第3話 ナガミツからの相談

 結局、その日、ナガミツが訪ねてくることはなく、日が暮れると早々に親子三人で眠りに就いた。今は翌朝。マヤはつい先程母屋へと出て行って、カゲヨシと二人、布団でゴロゴロとしている。

 小屋の中はかつてに比べ、物が増えていた。太刀が棚の一番上を飾り、その下には魔術関連の道具、その下は書籍類、それ以下の段にはカゲヨシが勝手に触っても問題のないようなあれこれ。子供用の玩具もあるし、俺が気紛れに購入した彫刻やら水晶やらの美術品もある。

 棚の隣には衣類の収められた箪笥があって、その横に羽織が掛けられている。


 更にその傍らを見ると、これまた俺が気紛れに買ったデカイ狸の焼き物に、西洋風の人形。その斜め上には第二代国王の伝承にある鬼を描いた絵画。

 金が余るばかりで全く使わないのも詰まらなく思い、その結果として美術品が増えてきていた。

 鬼の絵に関してはマヤから少し否定的な反応があったものの、醜くも非常に力強いその姿に何故か強く惹かれてしまって、そのまま飾らせてもらっている。幸い、カゲヨシからの評判は悪くなかった。


 そのうち、その隣に俺とマヤ、カゲヨシと、次の子供との絵を描いてもらって飾れたらなと思う。

 その前に引っ越しだろうか。どうせ俺は留守が多いし、それならば祖母や叔父のいるこの家の方が子供の生育環境としては良い気がするものの、一方で俺の帰還中は手狭になることも確か。特にこれからカゲヨシが大きくなり、他にも最低一人は子供が増えるだろうことを考えるといずれ住まいを改める必要があるとも思う。この辺り、いつも悩ましい。


「ははうえ……」


「起きたか。飯はまだだぞ」


 絵画の中の鬼を寝転がったまま見上げていると、背後から母親を呼ぶ息子の声。昨夜は夜中に一度目を覚ましてぐずっていたせいか、まだ眠そうだ。

 振り返ってみると既にカゲヨシの目は閉じられていた。

 或いは寝言だったのかもしれない。


 扉を控え目に叩く音がして、俺は立ち上がった。マヤならばノックなどせず入ってくるはず。多分、ナガミツだろう。

 入り口の戸を開けると案の定、彼がそこに立っていた。


「おはようございます。すみません、こんな早くに」


「おはよう。もう起きてたから平気だよ。君はひょっとして今、帰ったところかい」


「はい。近頃、洛中の富裕層相手に窃盗が相次いでまして、夜通しの見回りを終えたとこです」


「へえ……。そんな事件が起きてるのか」


「そのことで、サコン様のお力を借りれないかと思いまして。まずは話だけでも聞いてもらえませんでしょうか」


「構わないよ。カゲヨシがまだ寝てるから、母屋の方で話そう」


 そう答えて二人、母屋へと移動する。上がり込んで居間に入ると、どうやら彼は屋敷の門を潜って直ぐ俺の下へ足を運んだようで、一度セリナへ顔を見せに向かった。

 戻ってきた彼は二人分の湯呑と急須が乗った盆を持っており、俺達は茶を飲みながらちゃぶ台を挟み、向かい合う。


「その窃盗事件は、何か変わったところでもあるのかな」


「事件自体は単純なんですよ。富裕層……正確にはそれなりに金の有りそうな家が、恐らくは無作為に狙われて、朝、目を覚ますと家の中から有り金全部と金目のものが幾つかなくなっている、目撃者はなし、か、精々背後から昏倒させられた家人がいる程度。そういうのが頻発しているんです」


「問題は盗人側の腕の良さってわけか」


「随分なやり手みたいですよ。金銭以外の盗まれた品から判断するに、多分、単独犯ですね。一人で小脇に抱えられるくらいにしか盗られませんから。週一以上の頻度でやらかしておいて、未だに手掛かりがありません」


「そもそも同一犯なのかい?」


「恐らくは。一晩で二軒同時にやられたようなことはありませんし、こんな要領の良い盗人がいきなり複数出てきたりはしないだろうってことで、そう見てます」


 単純な金銭目的の犯行で、目撃情報はなし。犯人はどうやらかなり盗賊としての腕が立つようで手慣れている。


「盗品の方は?」


「今のとこ、どこかで売りに出されてるって例はないですね。まあ、その線は期待薄ですよ。オレが犯人なら、洛外に運び出して遠方で売り捌きます」


「そうなると、いつどこに現れるかも分からない盗人の犯行現場を押さえるしかない……のかな?」


「そうなります」


 そこから更に詳しく話を聞いてみると、犯行地域は広く、中央、西部、東部に渡るらしい。北部での犯行が見られないので、貧困層の集まる南部からやって来ているのではないかという憶測があるそうだ。南は役人の目も届きづらく、盗んだ金をばら撒きながら潜伏するには良い場所だという。


「で、俺に何が出来そうかな」


「オレは魔術の知識がからっきしなので、まずはその点からお聞きしたかったんですよ。こういう状況で役に立ちそうな魔術ってありますか? 魔術学院の方にも既に話はしてあって、そのうち誰かが派遣されてくるはずなんですけど、折角なら腕利きの魔術師として評判のサコン様に相談しとこうかと。一緒に捜査へ当たってる同僚からも促されましてね」


「……星の加護の強い魔術師を呼んで、次の犯行を占わせる、とか。在り来たりな発想だけど、犯行の起きる地域がこれだけ広いんだから、多少絞れるだけでもかなり助かりそうだし」


 腕利きの魔術師という部分を態々否定する必要がないくらいに戦ってきた自負はあるが、それはそれとして、そういう評判が立っているというのは本当だろうか。洛外での活躍が都の住人の耳に、そこまで詳しく入りはしなさそうだが。


「西部か中央か東部か、そのくらい絞れれば、後は俺の方でも式神を使って人海戦術の手伝いくらいはしてやれると思う。盗人も役人が見回ってれば警戒するだろうけれど、猫やミミズクくらいなら気にせず犯行に及ぶだろ」


「成程」


 あまりぴんと来ていなさそうな様子なので、試しに式神の十体くらい同時に行使してみせるのが良いかもしれない。そうすればその有用性も伝わるはず。


「ちちうえー」


 丁度、立ち上がってナガミツを小屋へと促そうとしたところに玄関からカゲヨシの声がした。目を覚まして誰もいなかったからやって来たのだろう。


「式神がどんなもんか見せておくから、一旦外に出よう」


 そう告げてナガミツと居間を出ると、玄関にはカゲヨシのみならず、侍女服を纏った女の姿があった。


「おきゃくさん」


「おはようございます、サコン様。早朝から失礼致します」


 見知った顔だ。タチバナのメイドである。

 挨拶を返すと用件はやはり、屋敷への呼び出しだった。元々そちらへも子供の顔を身に足を運ぶつもりだったのだが、態々向こうから声を掛けてきたということは恐らく、どこかの貴族から頼み事が舞い込んだのだろう。そしてその内容はきっと、遠方での魔物退治だ。


「すまないね。捜査への加勢は随分後になるかもしれない」


「いえ、それでも有り難いです。それにこちらは洛外の魔物被害と違って、人命は掛かっていませんから」


「まあ、なるべく早く戻るようにはするよ。その前に犯人が捕まってる可能性も高いんだろうけど」


 と言いつつ、去っていく侍女を見送って、俺達も外に出た。


「カゲヨシもおいで。父上の魔術を見せてあげるから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る