第32話 死闘へ

「聞いてた通りの巨体だ。黒い毛並みに発達した筋肉、それと真っ赤な瞳がおっかない印象だったな」


「ではやはり、これまでで一番の大物ですね」


 実物を目にすると少しばかり緊張してくる。コノエも内心同じの様子。


「下手に加減しないで初手から全力で焼きに行きたくなるけど、やっぱ最初は穏当にお引取り頂けないかってところから……ですよね?」


「その方針でお願いします」


「死力を尽くしましょう」


 尻込みしそうになるが、これも仕事。きっちり上の方針通りにやるしかない。

 馬車が村に到着して止まると、アキミツと共に村長へ挨拶しながら式神を回収した。村長はその様を見て驚いていたようだが言及はせず、前の魔術師が退治に失敗して以降の経緯を説明する。


 簡潔に述べると、争いに勝利したのは自分なのだから、ここは自分の縄張りである。これからは毎日これくらいの供物を持ってくるようにと、一方的な通達があったようだ。気象は荒く交渉の通じる相手ではないようで、供物が到底提供し続けられる量ではないと抗議した一人の村人が殺されてからは、次の魔術師が派遣されてくるまで大人しくしていようと耐え忍んできたらしい。


 それではこれより我々が対処いたしますからと、村の人々には魔物がいるのと反対側、村の南へ退避してもらう。

 それが済み次第、四人で魔物の下へ向かった。


 途中、一軒の家に立ち寄ってそこで着替え。羽織を脱いで袴を履き、コノエに預けてあった太刀を吊るす。和装の場合、これが戦闘用の正装だ。

 アキミツは着替えない。


「サコン殿、予てから申し上げていた通り、私では太刀打ち出来る相手ではないので……」


「気になさる必要はありません。任せておいて下さい」


 彼は戦いに参加する気概がないことへ申し訳無さそうにしていたが、最初からそういった契約である。彼の魔剣士についても万が一、魔物がアキミツまで襲い掛かった場合に備えて近くにいてもらった方が良いだろう。

 戦うのはあくまで、俺とコノエの仕事。


 念の為所持品を確認し、形代の数と種類を確認してから出発。魔物が遠くに見えた時点でアキミツに対し「ここでお待ち下さい」と断って、二人だけで魔物へ接近した。

 相手は既にこちらへ気が付いていて、遠くからじっと視線を送っている。


「魔物よ」


 声がはっきり届きそうな距離に立って、まずは立ち退き交渉をするべく話しかけてみると、相手はいきなり、先程鳶にそうしたのと同様、骨片を投げつけてきた。コノエが剣でそれを弾いてくれたため、無事で済む。


「立ち退く気はないか? せめてお前への供物の量を減らせるならば、共存の道も有り得るぞ」


 再び、無言で骨片が投げつけられる。魔物が口を利いたのはその後だった。


「これはまた面倒なのが来よったな。ここは最早儂の縄張りぞ。何があろうと立ち去るつもりはない。文句があるのなら人間が立ち去れば良いのだ。儂とて追い掛けてまで供物を求めるつもりはない」


「交渉決裂か」


「まだ異存があるなら儂を殺してみせい」


 三度目の骨片が投げつけられようとして、それより早くコノエが剣を振るった。振り抜かれようとしていた腕へ斬撃が飛んでいき、回避のために投擲は中断される。


「まずは様子見で痛めつけてみよう。魔物が勇ましいことを言うのはいつもの話だ」


「このまま正面をお守りします」


「そうしてくれ。俺にあれを回避する自信はない」


 上空へ手を翳し、そこに火球を生み出して魔物へと放つ。祈りの言葉もないため本気の場合に比べ威力は大きく欠けるが、迅速に行使出来、相手の殺害が目的でもないため火力の弱さも今は問題にならない。

 魔物が前進し、火球を回避して距離を詰めようとしてくるのを、コノエが魔剣から斬撃を放って妨害する。すると左方に大きく飛び退いて、地面に着弾した火球の炎からも斬撃からも逃れてしまった。

