第30話 拝謁

 十三で家を出ていって以来、殆ど顔を合わせる機会のなかった義弟と久しぶりに会える。それを楽しみにしながら、オレは南方の町から遥々船に揺られ都へとやって来た。今は昨夜泊めてもらった家から馬車に乗って移動している最中だ。

 送り出した当初はそのまま死ぬのではないかとさえ心配していたが、案外弟、コノエは上手くやってみせたようで、都に上るなりその後この国最大の出世頭となる男を捕まえて従者となり、その男が国婿となったのを機に後宮への自由な出入りが可能となって、今では悲願であった元の家族である実姉とも気軽に顔を合わせられるらしい。


 ただ、国婿殿下共々それまで通りの仕事へも従事しているそうで、忙しいのは変わらないようだ。

 殿下とは彼らがまだ一介の魔術師と魔剣士として働いていた頃、仕事で南方を通り掛かった際、家へと顔を出しに来たことがあって、面識があった。陰気さと恐ろしさを感じさせる容姿で、義弟は良くこの男に仕えようと思ったものだと当時は理解しかねたのを覚えている。

 王室が女王陛下一人になって、この国の行く末はどうなるのだろうと皆が案じていたところへ反乱が起こり、どうなるかと益々不安となっているうちに反乱軍の大将と討伐軍の大将が一人の魔術師に討ち取られたとか、その魔術師が陛下に婚姻を申し込んだとか噂が流れ、義弟からの手紙で真偽を把握して暫くすると、実際に陛下の婚儀が確定した。


 国婿となったサコン殿下に対する反応は複雑である。

 所詮平民に過ぎなかった男が王室に入り込み、殿下と呼ばれていることへ否定的な感情を抱く者は多いだろう。オレにもそうした感情はある。

 一方で従来の、王宮に閉じこもって地方の庶民には何をしているのかさっぱり分からない王族よりも、実際に各地を駆けずり回り人々を救うために尽力している殿下の方がその分かりやすさから支持されるという面もあった。この目で拝見する機会には恵まれていないが、西の樹海から溢れた魔物を東側の土地に移送するという活動も幾度か行っているそうで、巨大な魔物を引き連れて悠々と旅する姿はさぞかし民衆への、良い示威行為になっただろう。


 働きの成果が分かりやすいというのはオレ達下々にとって重要だ。特にオレなどはまだ大商家の跡取りとして教育を受けてきたから良いものの、大半の素朴な者達には尚更である。

 内乱まで発生して尚、市井の不満へ有効な対処の出来ていない従来の王侯貴族よりも、平民から新たに王族へ加わった殿下の方がずっと頼りになる。そうした声は暮らしの貧しい層になる程顕著らしい。

 実際のところ、彼に政治を任せても貧困まではどうにもならないだろうが。


 そんなことを考えているうちに、都の町中を進んでいた馬車は目的地を前にして停車する。場所は宮殿前。

 先日、女王陛下の第一子が誕生したとの布告があった。それから殿下の名前で宮中まで手土産持参で祝いに来いといった旨の書状が各地の有力者にばら撒かれて、こうして足を運ぶことになったわけだ。

 同様の書状を受け取った他の面々がどう思ったかは知らないが、当家としてはコノエの家族と彼が世話になっている相棒との間の話なので、持参品は奮発しておいた。


 金貨銀貨による返礼があるそうだから、そもそもあまり支出としての心配をする必要もない。

 降りると、他に幾つもの馬車が停まっている。謁見は何人も同時に行われるため、彼らはオレと同じ理由で集まった者達だろう。

 宮中への門の前にはコノエらしき人物の姿があり、向こうはこちらを見つけると真っ直ぐ向かってきた。


「お久しぶりです、兄さん」


「久しぶり。……何か女らしくなったか?」


「妙な冗談は止めて下さい」


 従者達に積荷を降ろさせながらそんな会話をする。

 義弟はもう十代も後半で、良い加減、男で通す違和感は大きくなり過ぎているように思う。髪も以前よりは長くしているようで顔立ちは完全に女となっているし、声の高さも、かつてはもう少し低く抑えるよう意識していたと記憶しているが、今のそれは完全に女性だ。


