第二部 鬼神

第一章 魔術師としての日々

第1話 里帰り

 十八歳になった。アリサ、ケイが無事に子供を身籠って以来、再び積極的に仕事へ駆り出されるようになり、現在も魔物退治を終えた帰り道。場所は大陸中央から少し南に位置する土地でのことだった。

 故郷であるノイルが近いので、何日かの遠回りになるが立ち寄ってみようかという話になり、コノエを伴って帰郷する。

 前に村へ足を運んだのは丁度、一年くらい前だったろうか。皆、案外変わらずにやっているようだった。


 一日と少し北上するとノイルに到着。村の中を馬で移動する者は珍しく、魔術師としての服装も相まって人目を引いていた。

 最初に金毛の社へ顔を出しに行くと、そこで村長と偶然に出会う。今は彼が社の管理をしているはずなので、その都合だろう。


「おう、帰ったか」


「はい。お久しぶりです」


「前に見た時にも思ったが、随分と見てくれが良くなったな」


「単なる魔術師の正装ですよ」


「服はそうだが、何というか、顔付きも、な」


「都で良いもん食ってますから」


「栄養状態だけでもなかろうが」と言いつつ、長と連れ立って参拝。


「仕事は順調か?」


「……返り討ちに合っていないという意味では順調ですね。相変わらず頻繁に魔物との戦いへ駆り出されていますけど、最近はどこに行っても危なげなく勝てるようになりました。しばき倒した魔物が大人しく引き下がってくれるか、徹底抗戦してくるかは、やはり経験を積んでもどうにもなりません」


 どれだけ力の差で圧倒出来るようになっても、死ぬまで向かってくる魔物は存在した。特に西域で森からあぶれて来た類にそういうのが多い。引き下がる場所がないのだから当然と言えば当然だが。


「最近は魔物の出現が増えとると聞くが、その辺りはどうか。お前なら正確なところを知っとるだろ?」


「いや、俺は所詮末端の魔術師なので、そういう全体を俯瞰するような話は人並みにしか……。増えているかは兎も角、忙しいのは確かですね」


 お陰で金は貯まる一方だ。今となっては到底使い切れる気のしない金額が魔術学院で引き出されるのを待っている状態である。見習いを終えたばかりの頃程ではないが、最近でも俸禄の加増は止まっていない。

 随分と伸びるものだと以前シキとの会話の中で口にしたことがあったのだが、どうやらかつて平民出身の有力な魔術師の中に、待遇へ不満を抱いて問題を起こし、学院から姿を消してしまった人物がいるらしい。現在でもその行方は知れないままだという。


