羽間先生の黒板

羽間慧

先生一年目

第1話 桜花爛漫

 三月下旬。お昼過ぎ。とある高校の門を私はくぐり抜けました。母校の卒業生ではありません。四月から働くことになる職場のガイダンスがあったのでした。


 職員証に使われる写真の撮影、同期の顔見せ、教科ごとの先生との顔見せ、などなど緊張で固まっているうちに色々なことが過ぎてしまいました。今日会った人の顔と名前が一致するか、歩きながら心の中で確認します。四月から名前を覚えなければならない人がもっと増えてしまいますから。


 私の採用が決まったのは一月。新一年生の定員枠が増えたこと、前年の七月に登録した私立学校教員採用エントリー制度のおかげで声がかかりました。

 面接のお誘いの電話があったのは、公立学校の臨時採用面接に落ちた後。不在着信の履歴に、今の職場の名前がありました。


 その文字を見たときの率直な感想は、折り返し電話をしても不採用になるのではという後ろ向きな考えでした。いくら面接練習を重ねても、いくら本番で手応えを感じても、返ってくるのは定型通りの不採用通知。どうせ行ったところで……。


 そんな私の背中を押したのは「雪に咲む」でお世話になった、とある占い師の言葉でした。


 ――高校の先生は向いているよ。受かると思う。人間関係も良いって占いに出ているし。ただ、五年は辛抱して。最初から上手くいくことはないから、抱え込まないこと。


 今度こそ受かる。受かるような気がする。私は折り返し電話をして、今の職場との縁を掴みます。即日採用に驚いたものの、ありがたいお話に深々と頭を下げました。


 わーい。これでアニメを見るとき、「アタイだけ余ってる!」とか「ここで働かせてください!」のセリフに心痛めることはなくなった。めでたしめでたし。

 とはならないのですよね。あくまでも採用はスタートライン。教育実習以来の授業、高校生相手は初めて、不安要素はたくさんありました。


 ガイダンスに参加して、その不安要素はさらに増えました。授業の担当学年は一年生だけではなかったのです。教材の重みが肩にのしかかります。


 桜の花が咲き誇る季節、授業開始まで残りわずか。慌てて一年生以外の教材研究を始めるのでした。



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