第33話 魔剣士

 主であるサコンの姿が炎に飲まれて見えなくなる。魔物は手で顔を庇いつつ、炎の届く寸前の位置で止まっていた。火球の射程は把握されたようだ。

 術者の彼自身はあの炎に焼かれはしないはずなので、気にせず魔物への攻撃に専念する。首、耳、目と僕の攻撃でも当たったら無視出来なような場所を立て続けに狙い撃って魔物の注意を引きつけるよう試みた。


 それは功を奏したようで、魔物が一時こちらへ視線を向けて標的を変更しようか迷う素振りを見せているうちに、サコンが術を行使し終える。

 炎が晴れ、先程までは雑草に覆われていた地面が煙を上げるその場所へ魔物が視線を戻した頃には、その姿が四人に増えていた。そのうち三つは式神である。禽獣のそれに比べて人間の式神を作るのは得手としていない彼が同時に三体分も行使した辺り、魔王に力を貸してもらったのだろう。精々至極簡易的な呼びかけをするくらいの間しかなかったはずだが、それだけでも十分な力を借りられたようだ。それが可能な程に結び付きが強いのだと分かる。


 その姿を見ていると僕自身も、一瞬だけ首から下げているアミュレットを握り、祖先へ祈らずにはいられなかった。魔術師になれなかった僕の呼びかけにどれだけ応えてもらえるか分からないが、気休めにはなる。

 警戒したのか、物珍しかったのか、魔物は悠長に構え、四人に増えた彼へ即座に攻撃を加えることを怠っていた。


 そんな相手へ再び魔剣による斬撃を放つ。魔物の注意が逸れたのと同時にサコン達は一斉に何事か唱えながら間合いを取りつつ、魔物を包囲するように移動を開始。

 僕も立て続けに攻撃を放っていたが、魔物の狙いはサコンから外れなかった。魔術師が明らかに何かの準備をしているのだから当然だ。

 更に攻撃を激しくして、僕自身も間合いを詰めていく。


 四人いるサコンのうちの一人へ魔物が腕を振るう。それが式神か本体か僕には分からなかったが、普段の彼の動きを超えて機敏に反応し、大きく後方へ飛び退いて回避していたので式神だろう。

 呪いかと思っていたそれは良く聞いていると祝詞で、彼の故郷で祀られている祟り神の名が聞こえてくる。終わると四人が一斉に太刀を引き抜き、それに魔力を込めるための動作をした。

 彼の魔力が籠もった太刀が凄まじい切れ味を発揮することは以前に試させてもらって知っているのだが、この場合式神のそれはどうなるのだろう。

 いずれにしても太刀の一つは魔物へ有効に違いない。


 彼が無事、相手へそれを振るうことが出来るよう補佐しなければ。

 ここまで避けてきた接近戦を仕掛ける。魔剣を振るう手を一旦止めて一気に駆け寄り、飛ぶ斬撃を放ちながら同時に直接斬り付けるとこれまでよりも手応えがあって、サコンを狙っていた魔物も攻撃を僕に向けてきた。


 薙ぎ払うように振るわれる右腕を屈んで回避したその時、サコン達に動き。四人のうち魔物の左側にいた二人が斬り掛かった。一人は左足を、もう一人は左腕へ太刀を振るう。動きは常人より機敏で、式神の攻撃だ。本体ならば人並みにしか動けないはず。それから少し遅れて右側に陣取っていた二人のうちの一人が動いて、その後に最後の一人も続く。

 左方からの太刀はどちらも命中したが、僅かに魔物の肉へ食い込んだのみ。


 魔物が鬱陶しそうに左腕を奮って二人の式神を攻撃すると、それらは消滅して形代へと戻っていく。僕自身はその攻撃によって発生した隙を見て、思い切って敵の顔面へ向けて跳躍しようとした。

 首へ直接刃を当てられれば、致命傷になるかもしれない。

 しかしながら跳躍の寸前、視界の端で生じた出来事のために試みは無意味となる。


 右方から斬り掛かっていたもう一人、僕はそれも動きからして式神だと思っていたのだが、彼が魔物の右腕を斬り付けると、それは肘から先を少し残して切断された。あれが本体だ。動きが良かったのは多分、神様に頼んで一時的に力を貸してもらっていたから。

