動物のような可愛さがある。

 触れただけで壊れてしまいそうな……。


 そんな感じで見つめていると、ふっくらとした唇が動いて、


『あ、ありが……とう』


「ぜ、全然大丈夫ですよ! 気にしないでください」


『何かお返し……したい』


「……え?」


『だって、恩人おんじん……だから』


「そんな、申し訳ないですよ。俺は何も求めてませんから。ね? それじゃ、俺はそろそろ帰るんで」


 それっきり、彼女は口を開かなかった。

 俺は歩き出した。

 一歩、二歩。


 路地裏を抜けて、大通りに出る。

 俺の家(ぼろアパート)はもうすぐそこだ。


 なんだけど……。

 なんかさっきから肩が重い。

 後ろを振り返ると、また悪霊がいた。

 居やがった。


「ちょ、着いてこないでくださいよ!」


『…………』


「あ、悪霊さんの沈黙は怖いんで何か喋って欲しいです……」


『恩返しするって……言った』


「マジですか……」


『マジやで』


「あ、方言もイけるタイプの悪霊なんすね」


『…………』


「ごめんマジで謝るから呪わないで」


『…………♡』



◆◆◆



 ――――と、いうことがあり。


 家のドアを開けたら美少女が待ち受けていたと。


『ねーねー恩人さん、家に入らないの? 外で寝るタイプ?』


「外では寝ねぇよ! お前がなぜか家にいるからだろ!? ってかいきなりコミュ力上がったなおい!」


『人見知りだから、初対面の人とはあんまり話せないんだよね〜笑』


「あの沈黙ちんもくはやばかった。死を覚悟したからね?」


『あなたは私の恩人なんだから呪う訳ないじゃん! ……たぶん』


「そこは自信もって言ってくれねぇと困るんだが!?」


 そんなこんなあって。


 美少女悪霊が家にきました。


 どうやら『恩返し』とやらをするまで、家から出ていく気は無いそうだ。


 それにしても、いきなりすぎた。

 これから美少女悪霊との同棲どうせいが始まるとなると、色んな意味でドキドキするな(呪いが怖い)。


 そりゃ、美少女とひと屋根やねしたっていう事実はマジで興奮だけどな。

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