「それより、お元気そうで良かったです。船旅は如何でした?」


「陸路にすれば良かったと後悔したよ」


「やはり船酔いが酷いのですね。ただ、帰りも海路で頑張って頂かないと。街道の治安も完璧ではありませんから」


「今から気が重いよ」


 そんな冗談を交わしながら門を潜った。


「立派なとこだな」


 塀の内側に広がっている景色を見渡して呟く。


「政治の中枢ですからね。それより、父上は変わりありませんか?」


「ああ。今回もあくまでオレが行きたがったから代わってくれただけで、本当なら親父が拝謁に来てたくらいだ。お前の方はどうだ、調子は。殿下の従者として後宮へも立ち入れるようになったんだろ?」


「幸い、温かく迎えて頂けました。陛下にも、仲良くさせて頂いておりますし、昔から後宮で働いている者達も良くしてくれています。近頃は後宮での起居も許されているんですよ?」


 コノエという名の、女のような容姿をした自称男。彼が正式に王族として後宮にいた頃から働いている者達はそれだけで正体に察しが付くだろう。血が繋がっているのだから顔立ちだってそれなりに似ているはずだ。


「良かったな」


 やがて謁見の間に至る道を歩き切ると、ここで待つようにとオレへ言い添えて、義弟は献上品を持った従者達に指図を飛ばす。


「後程ゆっくりとお話しましょう」


 そうしてオレ達は一旦別れ、オレは既にその場へ集っていた他の者達に混ざって整列し、謁見を待つことにした。コノエはオレから預かった品々の一部を玉座の前にある立派な長机へ乗せて、残りはまた別な場所へと運ばせるのか、どこかへ姿を消してしまう。長机には既に沢山の献上品が並んでおり、全てを乗せる余裕がないのは明白だった。


「アンタ、コノエ様の知り合いか?」


 隣にいた若い男から声を掛けられる。顔に入れ墨があって一見この場には似つかわしくなさそうな容姿だったが、実際ここにいる以上は何かしら、立場ある人物なのだろう。


「兄だ」


「兄弟がいらっしゃったのか。てっきり男でもいたのかと思って驚いた」


「……あいつは男だよ」


 まさかオレの方からこの強弁をする日が来ようとは。


「やっぱりそうだよな。どうも女にしか見えないんだが……実際そうだとしたら女好きの殿下が放っとくはずもないし」


「君は、弟と面識でもあるのかね?」


「ああ、以前、国婿殿下がただの魔術師だった頃、盗みが原因であの人に殺されそうになって、それをコノエ様に助けられて以来、あの御二方とは付き合いがあるんだ」


 因みにこの墨はその時入れられたものさと、自身の顔のそれを指差してみせる。至極軽快な調子で話しており、その軽さをどう受け取ったものか判断に困った。


「盗人上がりが何でまたこんな場所にって思われるかもしれないが、今は殿下の出資で真っ当に海運業をしてるから、そっちの方面でお声が掛かった」


「……中々、殿下からの信頼が厚いようだ」


「内乱の時期に死ぬ気で仕えたもので」


 それからその男、ヘイオスと名乗った彼と少しばかり話してみた。王室が東の旧大陸へ関心を向け始めたという噂は聞いていたが、どうやら国婿の影響によるものらしい。希薄なまま発展を見せなかった両大陸の交易を強化出来ないかと女王に働きかけているそうだ。

