桃川不動VS緋村花蓮
(おかしなことになった)
火野源三は頭を抱えたい気分だった。
上級業魔の討伐という命がけの仕事を終えて一息つくはずが、愛染が連れてきた青年と花蓮の二人が戦うことになっていた。
源三は屈強な顔立ちの40過ぎの男だ。元々強面な上に、頬に古傷があり、小さい子どもにはすぐ号泣されるような見た目をしている。
ヤクザと間違われた回数は一度や二度どころではない。
だが、まともな人間が少ない忍者の世界の中で、彼は比較的、常識を持っていた。
「お嬢」
源三は花蓮の父親、つまり源三たちの頭領に頼まれて、花蓮をフォローする役割を担っている。
花蓮は優秀な忍者ではあるが、組織の長の役を担うにはいささか不安な面がある。直情的というか、思い込みが激しいところがあるのだ。
「大人げないぞ」
「止めても無駄だ」
「そうは言っても相手は一般人だろ」
「妹を傷つける輩を見過ごせる訳がない」
「いや別に傷をつけてはいないと思うぞ?」
「うるさい! やると言ったらやる!」
無茶なことを行い始めた花蓮を引き止めようとするが、ギロリと睨まれて言葉につまった。
(あぁ、カンカンじゃねえか)
猪突猛進の花蓮が一度こうなってしまえば止めることは不可能だ。源三はため息をついた。
桃川不動という青年は確かに剣の腕が立つようだ。体幹のぶれない立ち振る舞いを見れば分かる。
それでも一般人と忍者の壁を打ち破れはしない。両者の間には隔絶した差がある。
「あの男は潰す」
花蓮は妹離れができていない。だから愛染と共に立つ男の存在を許せない。
止めても無駄だと悟った源三はもう一方の不動に近づいた。
精神統一でもしているのだろうか。正眼の構えをとったまま目を閉じている。
「おい、あんちゃん」
「何だ」
「さっきの戦いを見ていたなら分かるだろ? 下手すりゃ死ぬぞ?」
「のぞむところだ」
不動からは動揺が感じ取れない。身体に無駄な力みがなく自然体だ。
その姿を見て、まるで頭領みたいだと感じた。
花蓮の父親である頭領は、ベテランの忍者である源三が敵わないと思う数少ない忍者だ。
不動はその頭領と似たような雰囲気を漂わせている。
泰然自若。一切の隙が見当たらない。
無数の業魔と戦ってきた源三は自分の足が後ずさっていることに気付く。
(俺がこの小僧を恐れているってのか?)
忍者ではない不動は敗北必至だ。
だが、そう思わせぬ何かを不動から感じていた。
◆
戦いの舞台は緋村の屋敷の裏に移る。不動が毛玉を討てなかった庭だ。
庭というにはいささか広すぎる気もするが、花蓮曰く庭であるらしい。
花蓮の仲間の忍者たちが野次馬のように観戦している。
中には不動を応援する者もいるが、ただの冷やかしだろう。
彼らの中で花蓮の勝利は確定している。
「止めるなら今のうちだ」
「抜かせ」
「折角チャンスをあげたというのに君はなんて生意気なんだ!」
業魔ならいざ知らず、相手はただの人間だ。今の不動でも斬れる存在だ。
緋村花蓮は確かに強敵なのだろうが臆する理由にはならない。むしろ心は高鳴っていた。この戦いで一歩先へ進めるかもしれない。
そして――己の剣を信じてくれる少女が見守っている。
負ける道理がない。
「それでは……始め!」
開始の合図がかけられて不動は悠然と歩き出す。
その堂々とした姿はまるで己が格上だと言わんばかりだ。
「龍よ!」
苛立ちを隠そうともしない花蓮から一匹の炎蛇が放たれる。
蛇は不動の真横を通り過ぎる。
直撃していないにもかかわらず、その炎は痛みにも似た熱さをもたらす。
肌が焼けそうだ。
「当たれば死ぬぞ!」
脅しのつもりなのだろう。
次は当てると花蓮の顔が物語っている。
「フッ」
不動は笑う。
炎の蛇の火力は確かに脅威だ。軽く触れただけでも灰と化すだろう。
(当たらなければ良いだけだ)
歩みを止めない不動に、花蓮が目を見開いて怒りを表す。
彼女の瞳に宿る殺意を感じ取って歓喜に震えた。
(素晴らしい!)
