第38話 派閥

 都に戻ってから一月程経過した。最近はサコンが負傷したことと、これまでの忙しさに対する配慮なのか仕事が入らなくて、僕自身は闘技場に足を運び、そこで他の魔剣士との鍛錬をさせてもらって日々を過ごしている。あの魔物との戦いで自分が十分な働きを出来た気はしておらず、次にあれだけの敵と相対した際、僕が単独でも抑え込めるくらいにならなければという想いだった。

 戦いの最後に見た彼の祟り神、あれに見劣りしなくらいの戦力であるとはっきり示さなければ、彼の戦いを支える者としての面目が立たない。


 サコンとは毎晩、彼の家に足を運んで顔を合わせているのだが、彼自身は日々タチバナの屋敷で、魔術の勉強に精を出しているようだった。治癒術を学んでいるそうだ。ある程度、負傷に対して自分で対応出来るようになりたいらしい。

 あまり現場から離れたままでいるのも良くないし、そろそろ次の仕事が入らないだろうかと彼に話してみたところ、タチバナと相談してみるとのことだった。


 そのタチバナから僕個人へ手紙が来たのが昨日のこと。話したいことがあるので一度屋敷へ来て欲しいと書いてあり、日時も指定されていた。

 何事だろう。サコンへ秘密にするようには書かれていなかったが、彼を経由して連絡してこなかった辺り、黙っておいた方が良さそうな気もする。そのように考えて彼には何も告げないままタチバナの敷地に足を運んで門を潜ると、案内された先はこれまで通されてきたのとは違う屋敷。中に入るとシキが僕を出迎えた。


「良く来てくれたね」と告げる彼へ「サコン様には呼び出しのことを伏せておきましたが、それで宜しかったですか」と尋ねてみると、それで構わないとの答え。そのうち彼に話すこともあるかもしれないけれど、今はまだ、態々打ち明けて煩わせる段階にないと意味深なことを言い始める。

 そのまま広い一室に通されると、そこには先客の姿。アキミツにエデン、それから、恐らく顔立ちと年齢からしてアキミツの父でカラスマ当主だろう男性と、後はどこの誰か全く見当も付かない幾人かの、年齢もバラバラな魔術師らしき人達。皆が黙してこちらを窺う中、何故か僕は上座へと案内された。


 最初にサコンと同席でタチバナの姉弟と出会ったときから警戒していたが、彼らは僕の出自について気が付いていたのだろう。すると、この場にいる他の面々はどういった意図なのか。


「彼らのことは後にして、単刀直入に伺います。貴方はかつて病死したと報じられた王子、コノエ様ですね?」


 席に着いたシキが問いかける。

 態々人を集めた上で確認する辺り、調べは付いているのだろう。あまり公にして良い話ではないし、白を切るべきなのかという選択肢も一瞬だけ脳裏に過ぎったが、サコンが世話になっている相手の面子を潰す選択肢はない。堂々と肯定する。周囲の魔術師達も事前に知っていたようで、驚いた様子はなかった。


 名前も性別もそのまま使っているし、直ぐに気付かれることもあるだろうなと思っていたが、魔術師としての素養のない王族など、魔術の力による国家の守護を名目として君臨している王侯貴族からすれば放っておきたい存在だろうし、疑念を持っても敢えて触れられることはないと考えていたので、こうして集団の前で面と向かって突き付けられてもその狙いに見当は付かない。


 一部の人間の間では、都に古くからある血族の幾つかは既に衰えてしまっているとの噂も流れており、そうした風評を助長する僕という存在には蓋をしておきたいはず。

 何も言わず、単なる魔剣士コノエとして扱った方が良さそうだが。


「これは、我々貴族の間では現状、タブーそのものの問なのですけれど、必要があってお尋ねします。コノエ殿下は実は女性だったのではないかという噂もありましたが、そちらはどうでしょうか」


「僕は……父によって男と定められました」


 何故、父がそのようにしたのか僕自身は知らされていない。ただ、父から与えられたものだったので、今でもそれを手放さずに生きている。


「先王も我々と同じ方針だったのかもしれませんね。それでも魔力の欠落を隠し通すのは無理と考えて、密かに養子へ出したのでしょう」


「父の方針というものについては分かりませんけれど、僕が養子に出された理由はそのように父からも聞かされています」


 シキは頷きつつ、王家の現状について切り出す。


「現在、王室には女王陛下お一人となっており、お世継ぎをどうするか、大臣達や貴族の間で論争となっているのはご存知でしょうか」


「皆、戸惑っていると聞き及んでいました」


 状況から、これまでの王室のあり方を変えなければならないのは明らかで、尚且残っているのが女である姉のみであることから出来るだけ若いうちにその相手となる人物を定めるのが望ましく、あまり悠長に判断していられないと焦っているそうだとは市井でも囁かれている話。民衆にとっても気になる問題だ。


