ACT.9 『一度だけ・アゲイン』


午前8時30分


「はっ」として、彩聖あやせが目を覚ます。すぐ様、隣に眠る万理架まりかを起こす。

「朝ですよ」と小声で囁く彩聖。

「うん」朝が弱い眠気目の万理架。


今日は、依頼していた画を取りに行く大切な日だ。


向かう場所は、アトリエ『KASHIKA』...。


洗面台で顔を洗い、歯を磨く。リビングに行き、朝食を摂る。そして、いつもの白い襟付きシャツに黒のプリーツスカートに着替える。フランスラックスの赤いカチューシャは、彼女たちのマストアイテムだ。暫し、鏡に向かい、メイキャップを施す二人。出発前にスマートフォンで、天気予報のチェックを怠らない彩聖。


「万理架、午後から雨降るんだってさ」

「じゃあ、長傘持って行かなくちゃね」


「長傘って、邪魔なんだよなぁ」


京急馬堀海岸駅から能見台駅まで電車に乗り、能見台駅の改札を出たら、ゆるやかな勾配の坂道を一気に登る。そこから5分ほど大通りを歩く。淡い色の自動販売機を目印に、そこから路地に入る。一軒家が立ち並ぶ住宅街の中にあるアトリエ。淡い黄色の屋根が、その店の目印になっていた。



「カランカラン」

「こんにちは」

「お母さんのを取りにうかがいました翻獅ほんしです。」


「出来上がっていますよ。ちょっと待っていてくださいね」

この店の女主人が、カウンターまで画を運んできてくれた。


画の元へ走り出す二人。

思っていたよりも、とても小さなサイズ。二人の顔ぐらいの大きさだ。

主人が化粧紙をゆっくりと外す。




「......。」

「......。」

涙ぐむ彩聖と万理架。


そこには、微笑ほほえんだ母の顔が。

耀子!


「あ母さん」

「..........さん」

彩聖が震えた声で叫んだ!

心配する万理架。




女主人にお礼をして店を出る二人。


ポツリポツリと雨が降ってきた。


「私が彩聖が濡れないように、傘を持っててあげるからさぁ。

しっかり画、持っててね」


「ありがとう」

「あれ?」


「万理架って、長傘。嫌いじゃなかったっけ?」

「う、うん」


「お母さんの画が、濡れてしまったら大変だもんね」


「......。」

「うん」



雨音の中に、仲の良い二人の姿が消えていく...。

耀子。二人はゆっくりだけど、立派に成長しているよ。




ACT.9『母のほほ笑みをありがとう』終

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