美しい孤島
どこまでも透き通る水。
綺麗なエメラルドグリーンの海に囲まれた、小さな孤島。
緑豊かな島の中心に、
周りを囲む赤レンガ塀には、美しい
そこに住むのは、小さな男の子ばかりの四兄弟がいる大家族。
男の子たちは、今日も島中を走り回っている。
無人島のようなこの孤島に住むのは、この家族だけだった。
リゾート地でもないので、ここには店も何もない。
定期的に、祖父や両親が自家用船で、ここから比較的近い大きな島で、
買い出しをしてくる。今日はその日だ。
もうすぐ、祖父と父親が島に帰ってくる時間。
『 いってきまぁーすっっ!!』元気に玄関を飛び出して
四人は、船着き場へと駆け出していく。
「いくぞ~!」
一番足が速いのはオト。
「きょうは、まけないっ。」
追い付いて、競い合っているのがユカリ。
「もぉ、まってよぉ~。」
かなり離れて、ヘトヘトになりながらついて行っているのがソノ。
「だいじょうぶだよ。すこし、あるく?」
オトに勝てる足の速さを持ちながら、いつもソノを心配して一緒に走るのはウタ。
こうやって四人はいつも、海に山に川にと、一緒に駆け回っている。
船着き場に着いて、並んで座り、祖母が持たせてくれた、サツマイモの蒸しパンをほおばる。
“ ばっちゃんの蒸しパン ” は、絶品だ。
『
そうこうしているうちに、船が見えてきた。
「おお〜い!じっちゃぁ~ん!」
ウタとオトが立ち上がって、大声で呼びかけ、両手を大きく振る。
二人は唄の師匠でもある祖父が大好きだった。
近付いてくる船の上で、祖父はニコニコと右手をゆるやかに振っている。
船が着き、荷物を降ろし終えると、ソノが父親に抱き付く。
「チチー。おかえり。」
ただいま。と微笑みながら、父親はソノの頭をわしゃわしゃと撫でた。
チチは、ソノの和太鼓の師匠でもある。
「トト、なにかってきたの?」
紙袋にたくさん入った本を見て、ユカリが父親に訊ねる。
トトは、しゃがみこみ、中の本を取り出して見せながら、
今度のお勉強で使うんだよ。と、ユカリの頭をポンポンと撫でた。
トトとチチ。二人とも四人の父親である。
三世代家族のこの一家は、一般的な家庭とは、少し違うかもしれない。
ソノ、ユカリ、ウタ、オトの四兄弟は、全員七歳の男の子だ。
祖父母二人と、父親二人、母親二人との十人で暮らしている。
血の繋がりがあるのは、双子のウタとオトだけ。
あとは、誰も血の繋がりはない。
太陽が降り注ぎ、美しく穏やかな海が見えるこの地で
この島の景色のように、朗らかで、優しい性格の祖父母と両親。
深い愛情を持って、四人の子供たちをいつも見守り、
温かく、時に厳しく、大切に育てている。
子供たちは四人とも、とても素直で、明るい。
よく食べ、よく寝て、よく遊ぶ。
健康的な小麦色の肌に、スラリと長い手足。
四つ子ではないが、背格好はソックリだ。
少し長い前髪のミディアムヘア、垂れ目が可愛らしい
長男のソノ。おっとりとしている。
ロングヘアを綺麗に結い上げ、大きく美しい瞳が印象的な
二男のユカリ。口数は少ないが、聡明で所作が美しい。
ゆるい天然パーマのウルフカット、切れ長の瞳、そっくりで見分けがつきにくい
三男のウタと四男のオト。性格もよく似ており、
テキパキと物事を決め、どちらかがリーダーシップをとったり、上手く補佐にまわったりしている。
四兄弟は、本当に仲が良かった。
いつも一緒にいたからかもしれない。
いや、いつも一緒にいるのが楽しかった。
誰か一人がその場に欠けると、物足りなかった。
いつも四人で駆け回って、一緒に学んで、一緒に遊んで
笑って、泣いて、喧嘩して、仲直りして
そうして、四人は一緒に、成長していった。
そんな毎日が、大好きだった。
甘えん坊のソノは、よく母親のカカにくっついていた。
小さい頃の写真を見ると、カカに抱っこされたり、しがみついている
そんな写真が多かった。
母親のカカは、明るくて、涙もろい人。
子供たちに、書道と歌とピアノを教えている。
しっかり者のユカリは、ばっちゃんの傍を離れなかった。
よく手伝いをしながら、料理や裁縫も好きで上手にできている。