 それのみならず、北や南、西の海の先に何か見つかるものはないかと期待しているようで、ヘイオスへの出資も半ばそのために行われているらしい。

 成果が出る見込みはあるのかと問うたら返事は濁された。相手の表情は笑みを隠しきれないそれだったので、或いは早くも何かを掴めた可能性がある。


 反面でかなり無茶な航海だったということだけは、はっきりと証言された。

 時折酷く強硬な手段に訴えるのだと、彼はぼやく。

 やがて殿下の入来を知らせる声が響いて、オレ達は跪く。許された顔を上げると空席の玉座の傍らに立つ羽織姿の男の姿。いつか見た際は顔の右側を伸ばした髪で隠していたが、現在はそこにある傷痕を堂々晒している。

 目付きの恐ろしさは相変わらずで、見ていると緊張が増してくる。


 彼は女王が体調のため顔を見せられないことを始めに詫び、オレ達に労いの言葉を掛ける。前列にいた貴族達がそれに応えて、謁見は恙無く進んでいった。

 やがて皆に贈り物と知らせがあると告げられ、女官達がそれぞれの目の前まで何かを運んでくる。大きな巾着に包まれていて中身は分からないが、恐らく金だろう。

 開けてみろと言われて素直に従うと、案の定そこには金貨銀貨が詰まっていた。


「ん?」と、隣から小さく声が聞こえる。盗み見ると彼は巾着から金貨銀貨をそれぞれ一枚ずつ取り出してじっと見つめていた。

 それからその表情が苦笑いらしきものへ変わっていく。

 何かあるようで、オレも真似して硬貨を取り出し観察する。すると確かに違和感があった。


「既に察した者もいるようだが、今渡した金貨銀貨は従来のものより金銀の比率が低い。が、金貨は金貨、銀貨は銀貨、他のものと同じに扱うように」


 突然の通達に貴族が疑問の声を上げ、殿下はそれに答える。


「カネを増やしたいのだ。どこもかしこもカネに困っているのだから、そうするのが道理だろう」


「しかしながら、そもそも貨幣が今のようになったのは」と、貴族の一人からかつて王室が同じように含有率を下げ、結果として市井が混乱し、その後に生じた大災害も手伝って人々が酷く苦しんだという、歴史の話が語られる。

 話の最後はオレ達の世代が生まれるより幾らか前から前宰相のオドマンが含有率を上げる政策を取り始め、そうした風紀の引き締めがあったからこそ、この数十年の荒みようも現在の程度で抑えられたのだと結ばれた。

 それを聞いて思い出すのは、そのオドマンが今眼前にいる殿下によって殺害されたという話。

 かつての敵の逆を行こうという試みだろうか。


「これは陛下のご意向でしょうか、それとも……」


「俺の提案によるものだ」


「どうでしょう、お考え直しになられては」


「西の樹海の先にある山々から金脈銀脈を探すという手もあるが…………金銀が増えれば市場は活気付く。馬鹿でも分かる話だ。カラスマはこの案に乗れるか? 俺は皆が支持してくれるならどちらでも良いぞ」


 カラスマと呼ばれた貴族は暫し黙考して、それから自分の異論を取り下げた。


「殿下の御施策を支持させて頂きます」


 樹海へ斬り込むよりはその方がマシ、と判断したようだ。

 ひょっとしたら事前に根回しがされていて、今行われたやり取りは後ろで聞いているオレ達にこの変更を納得させるための芝居なのかもしれないと、ふと思い至った。

 これから始まる変化が何をもたらすのか、正直に言って不安だ。

 とはいえ、カネはカネ。悪銭だろうと纏まった額には違いなく、貰って帰る他ない。

 市井が活気付くまで貨幣の改鋳は続くと改めて宣告され、国婿の彼が退場し、謁見の時間は終わりを告げた。


「強引でしょう。やると決めたらあの調子だよ、あの人は」


「……この先、どうなるのか」


「仕方ない。オレやアンタみたいなのは良いが、市井の貧民達の困窮は本物だ。良い加減今までにない手を打ってみないと」


 ヘイオスと共に謁見の間を後にする。彼はこの後、あの国婿殿と個人的に会う予定があるそうで、義弟が宮殿の奥から出てくるのを待たなければならなかったオレは彼と、門の近くで立ち話することになった。

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