代償

 わたしには、他人に視えないものが視える。魔物、幽霊、そして森羅万象のざわめき。毎日何かを騒ぎ立てては、周囲から孤立してゆく。

 或る晩、家路につく途中、暗雲の隙間から覗いた三日月がそっと話しかけてきた。

  ——其方は孤独を愛してるだろう。

  ——はい、お月さま。わたしはどうも人間とは相容れません……。

  ——ひとつ言っておきたいことがある。

 ——何でしょう?

 ——その霊眼は近いうち其方に死をもたらすであろう。 

 ——では一体どうすれば……?

 ——明日の朝、丘の上から太陽を瞬きせずに十分間凝視し続けよ。それですべては解決する。

 ——わかりました……。

 翌朝、三日月に言われた通り、家の近くの丘に登って、雲の隙間から陽の光が差し込むのを今か今かと待ち続けた。

 数分ののち、ついに太陽が現れた。

 早速わたしは彼を凝視する。次第に両目から煙が立ち込め、鋭い痛みが雷のように襲いかかる。

  ——痛い……でもまだ十分経っていない……。

 刻一刻と時間が過ぎてゆくなか、わたしは視たのだ。彼が恐ろしい形相で地上のすべてを嘲笑っているところを。

 気づいた時にはわたしの瞳は焼け焦げていた。視力は完全に失われ、眼球はえぐり取られるように痛い。

 わたしは地べたを転げ回り、呻き声を上げる。

  ——ああ、なんて残酷なの……この暗闇のなか、これからどうやって生きていけというの……。

 騙されたのか? それともこれが正しき末路なのか? 答えはすべて闇に葬られて

ゆく。

 その日から現実はおろか、不可思議なものが一切視えなくなった。代償は思いのほか大きかったが、これで死から免れることができたのだ。

 光の届かない世界で杖をつきながら歩く。周囲の者たちは以前よりも優しくなった。それとなく感じる仄かな幸せ。

 わたしは暗闇と結婚したのである。

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