一角獣の業

 喜びのない時代にわたしは生まれた。紙のように真っ白な空間で産声を上げると、腹にユニコーンの角が突き刺さっていることに気がついた。

 痛いよ、ママ助けて!

 大丈夫よ、すぐに痛みは治まるから。

 刺さった箇所からは血がいつまでも流れ出て終わる気配がない。灰色の薄明りの中でわたしはぎゃあぎゃあと泣き喚く。ママ曰く、大昔ゴータマ・シッダールタという偉い人が生老病死の苦しみを説いたという。いまはその中の「生」であり、はじまりに過ぎないと。「生」というものはここまで苦痛なものなのか。憶えているのはママの身体の中にいたとき、そこが海のように心地よかったということ。しかし何故にユニコーンの角が刺さっているというのか。わたしは泣きながらママに訊ねる。

 わたしは前世で何をしたの?

 わからないわ、そんなこと。

そう言ってママはわたしを強く抱き締めた。安堵したと同時に痛みが少しずつ消えてゆく。これが無償の愛というものなのか。そのままわたしは眠りに落ちていった。

 だだっ広い荒野の中でわたしは馬に乗って動物たちを追いかけていた。右手には黄金の弓。近づいてゆくと珍しい生き物が混じっていることに気がついた。額に銀色に輝く角を生やした鹿である。わたしはどうしてもその鹿を射止めようと必死になった。そのとき何処からか声が聞こえてきたのだ。彼は神懸かりの身体を持っているのだ、と。わたしは羨望の眼差しで食い入るように鹿を見つめる。あの美しい角を独り占めにしたかった。矢をつがえ撃ち抜こうとした瞬間、鹿が一瞬わたしの方を振り向いた。

 殺さないで、お願い……

 はっきりと聞こえてきた懇願の声。それでもわたしは矢を射抜く。鹿は仰け反るようにして倒れた。馬から降りて鹿の様子を確かめに向かうとわたしは驚愕した。さっき見たはずの角が消え失せていたのだ。鹿の目からはうっすらと涙が流れていた。そのときわたしはもう一度妙なる声を聞いた。この因縁は来世のはじまりに深く影響するのだ、と。わたしはその場に泣き崩れた。なぜわたしはこんなに美しい鹿の命を奪ってしまったのだろう。きっとこの鹿は伝説の幻獣ユニコーンに違いない。仲間から聞いたことがある。ユニコーンは死に絶えるとき角を天に帰すということを。嗚呼、酷なるわたしの来世よ。せめてもの償いにユニコーンの悲痛を感じながら清らかに生きてみせよう。はじまりはいつも痛みから。はじまりはいつも報いから。

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