メタモルフォーゼ

 サキは絶世の美女だった。いつも何食わぬ顔で数々の男たちを魅了してゆく。

 かと言ってすべての男を受け入れたわけではない。気分次第で拒むことも多々あった。

 そんな彼女が苦手とするもの——それは蛇だった。もちろん彼女の住む都会では、そういった生き物に遭遇することは、ほぼ皆無に等しい。

 しかし或る朝見てしまったのだ、家の庭で漆黒の蛇が蠢いているところを。

 蛇と目が合った瞬間、サキは後ずさりしながら、足元にある石をぶつけた。すると蛇は瞬く間に人の姿に変身したのだ、それも見覚えのある顔の男に 。


「え…… どうしてあなたが…… 」

「サキ、なぜ僕のことを振ったんだ。命をもって償ってもらうよ」


 男は舌を長く伸ばし、鋭い目つきでサキを睨みつけた。


「誰か助けて!」


 サキが逃げ出すと、男はまるで蛇のように凄まじい速さで追いかけてきた。


「逃げても無駄だよ」


 あっという間に追いつかれてしまったサキは、背後から羽交い絞めにされてしまう。


「ぐっ…… 」

「僕は蛇に変身することができるんだ。つまり特別な存在ってことさ」


 必死に逃れようとするサキ。しかし、いくら男とはいえ人間とは思えない怪力だ、どうすることもできない。更に口を塞がれてしまっているので助けを呼ぶことも叶わない。

  ——神様、どうか助けてください…… 。

 サキは目を瞑り必死に祈った。何度も心の内へ光を手繰り寄せるように。

 次の瞬間、全身が楽になるのを感じた。すぐさま後ろを振り返ると、男の姿は無かった。

  ——夢だったのかしら…… 。

 その時サキの視界に入ったのは、塀の下へと逃げ込む蛇の姿だった。

 ふと上半身が痛むのを感じ、ブラウスの襟元をめくってみると、あちこちにまだら模様のあざが残っていた。

 その日からサキはあらゆる男と慎重に接するようになった。相変わらずモテることには変わりなかったが、男たちの中に蛇へと変身する者が居るのではないかと怯え続けたのである。

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