我が文学部の異端な部長
「ではこれより、第1回『古き詩集の謎を追え!』大作戦作戦会議を始める」
「それ本気で正式名称だったんですね」
訝しげに見つめられた。正気だったようだ。
「なんすかそれ。初めて聞いたんですけど」
すかさず光村がまぜっかえす。頼むから話をややこしくしないでくれ。確かにあの時光村は部室にはいなかったけど。
「よくぞ聞いてくれた海翔君。これは、我が文学部における活動理念に深く通ずる部分であってね…」
「次の文化祭の出し物。卒業した先輩の詩集についてまとめるの」
「ああ、殺生な…」
そんな残念そうな顔をされても駄目だ。部長が話始めると、それこそ会議が踊りに踊ってしまう。心を鬼にして話を進める。
「手元の資料を見てください。先日部室で発見された詩集のコピーです。例の詩が書かれているページをコピーしたものになります」
「流石さやか君。頼んでもないことを率先してやるのは君の美徳の一つだね」
喧嘩を売っているように聞こえるかもしれないが、勘違いしてはいけない。これは部長なりの褒め言葉なのだ。ノンデリ二人を相手にするうえで、この程度で眉間を寄せてはいけない。多分先ほどの演説を遮られた仕返しなのだろうが、気にしてはいけない。
「詩集って、これが?殆ど何書いてあるか読めなくないか」
「古代より、文字は一部のインテリ層の専有物だからね」
「良く分からないですけど、喧嘩売ってるんすよね?」
落ち着け光村。部長の口が軽いときは、よっぽど機嫌がいいときの証左なんだ。あとお前もたまにそういうこと言うからな。
「それが今回メインで扱う詩。ていうか、その詩がなんなのかを調べること自体を、レポ形式で文章化して文学部の出し物として刊行しようと思ってます」
「なんだかやる気だな」
「我が部の滅私奉公の精神が、とうとうさやか君にも根付いたと見える。部長としてこれほどうれしいことはないね」
「なんすかそれ。初めて聞いたんですけど」
「今初めて言ったからな。というか、今考えた」
バカ二人が適当言っている間に、準備していたホワイトボードに要点をまとめる。
「現時点で分かっていることは二つです」
全く取り合わない私に何か感じたのか、二人とも神妙な顔つきで私とホワイトボードを眺めている。なんだか気恥ずかしくなって、水性ペンをもってボードにさっさと書きつける。
『①詩集は1ページ一人の生徒が担当していること』
「すべての詩においてそうだとは限りませんが、読めるページは基本的に詩のタイトルの下に作者名が記載されてありました。ですから今回調べる詩についても、それが誰が書いたのかを特定すればいいわけです」
「合作ではないということか。作者が個人なら、多少は手間も省けるだろう」
一人置いてけぼりの光村のためにも、結論を急がなくては。部長の言葉に頷いて、板書を続ける。
『②調査対象の詩は、読める部分が一文のみであること』
「最初のページを見てください。部長が見つけたその一文しか、そのページは読める部分がありません。つまり、【叫んで五月雨、金の雨。】しか、調査対象の詩自体の情報はないんです」
「このページの詩だけが、ね」
部長の言葉に、静かに頷いた。数ページ程度の詩集の中で、そのページだけが腐食がひどい。腐食というか、日焼けだろうか。見開き1ページの中で、左側、詩の終盤に書かれているであろうその一文以外、変色と腐食で読めなくなってしまっている。正直、コピー機で印刷するときにも、今にも破けてしまいそうなほどだった。部長がこの詩に着目した原因の一つは、この点にあるのかもしれない。
「つまり、です。今回、文化祭でこの詩を扱ううえで、解決すべき点は二つあります」
目が点になっている光村を横目に見ながら、黒板に結論を書きつける。
『⇒⑴この詩の内容について、当該一文も含めた完全な詩の復元を行うこと
⑵この詩の作者について、どのような背景で詩の制作を行ったのか等、当時の心情を含めて明らかにすること』
「こんなのできんのか?」
ようやく話が呑み込めてきた光村が、痛いところを突く。資料をまとめていても、今こうして黒板に整理してみても、改めて私も光村と同様の感想を抱く。
