第37話 忠勤の報酬

 アリサが来訪した翌日、俺は村を出発し、港で船へ乗り込んだ。それから船旅を経て都に帰還するとアリサに断って、最初に魔王の社へと赴かせてもらう。今回は随分と助けられた。

 参拝を済ませるとマヤが実家で待っているはずなのでまずはそちらへ顔を出してくるように告げられ、家へと帰ることに。アリサ達とは途中で別れ、コノエも門の前で帰らせて、それから敷地に入ると母屋からマヤが出てきて俺を出迎えた。その顔を見ると帰ってきたなという気になるのだが、やはり子供のことについては感慨が薄い。


 二人で小屋に入り、荷物を下ろして留守にしていた間のことや今後について話す。彼女は俺に対してどうこうしろという要望はないようだったが、反対に、これを機にきっぱり関係を終わらせたいわけでもないそうで、何となく一緒にいるくらいの距離が続きそうだった。

 暫く寛ぐと、タチバナの屋敷に呼ばれているからと告げて家を出る。

 屋敷に到着し、通された先はアリサの部屋だった。てっきりいつものように、アリサが一人で過ごしているのかと思って入室した先にはシキの姿もあった。


 彼はいつもの羽織姿ではなく着流しで、アリサもローブを脱いだ薄着になっている。

 その上で二人はベッドに並んで腰掛けており、妙な雰囲気を感じさせた。

 シキはいつもの微笑でこちらに挨拶をし、アリサは俯いたまま。貴族は身内で子供を作るというし、行為の後に見えなくもない。


「ここまでご苦労だったね。今回の仕事もそうだけど、マヤとのことも君はきっちり言いつけを守ってくれていたようだし、色々と能力を証明してくれて、忠実だ。良い加減こちらの条件も整ったから、そろそろ君に秘密を打ち明けよう」


 そう告げて、シキが立ち上がる。今日の彼の語り口には何か違和感があって、いつもより声が高いことに気が付いた。

 これから話すことは他言しちゃ駄目だからねと言って、彼は返事も待たず、自分の服の帯へ手をかける。

 着物がはらりと脱ぎ落とされると、そこには女の身体があった。


「やっぱり、こうしてまじまじと見られると恥ずかしいものだね」と、俺の視線を受けてシキが苦笑する。ほんのり頬が赤い。どうにか裸身から目を逸らす。


「さて、見ての通り私の正体は女だ。いつもは声を低くして、小さい胸をサラシで更に押さえつけて、どうにか男と言い張っているけどね」


 見たければ見なよと言いながら、全裸で彼女は近寄ってくる。貴重な機会だと開き直って視線を正面に戻し、話の続きを待った。


「当家にはもう、母様に姉さん、私と妹、女しか残っていないわけだけど、公式にこういった、一族内で子孫を残せない状況になるとどうなるか、分かるかい?」


「……余所の血を入れる、とかですか?」


 その辺りは良く知らないので、当てずっぽうで答えてみる。


「正解はね、分からない、さ。前例がないからね。近親相姦で子孫を残すというのも明文の規律ではなく、実際には強固な慣習だ。だから違反した者への対応も規定されていないし、そもそもそれを公的に維持出来なくなった事例は今の所存在しない」


 タチバナの家が長い歴史の中で初、ということだろうか。


「当家のように明らかに先祖の力を維持出来ていない家系が表立った体裁すら保てなくなったら、平民に落とされてしまうかもね」


 シキが俺の右腕を服の上からそっと両手で掴み、自身の身体へ触れさせると、そこからは穏やかな魔力が伝わってきた。歴史ある家の当主の魔力が、平民である俺にとって全く脅威に当たらない事実がそこにあった。


「幸いにして、この状態からでも家名を繋げる方法はある。他にも同じような状態に陥ってしまった家の前例は非公式に存在して、彼らが行ってきた誤魔化しの積み重ねのお陰で、今では裏の慣習のようなものがあるんだよ」


 シキが俺の手を引いてベッドへと向かう。


「例えばうちの父のように、家中に男児がいなくて、自分も男児が生まれるまで子供を作り続ける自信がないと、私のように生まれてきたばかりの女児を男児と偽って育てる。これは性別が逆の場合でも同じで、取り敢えず公式にはまだ、家中に子孫を残す能力があることにしておく」


 後は家の中へ異性を引っ張り込んで、こっそりと子供を作るだけさ。そう告げながら、彼女は俺をアリサの隣に座らせた。彼女自身は俺を挟むようにしてその姉の反対側へ。


「魔力が強くて、秘密を口外しそうになくて、後は姉さんとケイが不快に思わなければ大丈夫かなと私は思ったんだけど、万が一君の生殖能力に問題があったらって姉さんが言い出してね。確かに私としても、関係を持たれてからそうしたことが発覚するよりはと納得して、だからまずは他の女で試させてもらった」


「マヤは、そういうことだったんですね」


「そう。ついでに言うと他の女との関係を禁止したのは、姉さん達へ性病なんて持ち込んで欲しくなかったからだね」


 洛中で流行っているらしいよ、と続く。


「君の女性関係の監視も任せられる信頼があって、君が間違いなく受け取ってくれるような美人で、本人自身が病気なんか持っていないよう、生娘で、という条件に彼女はぴったりと合致していたから助かったよ」


 以上が君を当家に引き入れてから今に至るまでの裏側だよ、気分を害したかいと問われて首を振った。むしろ得しかしていない。


「それじゃあ姉さん、説明は済んだし、後は二人でやれるね?」


「う、うん。頑張る」


 緊張を隠せない声。


「サコンも、姉さんを任せたよ。ケイのこともね。あの子は今、洛外に出払っているけど、直に帰ってくるはずだから。二人のお腹に子が宿るまで、勝手だけど君の仕事が減らせないか調整もさせてもらう。今はまだ怪我も治ってなくて大変かもしれないけれど、無理のない範囲で励んでくれ。衰えた一族を次代に繋げて復活させるためにも、一人や二人仕込むだけじゃ全く足りないんだ」


 そう告げて、シキはベッドから立ち上がろうとしたものの途中で動きを止め、こちらを見る。

 最後までその肢体を記憶に焼き付けようとしていた俺と、彼女の目が合った。


「凄い目付きだね」


「……そうでしょうか?」


「私にも関心があるのかい?」


「はい。非常に」


「………………半年くらい病と称して屋敷に籠もっていても、何か言われることはないだろう」


 見つめ合ったまま、彼女は思案している様子。


「姉さん、私も一度くらい子供を生んでみたいと思うけど、どうかな?」


「良いんじゃないかな。えっと……それじゃ今日は、シキが?」


「いいや。私については、流石に今はまだ、その時期じゃない。一つ注力しなければならない課題があるからね」


 そう言って、シキは結局そのまま立ち上がった。


「サコン、私の方の問題が片付いたら宜しく頼むよ。もしかしたら一年か二年掛かるかもしれないけれど、そこまで長引かないはずだ」


「……楽しみにしておきます」


 その後、着物を身に着けた彼女が退室し、アリサと二人きりになる。


「それじゃ、サコン、お願いするね」


 不安げにこちらを見つめながら、相手はそう告げた。

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