第29話 返答

 当たり前といえばそれまでかもしれないが、謁見の間における俺のプロポーズは保留とされた。むしろその場で否決されなかっただけでも随分な話である。

 当日は最終的に、俺の叙爵だけ確定して、後日女王から新たな家名と共に位を与えられた。

 態々別な名を与えられたのは婿入りの拒否かとも案じたのだが、そうではなく、意外と真面目に検討されているらしい。いつの間にか、俺が群臣の前で彼女に求婚した件は市井にも伝わっっていた。


 帰還して以降の当面の生活は忙しかった。エデンを筆頭に比較的力ある者達が北西で祟り神の鎮撫へ従事しているお陰で、ゆっくりと身を休めている余裕はなかったのである。反乱が終わっても相変わらず不景気らしい世の中を、コノエと二人で駆け回っては都に戻る、要するに元の生活が戻ってきた。

 そのまま一年近くが経過して、現在は南西への旅から戻り、暫しの休暇を味わっているところ。

 朝、マヤの隣で目を覚まし、メリアの用意した朝食を食べ、カゲヨシ、ヨミに構って昼近くまでを過ごす。爵位を得、晴れて貴族となったのだし、家族を田舎から呼び出そうと都の屋敷へ引っ越してこないか誘いもしたのだが、ただでぶら下がっていられるかと祖父の一存で却下されたらしい。


 午後になり、用事があるからと家を出て、タチバナの屋敷へ向かった。俺が暮らしているのはかつてマヤと共に購入したものであり、そのうち他の貴族同様、北部に土地を貰えるという話だったが、今の所そちらの動きはない。

 家に上がり込むと三姉妹の母親と出会い、簡単に挨拶してアリサの部屋へと向かう。爵位を得てからは彼女もあからさまに俺を無視するのは良くないと判断したのか、特に隠れもせず度々言葉を交わす機会があった。

 部屋に上がってみると赤子を抱いたケイがいて、ベッドでは女の子が二人横になって昼寝しており、アリサは傍らに腰掛けてその寝顔を見下ろしていた。そしてその腹は膨らんでいる。


 どうやら娘達はまだ寝付いていなかったようで、俺の入室に気が付くとお兄ちゃんも一緒に寝ようと声を上げる。

 彼女らには俺との血縁を教えていない。表面的にはただ、時折家へやって来るお兄さんという立場だ。ただその母親達が言うには、他の人物に対するそれと懐き方が異なるそうで、何か感じるものがあるのだろう。

 誘いに乗りアリサのベッドで共に微睡んでいると、やがて部屋の扉が開く音。今度は娘達に反応はなく、すっかり眠ってしまったのが分かる。


 見ると、シキが部屋の中を覗いていた。

「わたくし達で見ておきますね」とケイが囁き、俺へ彼の方へ向かうよう促す。

 二人を起こさないよう静かに退室すると、彼に「こちらへ」と促され、これまで足を踏み入れた経験のない一室へ通される。

 アリサのそれよりも広く、その反面で物の少ない、すっきりと整った印象の部屋だった。


 恐らくは、シキの私室だ。

 部屋の隅には椅子が二つ並んで、その前には琥珀色の液体が入った瓶と二つのグラスが乗ったテーブル。

 席に着くと彼は無言でグラスに酒を注ぎ、片方を俺へと渡して自分はさっさとその中身を呷り、再び酒を継ぎ足す。

 彼にしては様子がおかしい。まるで緊張でもしているかのようだ。


「遂に結論が出たよ」


 その一言で何の話題なのかは察しが付く。女王に対する俺の求婚の件だろう。


「陛下は君を受け入れるそうだ」


「……自分で申し込んでおいて何ですが、良く通りましたね」


 安堵と嬉しさを抱きながら、そう口にする。


「随分と揉めたけどね。ナイア殿の派閥は即座に肯定側へ回ったし、ロウグ殿が率いていた禅譲派も最初こそ動きが鈍かったものの、あの方の説得を受けて同じく肯定的になった。そもそも力の有無を根拠に王室の交替を主張していた派閥だから、エデンに勝った君を指示するのは道理が通っている」


「禅譲派の方々とは大した面識もないままだったのですが、本当に心から実力重視の主張をしていたのですね」


 あくまで権力闘争の一環としての主張だろうと疑っていたのだが、そうではなかったらしい。

 渡された酒を口にしながら続きへ耳を傾ける。


「彼らも本気で、そうしなければ国が保たないと考えているんだよ。表面的な反乱は鎮圧しても、その根本的な問題は何も解決していないし、実際、宮廷へ出仕して政治へ携わる身としては、この国が崩れようとして軋みを上げているのが聞こえるようだ。せめて高い位にある者が力を示し、強く威厳を示さなければ……分からない話ではないな」


「……オドマンを支持していた者達はどうなりました?」


「当然、君の逆を選んだ。私達と同じくコノエ様の王族復帰を支持して、宮廷内の勢力図は二分さ。エデンのハイオニルがこの論争に関与するのを止めてしまったのを切っ掛けに、他にも距離を置くものが出たり、当のコノエ様も今は復帰へ前向きでなくなってしまったりで派閥の力はかなり落ちたけれど、それでも平民の王室入りという異例の主張が相手だからどうにか渡り合えたといったところか」


「陛下自身の反応はどうだったのですか?」


 あれ以来、エイカの社で会う機会もなく、その胸中を確認出来てはいなかった。


「君を王室の問題へ巻き込んで良いものか、とても迷っておられる様子だったよ。長年に渡る不況という、最大の政治問題がそのままだからね。民衆から向けられる怨嗟の声が君やコノエ様に向いては、と、どちらの案にも決しかねている状態だった」


 シキが再び、グラスの中身を飲み干してはそこへ液体を注ぐ。


「結局、ただ時間が経過するのが一番問題だからっていうのと、市中における君の評判が中々良いようだから、暴動を起こした人々の支持を王家へ取り付けるのに役立つだろうということで、私達が折れたよ。私からも君を受け入れるよう陛下に提案して、それで事態が決着だ」


 ふうと、彼はため息を吐いた。じっと手元のグラスを見下ろしている。


「追って知らせがあるだろう。今大事なのは、議論に決着が着いたということだけさ」


 少し考えて、その言葉の意味を理解する。同時にどうしていつもの応接室でなく、彼の私室で話をすることになったのか、何故珍しくも昼間から酒を呷っていたのか、謎が氷解した。


「遂に」


「そう身を乗り出さないでおくれ」


「とても楽しみにしていたものですから」


「求められて悪い気はしないのだけど、とても緊張しているから、もう少し、酒が回るまで……」


「では、のんびりと待ちましょう」


 そう告げて、俺自身も手元のグラスの中身を飲み干し、無断で注ぎ足す。

 もしも最初から政治的な闘争についてまで俺へ説明していれば、コノエが王室に復帰し、俺がその間へこそこそと通う未来もあったのだろうか。これからこの国はどうなるのだろう。ぽつぽつとそんなやり取りから始まり、宮中の細々した話だとか、彼自身が父の跡を継ぎ、出仕するようになったばかりの頃の話、それ以前の父母との想い出、昔のアリサ、ケイの話だとか、そういうものを聞かされる。

 そして良い加減酔いも回り切った頃合いを見計らって声を掛け、ふらつく彼を支えてベッドへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る