第2話 家庭

 ノイルで一泊してから再び馬上の旅へと戻り、都へ帰還する。学院に報告を入れるとコノエと二人で恒例となった酒盛り。出会ったばかりの頃は酒を飲まなかった彼も、十五を過ぎると俺に付き合って、少しだけ嗜むようになっていた。

 彼は酔うと直ぐに顔が赤くなり、普段よりも砕けた笑い方をする。日頃取り澄ましている彼のそんな姿を見るのは好きだった。


 日暮れ前から酩酊した俺達はそのまま自宅を目指して歩き、徐々に日が傾いていく中、先に俺が世話になっている下宿先へ到着して、ついでにコノエも立ち寄っていく。

 門を潜ると母屋の縁側にいたマヤが俺達の方へやって来た。出産し、家にいるようになってからは着物を着て、長い黒髪も結わずにそのままにしている。


「お帰りなさい、サコン様」


「ただいま」


「今回のお仕事もご無事で、安心しました」


「うん。君の方はどうかな、調子は」


「順調ですよ。お腹の子も、カゲヨシも」


 コノエは縁側の座布団で寝ていた俺の息子、カゲヨシの方へふらふらと歩み寄って、至近距離からその顔を覗き込んでいた。それなりに子供好きなようで、洛中にいる間は毎日顔を出し、倅へ構ってくれている。


「カゲヨシ、起きなさい」


「いや、態々起こさなくて良いさ」


「あんまり寝かせとくと夜中にうるさいですから、丁度良いんですよ」


 着物を着た小さい身体がもぞもぞと動き、目を開ける。まず至近距離にいたコノエと目が合って、おはようと彼から声が掛かる。カゲヨシは度々遊んでくれる見知った顔におはようと返した後、視線を巡らせて、恐らくは母親を探した。


「カゲヨシ、父上よ」


 母の声に反応し、縁側で脱ぎっぱなしにされていた草履へ足をやって、一歳と半年少々の息子が俺達の下へやって来る。マヤへひしとしがみついてから、その視線が俺を見上げた。

「ちちうえ」との呼び掛けに、俺は身を屈めて視線を合わせ「ただいま」と告げる。


「おかえりなさい」


「もう『父上』か。大人だな」


 この前まで「ぱぱ」だったのになと、内心呟いた。

 一月とまでは行かないが、半月以上の留守などザラで、そのせいなのか子供の変化の速さというのをまざまざと感じさせられる思いである。


「元気にしてたか?」


「うん」


 幸いにして留守がちな俺であっても、我が子からは父親として認知されていた。

 母親へしがみついているのとは反対の手を恐る恐る、俺へと伸ばしてくる。それに応えて慎重に、ゆっくりとした動作でその手を取ると、そこから穏やかな魔力が伝わって、同時に息子の身体が強張る。


「大丈夫か?」


「だいじょうぶっ」


「そうか。偉いな。どんどん強くなってる」


 カゲヨシからすれば俺の魔力に触れてさぞ大きな不安を感じているだろうに、彼はその手を離そうとはしない。親子の情というものなのか、それとも単に根性のある子供なのか。

 息子であっても気軽に触れられないのは、魔術師としての数少ない不便だな。父親になってからは幾度もそう感じている。


「父親のようになれそうですか?」


「……立派な魔術師になれるさ」


 マヤからの問い掛けに、ちょっとだけずれた答え。俺のようになれるのかは分からない。魔力が順調に育っていることは確かだが。

 力のある魔術師には、なれるのではないだろうか。

 そもそも下手に強すぎると、それこそ俺のような生活になる可能性も高まるし、別にこの子にはそんな期待は掛けていない。それなりの魔術師として穏やかに暮らせればそれに越したことはないだろう。

 父親としてはそう思う。


「あら、お帰りですか?」


 こちらの話し声が聞こえたのか、家の奥からマヤの母であるセリナが顔を見せた。


「長旅お疲れ様です。どうぞお二人共、お上がり下さい。少しですが、何かお出ししますから」


 そう言われ、コノエ共々家の中へ上がる。

 居間で畳の上に腰を下ろすとカゲヨシが隣に寄ってきて仕事の話をせびったので、コノエと二人で旅先での出来事を語って聞かせてやる。

 魔力があると判明している以上、将来は魔術師と確定しているのだが、彼はむしろコノエの魔剣士としての活躍に興味を示すことが多かった。そのうち飛ぶ斬撃を見せてやると約束もしてしまう。

 やがてセリナが茹でられた豆と酒を持って戻ってきて、先程飲んだばかりだが、追加の酒盛りを始めることに。


「ところでサコンさん、ナガミツが少々、お願いしたいことがあるようなのですが、後程離へ伺っても大丈夫でしょうか?」


「ええ、構いませんよ。どういった用件かはご存知ですか?」


「仕事の方で、何か助力をお願いしたことがあるようです。詳しい内容までは聞かされませんでしたけれど」


 マヤの弟からの頼みである。勿論、引き受けるつもりだが、用向きに心当たりはなかった。彼の役職から察するに何かの事件の捜査だろうが、学院へ魔術師の派遣を要請するのではなく、武闘派の俺へ個人的に話を通すのは、どういう事情なのか。

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