今在籍している生徒の中に、どれだけこの詩の事を知っている人がいるだろうか。そもそも、文学部の事自体知らない生徒が圧倒的に多数である状況の中で、どのように調べていけばいいのだろうか。これまでの、近所の植生や花言葉といった、雑学チックな調べものとはわけが違うのだ。
たった私たち3人に、できるものなのだろうか。
彼も、私が明確な回答を持ち合わせていないことを察したのだろう。黙っている私を見て、不安そうな顔をしている。
「できなければ、廃部になるだけだ」
そんな中、淡々と、かつ冷ややかな声が部室に響く。私と光村は、今まで聞いたことがないそんな部長の声にぎょっとして彼女を見た。
そこには、普段の傍若無人な部長からは想像できないような、大人びた顔つきの高校3年生が、微かに日の落ちてきた窓からさす光に照らされて座っていた。
「これは、私の単なる我儘だ。君たちが協力してくれなくても、私が文学部部長ではなくなったとしても、なんとしてでも調べて見せる」
折角入部してくれた君たちには、申し訳ないがね。そう言って、立ち上がり、サブバックを背負ってドアに向かう。
「部長、会議は」
「今日は終わりにしよう。私は先に失礼する」
取り付くしまもなかった。あっという間に、部室には私と光村だけが残された。
「…部長となんかあったのか?」
「わかんない。あんたセクハラとかしたわけじゃないでしょうね」
「できるわけないだろ。俺は保守的なんだ」
「じゃあ、なんで部長は帰っちゃったの?」
「知らね。あんな剣幕の部長は初めて見た。美人は怒っても絵になるんだな」
「のんきなこと言ってる場合じゃないでしょ」
どうやら、私や光村が部長の機嫌を損なったわけではないらしい。だとしたら、何が彼女をああ言わしめたのだろうか。いつもの部長は、冗談を言うことはあれど、他人に逆上したり感情をあらわにすることは殆ど無い人だったはずだ。
たった2か月程度の付き合いだが、今日の彼女の様子は明らかにおかしかった。
まるで、そう。
私たちが、この詩に関わることを嫌がるような。
頭を振って妄言を追い払う。ありえない、部長が自ら調べたいと言ってきたんだ。たまたま、虫の居所が悪かっただけだろう。
「光村は、どうする?」
手持ち無沙汰に、携帯をいじり始めた彼に問う。
「どうするって?」
「はぐらかさないで」
「おおこわ」お前は怒っても絵にならないぞ。そう言いかけた光村は、私の静かな怒りを悟ったのか口をつぐむ。賢明な男だ。私も、貴重なクラスメイトを失いたくはない。
「高城は、やるんだろ」見透かされたように言った彼に、私は返事もせず固まる。
「なら、俺もやる」
「なんで」
「高城は、」
それまで携帯を見ていた光村が、私の方を見てはっきりと言う。
「なんで部長を助けてやりたいのか説明できるのか」
この男は、本当に変なところに気が回る。
私が部長の力になりたいのは、ただ単にほっておけない以外にも理由がある、と思う。
それが何なのかは、私にも分からない。ただ、部室の窓際、特等席に座って一人読書をしている部長を見ると、どうしようもなく力になりたいと思うのだ。この人に、何か自分ができることはないだろうか。そう思うのだ。
返す言葉のない私に、勝ち誇ったように言う。
「俺も同じだよ。お前と」
真っすぐ見据えながら私に語り掛ける彼を、私は直視することができなくて、彼の向こうの窓に視線を逃がす。今、彼はどんな顔をしているのだろうか。見たいような、見たくないような。慌てて言葉を絞り出す。
「じゃあ、これから毎日部室に来てね」
「おう。バスケはしばらく中止だな」
「そっちも出てよ。私がシバケンに文句言われるじゃん」
「それくらい我慢できるだろ。愛しの部長のためならさ」
「やだよ。シバケン暑苦しいし。光村が自主的にサボってますっていうからね」
「ひっでえ。頼みますよ高城さん。この通り」
「そこまで言うなら許してあげる。てか、部長にバスケ部と兼部してること、まだ伝えてないでしょ。ちゃんと言わなきゃだめだからね」
「中途半端な気持ちでやるなって怒られそうで。言わなきゃダメか?」
「だめ」
そんな軽口をたたきながら、第1回の会議は終了する運びとなった。
それぞれに、不安と覚悟を抱かせながら。
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