第6話3大天使
【3大天使 】
夏休み前とはいえ7月は暑い。
夏休み前最後の体育の授業のあと、水飲み場で顔を洗って、タオルを手探りで探していると、誰かがタオルを取って手渡してくれた。
俺はそのタオルをもらって、おでこも汗でベトベトだったので、前髪が濡れておでこに引っ付いたので、かきあげるようにして顔全体を拭いて、眼鏡をかけていないので誰かわからなかったけど、そのまま
「ありがとう」
と言ってその相手を見ると、相手は固まったまま
「高木君?」
「うん、ありがとう」
「うそ……」
「えっ?」
よーく見ると同じクラスの齋藤裕子さんだった。
齋藤さんはクラスで一番人気の女子で誰にでもやさしく接してくれる、東校1年の3大天使と言われている美人。
よく別のクラスの男子から告白されているところを目にしていた。
トイレに行くときとか、廊下でその場面を何度か見たことはある。
ボッチの俺は、そもそも存在を認識されていないから、誰も俺を気に留めることはなく、男子生徒も俺の存在を気にせず告白しているものだから、よくそんな場面に出くわす。
そんな、誰にでもやさしい齋藤さんは、俺みたいなぼっちにもやさしくタオルを取って渡してくれたのだろう。
けど、なんでそんなに驚いているんだ?
「齋藤さん?」
「う、うん、はい」
「タオル取ってくれてありがとう」
「うん、どういたしまして」
そう言いながらチラチラと俺の方を振り返りながら、小走りで他の女子たちが待っている方に行ったけど、俺何かしたかな?汚い?匂う?
体育ジャージは栞に
『洗濯はこまめにちゃんとするように』 って言われてるから、大丈夫だと思うんだけど、なんでだろう?
やっぱり汗が匂うのかな~?
まあぼっちの俺は、今まで通りそういう人たちに近づかないから、大丈夫、今までと変わらないと思う。
あれから定期考査の勉強は栞と一緒、2回目ともなるとはかどるし、なにより楽しい、栞に教えてもらったんだから頑張れる!これが終われば、補講を残すのみ。
期末テストの結果が返ってきた、クラス6位、学年28位、中間試験の時よりかなり上がった。
自分でもすごいと思った。
栞と一緒の勉強も、この前みたいに緊張しなかったおかげでちゃんと勉強できた。
栞の教え方がうまくてすっごくわかりやすかった、これだけよかったのはすべて栞のおかげ
うちの高校は栞のところほどじゃないけれど、大学への進学実績では都立では2トップ、それくらいの進学校。
国立帝都9大学なら40名くらいは現役合格しているし、医学部へは理Ⅲも私立も合わせると20人は現役合格している。
学校の定期考査だから目安にはならないと言われればそれまでだけど、1つの目安にはなるはず、このままいければいける!
そう思ってさっそくRINEで栞に報告とお礼
『それじゃあ日曜日に何かおごって』って返信が、
もちろん!よろこんで!
(日曜日に栞と一緒って、それって栞へのお礼というより俺へのご褒美なんだよ、うれしい、わくわくしてしまう)
あれから、何かと齋藤さんがチラチラ俺の方を見る。
時々目が合うから、その時はペコっと頭を下げるんだけど、あわてて見なかった振りをされるんだよな~、俺何かした?ちゃんとお礼言ったよね、まずいよ、あれ以外何かした記憶がないんだけど。
どうしようあの陽キャ連中に何か言われないだろうか心配になりながら、授業が終わるとすぐに帰り支度、陽キャ連中に絡まれないうちに急いで学校を出る。
塾のない日は(幽霊部の)部室で勉強をしてから帰るんだけど、陽キャ連中に見つかって捕まったら、って思うと勉強どころではなくて、速攻で帰ることにした。
しょうがないから駅の改札を出てから家に帰る前にとりあえずマクドに入って、そこで勉強してみることにした(家に帰ってじいちゃんに見つかったら稽古だもな~)。
マクドはザワザワして落ち着かないんだよね~。
1時間ほどいたら、たまたま栞が俺を見つけたらしく、マクドに入って俺の隣に座り声をかけてきた
「かっくん?どうしてこんなところで勉強してるの?」
俺は、3大天使の1人に、この前の体育の時から目をつけられたみたいで……心配事の全部を栞に話すと、
「それはまずいわね」
「そうだろ、だからこれからは、塾のない日は、ここで勉強するしかないかなって思ってるんだ、でもここってざわざわしているから落ち着かなくて困ってるんだよ」
「そうよね、そのまま学校にいたら捕まっちゃうかもしれないわ、それはまずいわよ」
「うん、まいったよ、ぼっちだからあいつらの恰好の的だよね~」
「そうよ、何か対策を練らなきゃ」
「うん、ゴメンね、こんなことまで栞に相談に乗ってもらって」
「ううん、いいの、いずれそうなるかもって思っていたから」
「いずれ?」
「う、う、うんそう、だってかっくんぼっちだから」
「ぼっちでごめん」
「いいの、ぼっちでも私のかっくんなんだから」
栞はなんてやさしいんだ、いつもいつも俺のために
どんなに感謝しても、感謝しきれないくらいだよ
「とりあえず、1週間たてば夏休みだから、それまではマクドしかないわね、私も付き合ってあげる、夏休み明けのことはこれから2人で考えましょ」
「いつも栞に助けられているね、ありがとう」
「いいの、だって……かっくんの目標のためなんだから」
「うん」そんな栞に感謝しながら家に帰った。
それからも相変わらず齋藤さんはちらちら俺を見るし、でも無視するともっとひどい事になりそうだから、頭を下げるんだけどプイってすぐに顔をそらされるし、だからといって無視するわけにはいかないし、あ~どうすればいいんだ~困った……もうすぐ夏休みだ、それまでなんとかやり過ごせば……。
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やっと終業式、明日から安心、HRが終わったらいつものように速攻で帰ればイケル。
そう思っていたら、齋藤さんが
「高木君、学校が終わったらちょっと付き合ってくれる?」
しまった、その手があったか……
帰りに捕まらなければ大丈夫と思って速攻で帰っていたのに……甘かった。
無視して帰れば夏休み明けに何されるかわからない……
暴力?それは大丈夫だと思うんだよ、逆に俺が加害者になるかもしれないからと思って、それもあって避けてたのに、問題はずーっとイジラレキャラになっていじられるか、陰湿なイジメだよね~。
あ~あ、栞~
思わず栞に齋藤さんに捕まったとRINEしてしまった。
栞からは、『終わったらこの前のマクドで待ってる』って
ありがとう、そしてごめんね栞。
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あれから憂鬱なままHRが終わり、いつもなら速攻で帰るのに、齋藤さんから声がかかるのを待っている。
「ここじゃなんだから、付いて来てくれる?」
「はい……」
そこで陽キャ連中が待っていて、囲まれて……うわ~イヤだよ~。
何言われるんだろう……齋藤さんの後ろをトボトボとついて行く。
おもーい足取りで、心はどんどん暗くなって……着いたところは、調理実習室
「中に入って」
「はい」
最悪のことを考えすぐに空手の構えができるように心の準備、そして顔を上げると……あれ?