より一層剣の腕を磨けるような強敵こそが不動の望みだ。
花蓮はまさに不動の眼鏡にかなう相手だった。
「九頭龍よ!」
九つの蛇が出現した。
大蛇からは神々しさが感じられる。まさに九頭龍の名にふさわしき炎だ。
「お嬢、やり過ぎだ!」
忍者たちがざわつく。
後に知ったことであるが、花蓮が使った術は九蛇の術と呼ばれるものだ。
現存する忍者の中では緋村の頭領と花蓮だけが使える、緋村一族最強の術であり、彼らが本気になったときに繰り出す術だ。
不動は笑う。
相手が九頭龍であるならば、それと対峙する己は日本武尊だろうか。
「面白い」
九つの炎が縦横無尽に、あらゆる方向から迫りくる。
常人ならばなすすべもなく炎に焼き尽くされるはずだ。
だが不動は常人ではない。ゆっくりと歩く様に炎を避けた。
傍から見れば、不動が炎を避けているのではなく、急襲する九の蛇が不動を避けているかのようにすら見えるだろう。
「なっ!?」
野次馬の忍者たちが驚いて言葉を失う。
不動が披露した動きがどれほどの境地にあるのか。体術のプロである彼らだからこそ、その凄さをはっきりと感じていた。
かつて己の名前の由来を尋ねたときに、不動の父は語った。
【不動】、すなわち動かざること。
それは根を張って川の流れに逆らうことではない。川を流れる桃のように自然体であることだ。全てを受け入れて【不動】であれ。
(熱い。焼き尽くされそうだ)
炎は不動を焼き滅ぼそうと目まぐるしく動き回って何度も交差する。
(受け入れろ)
炎を、熱さを。死の恐怖を、受け入れろ。
己の感情を拒まずに受け入れるのだ。
ゆっくりと花蓮の元へ近づく中で、ふと思った。
(斬ってみるか)
小さな隙をついて九つの蛇を同時に斬る。
炎蛇は首を斬られたことで霧散した。
そしてそのまま花蓮の首に斬りかかり、刀を寸止めする。
「は?」
静寂が訪れる。
不動と愛染を除く誰も彼もが驚いて固まっていた。
「……なんなんだ、君は」
「桃川流剣術の遣い手、桃川不動だ」
◆
「私は君を認めない!」
花蓮が泣き言を吐き捨てながら屋敷へと戻っていく。
源三はその姿を見ながら嘆息をはいた。
「有り得ねぇ」
不動は九蛇の術をわずかに歩くだけで避けた。炎蛇を斬るという、常軌を逸したことをやってのけた。
そして気がついたときには花蓮の首筋に刀を突きつけていた。
どれをとっても真似できそうになかった。無理だし、やろうとも思わない。
剣の達人とはこれほどのものか、と源三は己の認識を改めた。
源三は若手の忍者を指導する立場にある。
その際によく「速いだけではダメだ。早くなれ」と指導している。
不動はまさにそれを体現していた。しかもとんでもないレベルで、だ。
「さすがは愛染ちゃんの見込んだ男ってことか」
源三は愛染の目的を知っている。
何らかの形で不動を利用するつもりなのだろう。
「はい。不動くんはさいきょーなんです」
愛染は顔を嬉しそうにほころばせながら頷いた。
(あの青年を利用するだけ……って訳でもなさそうだな)
花蓮は悔しがるだろうが、愛染にとって不動は特別であるようだ。
娘のように思っている少女の成長に嬉しくなる。
源三はワシャワシャと愛染の頭を撫でた。
「何するんですか、源三さん!」
「愛染ちゃんも成長したな、と思ってな」
「当然ですよ。わたしは立派なレディーなんですから」
「そう言ってる内は、まだまだガキだぜ」
「むぅ~」
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