「色々な論者がいます。これを機に王侯貴族も一族内で子を作るのを止め、平民のように他家との婚姻によって子孫を残すべきと語る者、未だ力を維持している家へと禅譲するのが筋だと申す者、取り敢えず当代だけ例外的に王族以外の相手を認めるべきだと主張する者、血筋を最優先し、その点で最も陛下と近い現宰相を相手とすべきだとする者」


「宰相殿は確か、魔術師ではなかったように記憶しておりますが……」


「はい。最後の派閥は最早魔術の力に拘らず、血統の維持を重視すべきという立場なのです。歴史的な権威の方が統治には重要だと、そう考えている者達です」


「それでは、ここにいる皆様の意見は?」


 態々一堂に介しているくらいだ。同じ派閥に違いない。


「我々のこれまでの立場は、宰相を女王の相手に、という者達と近いものでした。少なくとも表向きにはそのようにしておくのが安定すると、そう考えております。異なるのは歴史のみならず力による権威付けも欠かせないとい点で、そしてそのために、裏で不正を働くことも良しとしている部分ですね。民衆には王室から分離したばかりの人物と陛下を並べてみせて、裏では強い魔術師の子供を生んで王家の魔力を少しでも取り戻して頂くのが良いと思っています」


「そのようなことをして、民衆が後から知れば大きく落胆するでしょうね」


「しかし貴族の間では前例の多いやり方なのですよ? 例えば両方の性別を残せない程に衰えた家が、女児の一人を男児と偽って育て上げて体面を保ち、余所の強い男を引き入れて強い子孫を作らせる。それで勢いを取り戻した家は沢山あります。貴族同士の間で全く勘付かれないやり方ではありませんが、既に影の慣習となっており、敢えて指摘して波風を立てようという者もありません」


「……父が僕を男として育てようとしたのも、一時は同じことを考えていたからと、そういうことですね」


「恐らくは」


 自分の育ちの背景にはそうした事情があったのかと、長年の疑問への答えを得て納得していると、シキが僕の方へ僅かに身を乗り出して告げる。


「コノエ様、王族に戻るつもりはありませんか?」


「既に死んだものとして扱われている身ですよ? それに陛下の相手でしたら宰相がいるのでは」


「肝心の宰相を説得出来ておらず困っていたのです。あの男は陛下と自分の子を作り、王位に就けようとするでしょう。コノエ様の方が相手として望ましい」


「しかし人々に何と説明しますか」


「殆どそのままに事実を伝えれば良いかと。魔力を持たず魔術師となれないため密かに平民へと落とされていた王子が、先祖の加護の下、魔剣士として類まれな活躍を果たし、人々への貢献を家族に認められて王室に帰還した。魔力を持たなかったことは何か、先祖の思し召しだったに違いない。民衆への説明としてはこれで十分です」


 サコンと働いていれば、そのうちそれだけの功績も築けるでしょうねと言って、話は締めくくられた。

 魔術師達の視線を浴びながら、沈黙の中で答えの決まりきった問答を繰り返す。


「姉さんは、この問題にどのような立場なのでしょう」


「陛下は、側近の意見を尊重して、御自身の考えはあまり口になさらない方です」


「……分かりました。提案、引受させて頂きます」


 答えると、室内の空気が幾分和らぐ。


「ありがとうございます。我々も実現に向け全力で取り組んで参りますのでご期待下さい」


「僕自身はこれまで通り、サコンと魔物退治に励んでいれば良いですね?」


 シキが同意し、思い掛けない王族復帰への道が開けたことへの実感も薄いまま、薄暗い室内でのやり取りから目を逸らすように窓の外を見ると丁度、屋敷からサコンが出てくるところだった。

 彼は庭の中程まで進むとポケットから何かを取り出して放り捨てる。それは形代だったようで馬の式神が出現し、何の装備もないそれの背へと乗ってどこかへと去っていった。乗馬にはすっかり馴染んだらしい。

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