しゃぼん玉

 少女は空に向けてしゃぼん玉を吹いた。

 ふわりふわりと浮かび上がり、途中で消えた。


「本当に消えたのかな?」少女は呟いた。


 何処かにまだいるんじゃないかと信じて、一生懸命探してみた。

 しかし、どこにも見当たらない。

 ふと空を見上げたが、そこにはただ完璧な青が広がっているだけだった。

 雲ひとつ探しても見つからなかった。


「しゃぼん玉を返してよ!」


 少女は声を上げたが、空は沈黙したままだ。

 一方で、太陽は素知らぬ顔をして燦々と輝いている。

 少女が諦めて、ベランダから部屋に戻ろうとしたその瞬間。

 昔、父に読み聞かせしてもらった絵本のフレーズが頭をよぎった。


 "消えるものなんてなく、すべては溶けこむんだよ"


 あのときはさっぱり理解できなかったのに、なぜか今は分かるような気がしたのだ。と同時に走馬灯の様に数々の思い出が蘇ってくる。

 飼っていた猫がいなくなったあの日のこと。大好きだったおじいちゃんが天国に旅立ってしまったこと。

 そして、突然転校してしまった初恋の男の子のこと──。

 もしかしたら、いなくなったみんなは、この青い空に今も生きているのかもしれない。吸い込まれる様にして、そっと溶け込んでいったのではないだろうか?


 消えてしまった、しゃぼん玉のように──。


 何だか、全てが切なく感じられた瞬間だった。同時に、全てが愛しく感じられた瞬間でもあった。

 少女は、この瞬間にそっとお辞儀をした。

 そのときの歓喜は、かけがえのない親友ができた時の気持ちに限りなく似ていた。

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