 前進を再開する敵を前に、コノエから「もう一度火球を」と声が掛かる。


 言われた通りに火球を放つ。今度はその前進速度に合わせて丁度足下へ当たるように狙い撃った。

 魔物はまた左方へ大きく跳んで回避しようとしたが、その跳躍の瞬間に合わせて放たれた魔剣の斬撃が、地面から離れた直後の相手に襲い掛かる。攻撃は胴体に命中し、対象は体勢を崩した状態で地面へ転がった。火球の炎の射程外へは逃げられてしまったが、敵が体勢を立て直す前にとコノエと二人、追加の斬撃と火球を叩きつける。


「強いですが、案外戦えそうです」


 コノエからそんな台詞が放たれたが、火球の炎が収まった後、煙の中からのっそりと姿を現した魔物を見ると、俺としてはむしろ余裕の無さを感じてしまう。炎は背中で受けていたのでここからでは良く見えないが火傷はある様子。全く効いていないわけではないことは分かる。そもそも生き物である以上、威力を控えたものであろうと火球へ無傷なわけはない。

 問題はコノエの斬撃があまり効いていないようであることだ。

 傷口の見た目自体は大きいが、極めて浅いものに見える。出血もあまり無い。

 これは本当に拙かった。魔物自身も己の身体を確認し、傷の程度を窺っている。


「申し訳ありません。傷は浅いようです」


「あれ以上の威力は出せるか?」


「戦闘中では難しいです」


 被弾しても大丈夫であることを確認した魔物が、斬撃の回避を止めて正面から向かってくるようになった場合、対処はかなり厳しい。火球に関しても死ぬ程ではないと確かめられてしまっている。

 単純な話、捨て身で一直線に向かって来られたら、俺は為す術無く殺されるだろう。


「諦めて帰ってはどうか」


 魔物もそれが分かったようで、傷付けられて腹も立っているだろうにそのような警告を発する。


「職務なのでね。そうはいかない」


「……気が変わるまで痛めつけてやろう」


「そりゃ怖い」と軽口を叩きつつ、その台詞に勝機を見た。

 敵はまだ土地が穢れるのを嫌って、俺を殺す決断をしかねている。

 となれば、相手が温いことを言って加減しているうちにこちらがさっさと腹を決め、殺しに掛かってしまえばその分有利だ。

 祟りに関してはもう諦めて、全力で祓うしかあるまい。俺で無理なら誰か都の偉い魔術師を派遣してもらうまで。


「コノエ、相手が呑気に構えているうちに決着を着けるぞ。祟りは怖いが加減してられる相手じゃないようだ」


 小声で彼へ意向を伝える。


「遠距離攻撃こそ通じませんでしたが、接近戦で太陽への祝詞の時間を稼ぐくらいは可能かと」


「あれを確実に仕留めるだけの火球を使ったら君も巻き添えだよ。それはやらない」


 もしもの場合は自分を巻き添えにしてでも、という覚悟があるのかもしれないが、そこまでするくらいなら撤退で良いだろう。カラスマの一家には申し訳ないが、都にいる俺以上の魔術師にどうにかしてもらうしかあるまい。


「君と、それから小規模の火球に式神で撹乱して、後は太刀で対応する。割と切羽詰まってるし、魔王様と金毛様にも御助力願ってみるか」


 話し込んでいるうちに魔物が突撃を再開してきたので俺達も動き出す。


「君は側面に回って首から上を狙え」


 流石にそれは相手も無視出来まい。俺は左へと駆け出し、彼は言われた通りに敵の顔面へと一撃放ってから右へ。斬撃は腕で払いのけられて、魔物は俺の方へと走ってくる。

 頭上に掲げた手の平を振り下ろして魔物と俺の間、炎が俺をも包む近距離に火球を叩きつけながら、魔王へ助力を呼びかけた。

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