甘え下手なユカリを、ばっちゃんはいつも抱き締めていた。
祖母のばっちゃんは、優しくて、料理が上手い人。
子供たちの、華道と茶道の師匠でもある。
よく喋り、よく動く、ウタとオトは、母親のハハについて回り
いたずらをしては、よくハハに追いかけ回されていた。
誰もが二人を見間違う頃から、『 こっちはウタで、こっちはオト。』と
二人のことを、見間違えたことは一度もないハハ。
一人ひとりの個性を、いつも大切にしている。
母親のハハは、時に厳しく、そして深い優しさを持った人。
ユカリの筝の師匠でもある。
祖父のじっちゃんは、みんなの唄の師匠。
父親のチチは、ソノの和太鼓の師匠。
父親のトトは、ウタとオトの龍笛の師匠。
家族であり、また、師と仰ぐ存在でもある、祖父母と両親。
四人は毎日、たくさんのことを彼らから学んだ。
三歳の誕生日を過ぎてから、それぞれの楽器のお稽古が始まった。
一人ひとりに手渡された楽器。
ソノは
お稽古が辛くて、逃げ出した日もあった。
思うように、音が出ない日もあった。
そんな時、『 楽器のことは、自分の相棒と思いなさい。』そう言われた。
その日から、それぞれにとって、相棒は、とても大切な存在になっていた。
それまでの、そこにあった楽器のお稽古をしてた日から、
それぞれが、相棒と音を奏でるようになって、楽器の音色が変わった。
そして、その四人の音が重なると、心に響く音色になっていた。
* * *
数年後。
この孤島に住む四兄弟は、十四歳になっていた。
四人は、この島以外の地に、足を踏み入れた記憶がない。
島を囲む海の向こうへと行けるのは、
十五歳の誕生日を迎えてから。と言われていた。
この島が好きで、家族のことが大好きで。
特に不便も感じたことはなく、他の場所に行きたいとは思わなかった。
だけど、来年は、本土の高校に通わなければいけなくなった。
もっと多くのことを学び、自分らしく生きる選択肢を持って欲しいと
両親に言われたからだ。
小さい頃は、時々辛かった和楽器のお稽古も
上手く音色を奏でれるようになってからは、本当に楽しくて、
自分たちだけで、いろんな曲を演奏できるようにもなって
自分たちで、新しい曲を作るようにもなっていた。
知らない場所で、今のように音楽を続けられるのかも心配だった。
テレビもインターネットも繋がっていないこの場所。
外の世界がどんなところなのか、想像もつかない。
ラジオから流れてくる音楽を聴くのが、四人の楽しみだった。
祖父母や両親から教えてもらった、伝承唄とは違う音楽。
そんな新しい音楽に触れられる場所。そう思ったら、
海の向こうの世界を観るのも、悪くないのかもしれない。
そう感じた。
その日、僕らは、新しい曲を作った。
まだ見ぬ世界に想いを馳せて。
言葉を紡ぎ、音を繋げた。
* * *
祖父母と両親は縁側に座り、月見酒を楽しんでいた。
子供たちも十四歳になり、いよいよ自分たちの手元から
巣立つ時がきてしまった。
解かっていたことだった。
十二年前に、彼らを抱き締めた日から。
この日が来てしまうこと。
幼い身体に怪我や痣、火傷の痕まであったソノ。
細くて壊れそうな身体だったユカリ。
小さくて、あまり笑わなかったウタとオト。
たくさん抱き締めてあげたい。
たくさん撫でてあげたい。
たくさん話してあげたい。
そうみんなで、時々こんな風に話しながら、育ててきた。
大切な子供たち。
たくさん泣いて、たくさん怒って、たくさん拗ねて。
表情が見えるようになって。
いっぱい食べて、いっぱい遊んで、いっぱい眠って。
笑顔をみせてくれるようになった。
かわいい、可愛い、子供たち。
四人が【 生贄 】としての役割を果たすのは十五歳の誕生日まで。
その時が過ぎれば、子供たちと離れて暮らすことになる。
彼らの人生を、彼ら自身に返す時が来る。
その日が来ることを、
いまある幸せに、心から感謝し
あと一年足らずの、特別な時間を、大切に過ごすのだった。
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