 魔術師が国への従属を放棄して都を出ていったのならば死罪だが、その人物は実力で追跡を振り切ったらしい。幾人もの魔術師が返り討ちになったそうだ。

 その件で学院側の名誉が傷ついたことと、何より、強力な人材の喪失が純粋に痛手であったことから、学院は力のある平民への待遇に気を使っているとのことだった。


「景気は一向に良くならんし、魔物は多いし、どうなるんかの」


 こちらとしては正直、不景気の影響など微塵も受けない立場であるし、魔物が多いのも飯の種なのだが、普通はそうも言っていられない。

 ただ、景気の良し悪しも魔物の数も、俺や片田舎の長の手の及ぶ話ではなかった。


「良くなるように祈るくらいしか出来ませんね」


「うむ。金毛様にも頼んでおくか。銀狼様もいるし、うちの村くらいは大丈夫だろう」


 銀狼というのは山にいるあの魔物の村での呼び名だ。俺はどう見ても犬だと思うのだが、銀犬様では響きも悪いし、仕方ない。


「言ってどうなる話でもないだろうが、お前も、まあ、死なんようにな」


「心配ありません。俺自身、大分戦いには慣れてきたし、相棒も強くなってるし、それこそ金毛様も味方ですしね」


 社から引き返しつつそのような話題をしていると、不意に村長がこちらを見てぎょっとする。


「どうかしました?」


「いや、気の所為だろう……」


「一瞬、金毛様が姿を見せていましたよ」


 首を振り、答えを濁した村長に代わり、それまで黙って背後に付いてきていたコノエが答える。どうやら話の内容へ応えるように、長の前へ顔を出してくれたらしい。


「近頃は大分結び付きも強くなりましたから、その影響でしょう」


「そうか。何とも…………久しぶりに見たが、荘厳なお姿としか言いようがない。荒事の際には今のように現れて加勢してくれるわけか」


「お呼びするのは大物相手のときくらいです。……大物を相手にする機会が多いので、割と頻繁に助力して頂いていますが」


 社への入り口を出ると繋いでおいた馬の手綱を引きながら途中まで村長と連れ立って歩き、それから別れて実家へと向かう。

 別れ際、一応、村の人間なのだから、帰る前に巨石のところにも顔を出すよう言われた。


 家に辿り着くと祖父に出迎えられ、俺とコノエを中へ通すと直ぐに家族を呼びに出ていく。

 コノエと二人きりになった実家で、囲炉裏の前に腰を下ろして適当に寛ぎつつ室内を見回した。


「こうしてみると結構なボロ屋だ……」


「そうでしょうか。僻地の一農家としては比較的大きな家かと」


「大きさだけは、な。記憶の中じゃもうちょっと立派だった気がしてる。暫く帰ってなかったせいかもしれない」


 金もあるし、父母が望むなら修繕費くらい幾らでも出そう。そう思って祖父に連れられ家へ戻ってきた二人へ提案してみたものの、特に不都合が出ているわけでもないからと断られた。

 弟も良い歳になってくるし、もう少し広くても良いのではないかと言ってみたところ、必要になったら頼むと返される。

 興味本位で詮索してみたが、今の所、サマにそれらしい相手はいないそうだ。


「それよりもお前、そろそろ嫁さんと孫の顔を見せに来たらどうなんだ」


「んー……まあ、そのうちね」


 弟の話をしていたら、俺の女性関係にまで飛び火してしまう。

 都で子供が出来たことや相手の女性と同居していることは知らせてあって、別にその相手と夫婦というわけではないのだが、その点については、そんな詳細に説明しても仕方ないかと黙ってあった。


 親父は兎も角、お袋が聞いたら目を吊り上げて干渉してくることだろう。

 そういうのは面倒臭い。

「あんた、去年もそう言ってたじゃない」とお袋。


「だって遠いし。ちょっと前から二人目が腹の中に居座ってるし。村まで顔見せに来るとしても随分先になるんじゃないかな」


 その二人目の子供が都からの長旅に耐えられるくらい大きくなる頃には三人目以降も仕込んでいるだろうから、マヤをこの家まで連れてくるのは相当先まで引き伸ばせるはず。


「旅費は出すから、顔が見たいなら都まで来なよ」


 どうせ断られるだろうと思って提案すると案の定、そんなに畑を放置出来るかと突っ撥ねられた。


「アタシ、都に行ってみたい」


 代わりにそう声を上げたのは末の妹。続けて遠慮がちに上の妹も同様の意向を口にする。


「そうね。お兄ちゃんに連れてってもらいなさい」


「良い?」


「ああ。じゃあ今度時間を作って迎えに来るよ」


「ほんと? いつ?」


「……一年以内には。俺も大分忙しいからね」


「待ってるね」と元気の良い返事。洛中に憧れる妹達のために労を割いてやる分には悪い気がしない。


「ついでに嫁ぎ先でも見つけてきなさい」


「それは少し早くないかい?」と親父がお袋に異論を挟む。


「早いうちから探した方が良いでしょう。サコン、あんたも良い相手がいそうだったら紹介してやってね」


「そうだね」と気のない返事をしておいた。

 身内との縁談を持ち掛けるような相手など、いただろうか。軽薄なタダツグは論外として、セスは実家が金持ちで容姿も悪くないが、そもそも友人に自分の妹を勧めるというのも気が進まない。他に若い独身での顔見知りとなると、マヤの弟くらいだろうか。それ以外で付き合いのある男を思い返してみても、貴族だったり、歳が行っていたり、既婚だったりと候補がいなかった。

 そんな中、ふと思い至って傍らにいる従者へ振り向く。


「そういえば君、十五にもなるのに浮ついた話の一つもないじゃないか」


「僕は……先約、のようなものがあるので」


 出会った当初から女の子にしか見えていなかった従者は年月を重ねても相変わらず女にしか見えないものの、本人の言うところによれば男。彼ならば人柄も良く知っているし、家柄は良さそうなものの平民である。その気があるならばと声を掛けてみたが、当然と言うべきか、色良い返事は来なかった。


「婚約者がいたのか。初耳だな」


「きちんと話が纏まっているわけではないのですけど。家の都合で、どうにか縁談を組めないか探っているところ、といった状態です」


「じゃ、もしそれが破綻するようだったら、うちの妹達のことも候補として考えてやってくれ。考えるだけでも良いから」


「はあ」と気のない返事をされたところでコノエを女だと思っていた妹達が彼に関心を示し始め、絡まれる姿を横目に親父と話す。


「ところでサマは?」


「ついさっき例の魔物の祠に向かったよ。偶に顔を出しに行ってるんだ」


「へえ。一人で?」


「ああ。銀狼様の縄張りだから、おかしなことは起こらないさ」


「……俺も顔出しに行ってみよっかな」


 かつてはただ恐ろしいだけだったあの犬と、もう一度対峙してみたい気持ちが湧き上がってきてそう口にした。

 直ぐに考えは決まって、コノエに「山へ行こう」と声を掛けて立ち上がり、家を出る。麓までは馬で向かって、下馬して木々の間を進んでいくと丁度良く弟の背中が見えてきた。声を掛けると驚いて振り向かれ、それから三人で山の中を進む。

