遊園地デート2
次に二人が選んだアトラクションはジェットコースターだ。
コースターは最初の坂をカタカタと昇っている。
運よく最前列に座れたため、見晴らしがいい。少しずつ小さくなっていく園内の人々の姿にこの後の期待感が高まる。
ふと隣を見れば、愛染が顔を蒼白にしながら安全バーを強く握りしめていた。
「大丈夫か?」
「も、もちろん大丈夫に決まってるじゃないですか」
強がる愛染を尻目にコースターは頂上へとたどりつく。
一瞬、無音になったかと思えば身体が浮き上がり、一気に急降下を開始した。
「ひいぃぃっぎゃあああああ!」
ジェットコースターを堪能したあと、二人は近くにあったベンチに座る。
散々絶叫したせいだろうか。愛染には元気がない。
燃え尽きたようにぐったりとしていた。
「いつも跳び回っているじゃないか」
「そうなんですけどぉ、でも違うんですよぅ」
忍者として、もっと激しい動きをしているようにも思うのだが、彼女にとってはジェットコースターの方が怖いらしい。
「あんなの人間の乗るものじゃないんです!」
ふん、と妙に自信満々に主張し始める。
不動は苦笑した。
(おかしなやつだ)
気がつけばいつの間にか愛染の頭を撫でていた。
サラサラと柔らかい髪が心地良い。
「な、なんですか! 子ども扱いは許しませんよ! おねーさんですから!」
「愛染は可愛いな」
愛染は黙った。
反応がなくなったので、そのまま手触りを堪能した。
◆
巨大な怪獣がほえる。
その中心には赤い光が丸を描いている。
狙いを定めて引き金をひく。
子どものおもちゃみたいな銃声が鳴った。
「よし!」
命中した。赤いランプが点滅している。
不動たちはシューティングのアトラクションに挑戦していた。
大きなトロッコに乗って洞窟の中を進み、道中で出てくる怪獣みたいなものを銃で撃って倒すというアトラクションだ。
愛染に行きましょうと言われたときはつまらなさそうだと思ったが、やってみれば意外に面白くて熱中してしまう。
出口付近にあるモニターに搭乗者のスコアが表示された。
不動は自信があった。序盤こそ戸惑ったものの、後半はコツを掴んだから、かなりのスコアになっているはずだ。
「12,780点だぞ」
「14,935点です」
「なに?」
「ぬふふ、わたしの勝ちですね」
たかが遊園地のアトラクションだ。その勝敗に大した意味はない。
しかし不動は極度の負けず嫌いである。
「もう一回だ!」
「え?」
「もう一回乗るぞ。次は絶対に勝つ!」
「どうしましょうかねぇ~」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら勿体ぶっている。
「頼む」
「勝った方が一つ、なんでも言うことを聞くというのはどうでしょう」
「望むところだ」
次は勝てるという自信があった。
だから深く考えずに頷いて約束してしまう。
そして二回目の結果発表。
「ふっ。20,540点だ」
一回目のおよそ二倍弱のスコアだ。
(我ながら素晴らしい)
自分の実力に満足しながら愛染の方に顔を向ければ、そこには憎たらしいドヤ顔があった。
「33,900点です」
「は?」
あれですと示されたモニターを見る。
月間のスコアランキングが表示されており、一位に輝いていた。
「一回目は手を抜いていたのか!」
「違いますよ。一回目でコツを掴んだんです」
「……化け物か」
「飛び道具の扱いでは負けられませんよ」
完全敗北だった。
もう一度挑戦しても勝てる気がしない。
顔を下ろして、うちひしがれる。
「なんでも言うことを聞いてくださいね」
ぐぬぬ、と渋々頷いた。
「良いだろう。男に二言はない」
◆
ゴンドラがゆらゆらと揺れながら上がっていく。
「良い眺めですね」
「あぁ」
「人があんなに小さく見えます」
「そうだな」
ジェットコースターに乗っていたときは呑気に良い眺めを楽しんでいたが、今はそんな余裕は一切ない。
「もうすぐ頂上ですよ」
「っ!」
「もぅ、ちゃんと会話してほしいです」
「すまない」
「緊張してるんですか?」
「そ、そんな訳ないだろ」
「不動くんは可愛いですねぇ」
観覧車のゴンドラの中、同じ長椅子に横並びに座る二人。
愛染は恋する乙女のように顔を赤らめて、寄り添うように不動の肩にもたれかかっている。
一方の不動はガチガチに固まっていた。
彼が緊張している理由は、シューティングのアトラクションで敗北した際の約束にある。
「男に二言はないって、言ってませんでしたか?」
「むっ」
負けた方がなんでも言うことを聞く。
彼女が提示した願いは『観覧車の頂上でキスをする』というものだ。
剣しか知らない不動にとって難易度ベリーハードである。
どれだけ苦悩しようとも、ゴンドラは止まることを知らずに頂上へとたどり着いてしまう。
「お願いします」
――愛染が目をつぶった。
唇をわざとらしく突き出して、早くキスをしろとせがんでいる。
彼女から目をそらせば、ひとつ先のゴンドラの様子が目に入った。
カップルが乗っていてキスをしている真っ最中であった。
反対側のゴンドラを見ても同様である。
(どいつもこいつも発情した猿ばかりだ!)
だが約束をしてしまった以上、不動もまた彼らの仲間入りをせねばならない。
愛染の両肩に手を置こうとして、やはり行動することができず、逡巡を繰り返す。
「……ごめんなさい。やっぱり別のお願いを考えますね」
観覧車が全体の四分の三ほど回ってなお、何も行動することができず、愛染が悲しそうに窓の外に顔を向ける。
「すまない」
二人の間に沈黙が訪れた。
動揺していても、落ち込んでいても、ゴンドラは等しく回る。
一言も言葉を交わすことなく終点へとたどり着いた。
「お疲れさまでーす」
従業員が扉を開ける。
「出ましょうか」
立ち上がり、ゴンドラから出ようとする愛染。その瞳から、一筋の涙がこぼれていた。
不動は重たい腰を上げた。
(きっと、この想いは不浄なのだろう)
だが、それでも――
「愛染!」
「きゃっ」
愛染をゴンドラの中へと引きずり戻して抱擁し、口づけを交わした。
二人を下ろそうとしていた従業員や新しく乗ろうとしていた客はポカーンとしている。
そして、キスをしたまま二週目へと突入した。
我に返った従業員が、落ちないようにと慌てて扉を締めている。
「あ、あの……不動くん」
「な、なんだ」
「頂上じゃなかったので、もう一回お願いします」
「えっ」
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