エピローグ

 鬼斬山で繰り広げられた鬼との壮絶な戦い。

 世間に対しては、土砂崩れが起こったとして処理をされたようだ。詳しいことは知らないが忍者の世界は権力者と繋がりがあるらしく、この程度の小細工は簡単に行えるそうだ。

 眠気を誘発する教師の声を聞きながら、不動は思索にふける。

 鬼を退治した後、愛染たちは後始末があると言い残していなくなって一週間が経った。

 まるで最初から何もなかったかのように、いつもの日常が流れていく。


(あれは夢だったのだろうか)


 様々な意味で激動だった日々は、ゆめまぼろしなのだろうか。

 本日最後の授業も終わり、刀を背負って帰路についた。いつも通りの平凡な一日だ。

 不動は桜並木で立ち止まって目をつむり、胸に手を当てた。

 彼女と出会ったときは桜が咲き始めていた。今はもうほとんどの花びらが飛び散って、閑散とした風景となっていた。


 愛染との思い出は、この身体に残っている。

 彼女を受け入れ、そして【煩悩断ち】にたどり着き、鬼を斬った。

 一週間前の出来事だが、既に随分と前のことのように感じる。

 ふと強い風が吹き、しぶとく残っていた桜の花びらが飛ばされ、不動の目の前をヒラヒラと舞い落ちた。

 手を差し出して、花びらを受け止める。


(もう桜の季節も終わりなのだな)


 もの悲しい気持ちが胸を締めつける。

 また強い風が吹いて花びらが空に舞い上がった。

 花びらを目で追っていると、その先に懐かしい気配を感じる。

 犬山愛染がいつもの忍者服で身を包み、黒い髪をたなびかせながら立っていた。


 ――美しい。


 一週間ぶりだからだろうか。彼女の姿はより一層美しく思えた。

 不動がじっと見つめていると、後ろで手を組んで少し俯き、もじもじと恥ずかしそうにしている。

 その様子を目にして、不動は己の内で溢れる衝動を抑えきれずに駆け寄った。


「寂しかったですか?」


 彼女の問いに言葉で応えずに、抱きしめることで応えた。

 その柔らかい感触を久しぶりに堪能する。

 愛染はわぷ、と声をあげて最初は驚いていたが、しばらくするとおずおずと抱きかえした。


「良い匂いがする」


 石鹸の様に甘く、そして少し汗が混ざった、健康的で芳しい匂いだ。

 やはりゆめまぼろしではないのだ、と大きく吸い込んで、彼女の存在を感じ取る。


「もう! 相変わらずデリカシーがないんですから」


 顔を赤くしながら怒っている。

 たわいないやり取りを嬉しく感じた。


「もしかしたら、もう俺の前には現れないのかもしれないと思っていた」

「え? 後始末があるって言ってませんでしたか?」

「いや、まぁ、そうなんだが……」

「もしかして寂しかったんですか?」

「あぁ」


 頷いて、愛染と目が合った。

 二人の間に無言の時間が流れる。


「あ、あの!」

「なんだ?」

「また不動くんの力を借りたいんです」

「【煩悩断ち】が必要ということか?」

「……はい」


 愛染が顔を赤らめて俯いた。

 不動の返答――抱きしめてキスをした。


「うわ、バカップルだ」


 下校中の高校生が不動たちを冷やかしている。

 笑いたくば笑うがいい。


 ――誰にはばかるものでもない。

 ――この想い、清浄なり!

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くっころ男子が堕ちるまで ほえ太郎 @hoechan

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