 道中、調子はどうかと問うてみる。いつかの事件のために多少肩身の狭い瞬間はあるものの、それも問題なくやっていける範囲だと聞いてはいたが、心配ではある。


「特にどうってことはないよ。死んだ皆の家族に対しては未だに気不味いけど」


「ならいいさ。あの馬鹿共の家族にも遠慮することはない」


「そうは言っても、ボクだけ生き残ってしまったんだから、やっぱり少し引け目はあるよ」


「お前は真っ当だね。俺は連中が死んで正直、清々したよ」


 恨みは忘れていない。あの事件を切っ掛けに俺は魔術師となったし、彼らはこの世からいなくなった。俺にとってだけは万々歳な出来事だった。


「ところでさっき親父達と話してたらさ、早く嫁さんと子供の顔見せろって言われたんだけど、お前の方はどうなんだ? 嫁は見つかりそうか」


「一切、そういう気配はないね」


「気になる相手とかは」


「いない」


 本音を隠しているのか、それとも本当に相手がいないのか。まあ、どうでも良いかと思ってそれ以上の詮索は控えた。


「兄さんの方は、奥さん、どんな人?」


「上品な美人だよ。俺達と同じ東洋系で、歳は俺の一個上。俺が頻繁に出入りしてる貴族の家で働いてて、そこで知り合った」


「へえ……。上流階級って感じだね」


「本人も代々役人やってる家の出身だからそこそこ良い家柄だし、俺も今となってはそこそこの魔術師だ。確かに、上流階級の恋愛って感じかもな」


 実際には全く、恋愛といった始まりではなかったのだけれども。


「やっぱり、都の立派なお屋敷で生活してたりするの?」


「いや、相手の実家にある小屋を借りて、そこで暮らしてるよ。金はあるんだけどな。どうせ月の大半は洛外で仕事してるから、良い家に引っ越す気にもならない」


「忙しいんだね」


「ああ。俺は特に遠方まで派遣されるから、殆どを馬上で移動に費やしてる状態だけど」


 暫く歩くとかつて親父と共に立った山頂と思わしき場所まで辿り着き、そこから下って祠を目指す。


「ところであの銀色の魔物は普段、姿を見せるのかな」


「偶に、祠のところで寛いでるけど、別段向こうから近寄ってくることはないね」


 斜面を下りきってみると遠くには小ぢんまりした祠が見え、サマの言葉通り、銀の犬もその近くで丸くなっていた。


「随分控え目な祠だな。あれならそんなに費用も掛からなかっただろう」


「うん。祟りの影響も殆どなかったし、増税も、そこまで重くはならずに済んだって」


 話しながら近寄っていくうち、犬が起き上がって俺達の方へと歩いてくる。普段来訪者へ近寄ってこない相手がそのような行動を起こしたのは、魔術師の俺がいたからだろう。


「見違えたな」


「多少はね。魔術を身に着けたし、場数も踏みましたから」


 多少の警戒はしつつも、かつてのような恐怖もなく、魔物と言葉を交わすことが出来た。このくらいの巨体だと、今となっては見慣れている。


「力もずっと強くなった。あの獅子とは今でも仲良くやっておるか?」


「はい。……でも、何故それをご存知なのです?」


「お主が儂の目の前で呼び出してみせたのではないか。気を失ったせいで覚えておらんのか? そこにいるお主の弟はしっかりと見ておったはずだが」


 良く分からない話をされてサマの方を窺う。


「あの時、兄さん、気絶する前に『祟ってやるからな』って言ったよね。その直後に、金色の毛並みをした獅子がいきなり出てきて、ダリを追っかけてったんだ。それで、ダリは……」


「……初耳だな」


「兄さんが呼び出したみたいだったし、言ったら不味いかなって思って」


「不味いって?」


「いや、だって、……殺人じゃん?」


「ああ、成程」


 何の感慨も湧かないが、確かにそうだ。尤も、当時その点が公になったとしても、まともな処罰があったとは思えないが。片や大物の祟り神を召喚出来る魔術師の卵、片や国の定めに逆らって魔物へ手を出した愚か者だ。故意に祟り神を呼んだわけではないという俺の言い分が通って終わりだろう。

 ともあれ、ダリを殺したのが俺だというのなら、結構な話だ。

 その後は魔物と適当に言葉を交わし、祠へ参拝してから、家へと戻った。

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