誰もいない。
目の前に立っているのは齋藤さんだけだった。
えっ?
「高木君、眼鏡取って、前髪あげてくれる?」
えっ?びんたされるの?
俺、齋藤さんには何もしていないのに、気づかないうちに何かやらかした?
恐る恐る眼鏡をはずして、前髪をもちあげ、丹田に力を籠める、びんたくらいなら、と覚悟していたら
「やっぱり」斎藤さんが1人で頷く
「何?」
「ううん、なんもない」
は~、びんたされずに済んだ。
齋藤さんが何か言ってくるかと待っていたけど、なにも言ってこないから
「あの~」
「何?」
「あの~、ここに呼ばれて、その~」
「あっ、ごめんね、呼び出しちゃて」
「いや、別にいいんです」
「あのね、高木君って夏休みは何してるかなって」
逆らったら、夏休み明けに陽キャ連中になにかされたらたまったもんじゃないから正直に答える。
「はあ、塾とじいちゃんに付き合うのと、幼馴染と一緒に勉強です」
「へ~、おじいさんに付き合うって?」
「じいちゃんが空手やってて、その稽古に付き合っていて、でも塾があるから塾のない日とかに練習稽古に付き合うんです」
「そうなの?高木君って空手やってるの?」
「じいちゃんとおじさんが空手の道場やってて、そこで時々だけど」
「ふ~ん」と言って上から下までなめるように見られた
いやいや、小学校の時に辞めたからそんな体つきしてないから。
「ねえ、塾って?」
「夏期講習です」
「そう、どこの塾?」
「XYZ会の新宿校です」
「ふ~ん、そう」
「はい」
「幼馴染って?」
「小学校3年からずーっと一緒の幼馴染です」
「その幼馴染って男子?女子?」
「女子です」言ってから気が付いた、栞の事、言ってしまった……
迷惑かけるかもしれない、栞ごめん。
「ふ~ん、そう」
「あの~」
「何?」
「なんで呼ばれたのか分からなくて・・」
「あっ、ごめんね、それだけ聞きたかったの」
「はあ」
「付き合わせてごめんね、それだけ」
「はあ」
「じゃあ 夏休みにね」
「はあ?」
そう言って齋藤さんが出て行ったのでほっとしたけど、
『夏休みにね』ってどういうことだ?
なんか怖い。
とりあえず何もされなかったので、急いでマクドに
改札を出て、マクドに入ると、栞が先に席について待っていてくれた
「遅い!」
「ごめん」
「連絡くれないから、心配したんだよ」
「ごめん、急いで栞のところに行かなきゃって、焦ってたから忘れちゃった」
「そっか、大丈夫?」
そう言って体のあちこちを触って確かめる
「うん、暴力はふるわれなかった」
「まあ、かっくんの場合、そっちの心配はないっか」
「うん」
「で、何されたの?」
栞には本当に申し訳ないんだけど相談に乗ってもらいたいから、最初から全部詳しく話した。
そして栞のことを言ってしまったことをあやまった。
「そっか~、そういうことか、やっぱり」
「ごめん、栞のことも言っちゃった」
「うん、それはかえって良かったと思う」
「えっ?そうなの?栞に迷惑がかからない?」
「うん、それは大丈夫、そのほうが都合がよいから」
「都合って?」
「ううん、なんでもない」
「ごめん、栞にはなるべく迷惑を掛けたくなかったんだけど、つられて言っちゃったんだ、ゴメン」
「いいのよ、かっくんの一大事は、私の一大事なんだから」
「ほんとうにゴメンね、その代わりなんでもするから」
「ほんと?なんでもするのね、約束だよ♡」
「でも、俺にできる範囲だよ」
「うん、かっくんにできる範囲だから大丈夫♡」
「そうそう、あのね、私も夏期講習からかっくんとXYZ会の同じコースだから、一緒にね」
「いいの?鉄錆会は?」
「だって、私もかっくんも塾目指しているわけじゃないでしょ、医師目指してるからどこの塾でも一緒よ、それに齋藤さん?夏休みに何かされるかもしれないじゃない、だから一緒にいてあげる」
「そっか、夏休みまで助けてもらって、ごめん」
「何言ってるの、かっくんと私の仲じゃない」
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