第39話 女王

 日課となっているタチバナ姉妹いずれかとの一時を終えた後、いつもならばアリサと二人で魔術の勉強に励むところなのだが、今日は少し外へ出ることにした。一人で屋敷の外に出ると、普段は使われていないかのように締め切られてばかりのカーテンが開いているのを見つける。ただ、薄暗くて中の様子は良く見えない。掃除でもしているのだろうか。

 ポケットから形代を取り出して放り投げ、馬を用意して魔王の社を目指す。最近は季節柄、徐々に気温が上がってきていて、少し暑いくらいの陽気だった。


 鞍も手綱もなく馬に乗っていると時折都の人々から変な奴であるかのような視線を受けるが、そうした装備まで再現するのは面倒であり、いつでも簡単に取り出せる馬というのも代えがたい利便性があって、止める気にはなれない。

 魔王の社に行ってみようと思い立ったのは、ほんの気紛れだ。最近は頻繁に足を運んでいて、今日もそんな気になったというだけの話。

 都の中央を抜け、東へと進む。


 そういえば、まだ南部には足を運んでいなかったなと不意に思った。中央や西部もまだまだ詳しくないのだが、南に関しては全くの未踏だったように記憶している。

 そのうち行ってみるかと考えつつ、港まで到着して社へ。

 鳥居の前には警備の者以外にも数人が佇んでいて、何事かと思ったが、特に声を掛けられることもなく通過することが出来た。

 この場所にあれだけ客がいるのは珍しい。


 社の見える位置に出ると、そこにも警備以外の人物が二人。剣士が一人に老魔術師が一人。その先にある社へ向かうでもなくその場に立っている。

 社の前には誰かが一人立っていて、あれらはその付添か何かだろうと推測しながら、その人物を無視して参拝。

 終わると、その場にいた人物、黒髪を二つ縛りにしたドレス姿の、東洋系の女性に声を掛けられた。


 どこかで見たことがある。

 女性は不躾に俺の顔を覗き込んできて、主に左側、傷のある方を観察しているようだった。見つめ合うような体勢になっているうち、それが誰なのか思い出す。以前にこの場所から見かけた人物だ。


「妾を知っておるな?」


「いえ、初めてお目にかかりますが」


「嘘は為にならぬぞ?」


「……以前に、一度だけ。この社へ参拝した際に魔王様が何を思われたのか、上位の式神を無理に発動させて、強制的に私の意識を導かれたのです」


「そうであったか。流石に着替えを覗かれて咎めぬままではいくまいと思っていたが、それならば仕方ない」


 何故かこの場所に、女王が一人で立っている。それにいつかの事件の犯人が俺であることは突き止められていたようだ。


「あの術を使える者は、それも王宮の結界を突破して送り込めるような者は誰に訊いても心当たりがないと答えるし、一体誰がと訝しんでいたところへ顔の左に大きな傷のある新人が、偉く式神の扱いが達者だというではないか。これはと思い、他にも気になることがあって、良く姿を見せるというここで待ち伏せしてみたのよ」


 宮殿へ呼び付けるような用件ではないのでなと、彼女は薄く笑った。


「まさか魔王が引き合わせたとは。どんな意図があるのやら」


 接近して覗き込んでいた状態から引き下がって、彼女は尚も俺へと語り掛ける。少し話そうと言ってから俺のことをあれこれと問われ、中でも相棒の魔剣士であるコノエについて関心を示した。話の後半はそればかりになる。

 一頻り彼について話した後、最後に俺の交友関係で、特に平民同士のそれについて問われた。貴族以外との交流が希薄であることを答えると、不穏な輩がいるようだからと、そうした手合との付き合いは避けるよう助言を貰い、それから彼女は去っていく。


 暫くぼんやりと社を見上げ、結局魔王は何を思って俺と彼女を引き合わせたのか考えてから、俺自身も帰路へ着いた。

 後日、時間が出来て久しぶりにタダツグ、セスと会うことがあり、その時、他の魔術師達について話が及んで、女王の言わんとしていたことを理解する機会があった。彼らは対象の名を明言することはしなかったが、分離独立派と呼ばれる思想が一部にあるらしい。

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