 直後、その危機のためなのか、ここまで見せたことのない程素早い動きで魔物が動き、右足で蹴りを放つ。サコンは事前に反撃を想定していたらしく、残っていた式神が本体との間に入り庇っていたが瞬時に消滅し、彼は蹴り飛ばされていく。


 拙いと思って地面に倒れ伏し、微かな身動ぎを示すばかりになったその様子を窺いつつ、残った手足で僕へと猛攻を仕掛けてくる魔物の相手。

 一対一に陥り、注意が僕にのみ向けられるようになると、隻腕となった今でさえ、いつまでも対処し切れるものではなかった。防御はせずに全力で間合いを詰め、捨て身の勢いでこちらを潰しに掛かってくる。後退して出来るだけサコンから引き離すようにしつつ魔剣を振るっていたが、徐々に反撃の余裕がなくなって回避へ徹するばかりに。

 主の姿は敵の影になって見えなくなっているのだが、起き上がれているだろうか。一人ではどうにもならない。


 そのうちに躱し切るのにも限界が訪れ、直撃を貰ってしまった。攻撃を受けて吹き飛ばされるが、死ぬ程でもなければ動けなくなる程でもない。加護のお陰で身体が頑丈というのもあるし、向こうも命中させるのに必死で、全力の一撃ではなかったためだろう。

 体勢を立て直したばかりの僕へ魔物が追撃を放とうとしたところへ、サコンの復活を知らせる使者が訪れた。

 三頭の虎が魔物の背後から現れてその手足へと食らいつき、動きを阻害する。


 僕はその隙を突いて敵の顔面へと攻撃を放ち、それから跳躍してその頭上を飛び越え、背後に回ると全速でサコンとの合流を図った。

 彼はまだ起き上がっておらず、辛うじて式神を放ち、こちらを助けてくれたらしい。

 少し遅れて、魔物がこちらを追跡してくる足音。


 僕が駆け寄る姿を見たサコンは右手を付いてどうにか身を起こし、太刀の柄を口で咥えて、その根本から先端へと右手の指先で撫で魔力を込める。

 左手が動いていない。


 彼の下へ到着し、その太刀を受け取ると右手でそれを握り、左手で魔剣を握って、後方から迫っていた魔物と対峙する。

 それまで形振り構わぬような猛攻を仕掛けていた相手だったが、太刀を突きつけるように構えると足を止め、警戒したように様子見を始めた。

 背後から魔物へ何事か語りかけようとしたサコンの声が聞こえたが、直ぐに激しく咳き込んでしまい、それは内容を成さない。かなり傷が深いようだ。


「大丈夫ですか?」


「辛うじて」


「一度、撤退を試みては」


「いいや。こいつは絶対に、この場で殺す」


 小さな声ながら断固とした意思を感じさせるそれで背中越しに返答され、このままどうにかして決着を着けるしかなさそうだと悟る。


「太刀の魔力は一撃で消失する。やれると言うなら首を切り落とすか、頭を叩き割るかでも良いが、出来れば片足……右足が良いかな、そこを斬り落としてくれ。その後は全速で離れるんだ。太陽神の力で焼き払う」


「承知しました」


 左手の魔剣を鞘に戻して、両手で太刀を構えた。

 この太刀があるのだ。そのくらいならば、やれるだろう。


「形代はもう少し持ってくるべきだったな」


 そんな台詞と共に虎が二頭背後から出てきて、僕の隣へと並び立つ。

 虎達が魔物へ向けて移動し、その後に続いた。

 迎え撃った魔物は左腕で一頭目の虎を弾き飛ばし、二頭目は掴み取って、それを僕へと叩きつけようとする。太刀を警戒し、素手で攻撃するのを嫌がったのだ。


 虎は僕へと被弾する寸前で形代へと戻った。その展開を予期していたので攻撃に対して一切身構えないまま敵の懐へと踏み込んで、僕は太刀を振るう。

 魔物の右足が膝下から斬り落とされ、次の瞬間、僕は頭へ衝撃を受けた。

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