遊園地デート1

 不動は濃紺のジーンズに、緑の長袖のシャツを着て、遊園地の入り口前にいた。

 いつも胴着姿か制服姿の不動にしては珍しく、一般的な格好である。

 ほぼ常に持ち歩いている刀も家に置いてきていた。


「人が多すぎる」


 周りには家族連れ、カップル、女友達同士、色んな組み合わせの人たちで溢れかえっている。

 遊園地のレイアウトの一部となっている時計塔は、待ち合わせの三十分前を示していた。

 騒がしい音に不安になる。愛染と合流できるだろうか。

 不動は携帯を持っておらず、もしなにか食い違いがあれば致命的だ。


「ねぇ、キミ」


 ソワソワと腕組みをして立っていた不動に三人の女が声をかけた。

 茶髪で派手な化粧と服装。歓楽街にでもいそうな女たちだ。


「お姉さんたちと遊ばない?」

「先約があるので」


 睨み付ければ二人はたじろいで離れる。

 だが残る一人、空気が読めない頭の悪そうな女が不動の腕を組む。


「ねぇ、一緒に遊ぼ?」

「結構です」


 自分に相当な自信があるのだろうか。一向に退く気配がない。

 男は自分に靡いて当然とでも思っているのだろう。

 相手は女だ。力で無理やり引きはがすことは剣士としての矜持に反する。

 どうしたものかと眉をひそませていると、


「不動くん!」


 愛染の声がはっきりと聞こえ、その姿を目にして息を呑んだ。

 輝いていると思った。

 満面の笑みがそう思わせるのだろうか。

 下はショートパンツ、上はパーカーを着ている。動きやすそうで、それでいて可愛らしい。女の子の格好だ。

 忍者のときとは違って包帯ではなく普通の下着をつけているせいか、走ることで胸がゆっさゆっさと揺れている。


「どうですか?」


 愛染はくるりと一回転した。

 周りの女たちは呆然としている。

 天然と養殖の違いだ。彼女たちと比べて愛染の容姿は際立っていた。

 だが褒めるのはシャクだった。

 簡単に女を褒める軟弱な猿たちとは違う。


「行くぞ」

「むぅ。こういうときは、綺麗だって言って抱きしめないとダメなんですよ!」


 絡んでいた女三人を置き去りにして、不動は入園ゲートへ向かってズンズンと歩く。

 愛染が慌てて後ろをついてきて呼び止めた。


「待ってください」

「なんだ。早く行くぞ」

「先にあっちで入場券を買う必要があります」

「……そうか」

「もしかして、遊園地に来るの、初めてなんですか?」

「あぁ」

「では、おねーさんがリードしてあげましょう!」


 愛染が強引に手を取って、チケット売り場へと走っていく。




    ◆




 彼らが最初に選んだアトラクションはお化け屋敷だ。

 有名どころのように人間が演じるものではなく、機械的な装置を使ったものだ。

 お化け屋敷のレベルとしては大したものではないが、それがカップルに丁度いいのだろう。

 待機中の列はカップルばかりだった。

 カップルで入れば、わざとらしく女側が怯えるフリをして男側が守る。二人の仲を緊密にするのに一役買うアトラクションだ。


「くっ!」


 暗い部屋の奥から、全身が病的に白くて、髪の長い女の人形が突如として現れる。

 不動とっさに刀を取ろうとするが、手は空を掴んでしまう。

 今は刀を持っていないことを思い出した。デートだからと愛染に帯刀を禁止されているのだ。


「刀を持たない剣士など、なんの価値もない」

「そんなことないです。今の不動くん、すごく可愛いですよ」


 最近の軟弱な男たちとは違って自分は日本男児だ。そう考えている不動にとって可愛いというのは褒め言葉ではない。

 ムッとしながら黙って歩き、真っ直ぐな通路を前にして立ち止まった。

 薄暗い通路には不自然なまでになにもない。


「なにかでてきそうですね」

「ふん。なんでもこいだ」

「そんなこと言ってたら本当に幽霊が出ますよ」


 迷信深い不動は幽霊といった存在を信じてしまう方だ。もしもその手に刀があれば、幽霊であろうと斬ってみせると豪語して平常心を保つことができたかもしれない。

 だが汗ばんだ彼の手の中には刀がない。

 この道を進むのか。

 足が重たくなって、最初の一歩を踏み出せない。


「不動くん」

「な、なんだ」

「手を繋ぎませんか?」

「この程度のことが怖いのか? 子どもだな」

「はい。だから、お願いします」

「全く、軟弱なやつだ」


 渋々と、あくまでも仕方なくという体で手を取った。


「行くぞ」

「はい」


 愛染と手を繋いだお陰だろうか。重たかった足は不思議と軽くなっている。

 隣を見れば随分と浮かれた顔で楽しそうにしている。


(脳天気な女だ)


「なにも出なかったですねぇ」

「こけおどしだったな」


 曲がり角に到着しても何も起きなかった。

 いかにも何か出てきますよという雰囲気満載だった通路は、本当になにもないただの通路だったようだ。

 ほっ、とため息をついて力が抜けた瞬間――曲がり角からゾンビのような男の姿をした人形が、大きな音を立てて出現した。


「お、ぉおおおお!」

「え、えぇ?」


 不動は絶叫しながら全力で逃亡した。

 引っ張られて困惑している愛染もろとも。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください不動くん!」


 愛染の静止もむなしく、出口まで突っ走った。

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