第8話 都へ

 身内でささやかな送別会が催され、その翌日、俺はいつもの社の前で家族、村長と共に迎えを待っていた。エデンという魔術師が来訪してから三日後の出来事である。出会った翌日に役人が家を訪れて、こちらが大した支度を要しないことを確認すると、その二日後にはもう出発と決めていった。


 因みに親父はこの場にいない。魔物の弔いのための作業に駆り出されている。

 役人の迎えを待つのにこの場所を選んだのは俺だ。家や村の中央にある巨石のところで待っていても良かったのだが、どうせなら世話になった神様に見送られるのが心強い。


 都の学院での生活はどのようなものになるだろう。また顔の傷のせいで難儀することがなければ良いが。見習いのうちは寮生活になるらしい。不安だが、同時にこれから先の人生で食い扶持に困ることがなくなったことは確実なので不満はない。


 魔術師になれば生涯生活を保証される。代わりに危険な仕事も舞い込むようだが。

 それに、都で暮らせるのも楽しみだ。


 やがて社を囲む林の前まで馬車がやって来て、別れの時間が訪れた。


 家族と離れることにあまり悲痛な想いはない。下の弟と妹達は寂しそうで、母は笑顔で送り出してくれる。サマは少し遠慮がちで、緊張したように「いってらっしゃい」と告げた。先日の一件以来、少し関係がぎこちない。祖父は折角だから、うんと出世しろよと言う。


 役人に促されて馬車へ乗り込んだ。屋根の付いた乗り物なんて初めてだ。壁と窓まで付いている。こんな田舎の小僧一人を迎えるのにこうまで立派な物は必要ないように感じるが、身分が変わるとはこういうものなのだろう。

 車内で一人きりになると、首から下げていたアミュレットを握りしめ、それから身体の緊張を解いて少し気を緩める。


 アミュレットはエデンが用意してくれたもので、社を離れてからも金毛に祈るためのものだそうだ。折角これまで拝んできたのだから、今後も拝んでおくと良いと勧められて受け取った。いつかまた、助けてもらえることがあるかもしれない。


 窓の外の景色が村の外へと移り変わっていくのを見つつ、都までの道程みちのりを揺られていった。






 晴天の下、広い邸宅の庭先、地面と水平に魔剣を構え、一呼吸挟んで振り抜く。斬撃が飛び、間合いのずっと先に設置しておいた太い藁束を両断した。

 二つになって地面に倒れるそれを見届けながら、剣を腰の鞘に納める。


 魔剣の扱いにも大分習熟することが出来た。剣をまともに振れるようになるまで随分長かったように感じるが、そこから先は早かったと思う。剣は直ぐに僕の意志に応えてくれ、斬撃を飛ばすこと自体は早々に可能だった。

 今では十分、実戦で通じる威力のそれを放つことが出来る。

 これならもう、都に上っても通用するだろう。


「コノエ、随分上手くなったな。あんなもんまでぶった斬れるのか」


義兄にいさん?」


 後ろから声をかけられて振り返ると義兄がいた。のんびりとした様子で縁側に腰掛け、こちらを見ている。この時間に暇そうにしているということは、義父の手伝いを抜け出してきたのかもしれない。


「俺なら直接斬り掛かっても両断なんて無理だね」


「僕にはご先祖様の加護があるから」


「俺もお星様の加護とか授かってみてえなぁ」


 義兄は冗談めかしながら天を仰いだ。


「義兄さんが授かっても未来は見えないでしょ」


「そうなんだけどな」


 星々の加護を受けた魔術師は占いの力に秀でるらしい。商家として先々の吉凶を常に知ることが出来たら心強いだろうなと共感はする。魔術師に頼れば金銭と引き換えに占ってもらえるのだが、南方に住む僕らが星の加護を受けている魔術師に会おうとすると、逐一都まで上がるか高い金を払って呼び寄せる必要があるそうで、中々出会うことは難しい。

 魔物への対応や魔術を用いた人々の治療のため、国から南部まで無償で派遣されてくる魔術師達は殆ど太陽の加護を受けている者ばかりだ。ついでに占いを頼んでも、精度は期待出来ないと聞く。


「やっぱりお前、そのうち都に出ていくつもりなの?」


「うん」


 義兄も義父も、僕が都に出て、この力を人々のために役立てたいと考えていることは知っている。そしてそのことに対し、あまり良い顔はしていなかった。


「こっちで楽しくやってりゃ良いじゃん。態々魔剣士なんて危なっかしいことしなくてもさ」


「……それでも、僕は自分の使命を全うしたいから」


 生家から秘密裏に養子へと出される際、父は僕に二つの物をくれた。ご先祖様が守ってくれるようにと、この国の高祖に繋がるアミュレット。魔力を持たない身で、それでも人々を魔物と祟りから守るという王家の役目を果たしたいと願うのならばと、今手にしている魔剣。


 本当ならばコノエという名前と、男であるという偽りの情報も養子に出されると共に捨て去らなければならなかったのだが、僅かに残る家族との繋がりだと思い、頑として譲らなかった結果、現在でもコノエという名の、十二歳の男子として扱われている。


「魔剣の扱いにも慣れたし、そろそろかと思うんだ」


 話のついでに、こちらの考えについて兄に相談してみる。案の定、相手の表情は固くなった。


「いや、お前まだ十二じゃん」


「でも戦える。魔剣の威力は十分に引き出せるようになったし、剣術の腕だって、もう先生に勝てるようになったんだ」


「そうだけどさぁ……。もう三年くらい待たないか? 幾ら腕っぷしが立っても、十二の女を一人で都になんて」


「僕は男だよ」


 言うと、兄は苦笑い。

 記憶にある実母の体型は細身だったし、自分も細身に育っている。後は今のまま髪を短く切り揃え、男の服装をして男と言い張っていれば、大人になっても通用するだろう。改める必要は全くない。


「今回もお前は譲らないんだろうなぁ……」


「うん。それに、姉様もいつまで元気か、心配だから」


「魔術師と一緒に手柄を立てて、いつか謁見……って考えてるわけか」


 今までは生家の家族への未練を見せることは敢えてしないようにしてきたのだけれど、出立に当たって義兄、義父の説得が必要となりそうなことから、隠していた胸中を明かす。


 都における魔剣士としての働き口は主に二つ。闘技場と魔術師の従者だ。魔術師が魔物に対処する際は大抵、護衛のため魔剣士を従者として伴う。闘技場で活躍している者から一時的に雇うこともあるが、魔物と相対することが多い立場の人物は自身直属の魔剣士を抱えることが多いらしい。

 働きの良い魔術師に召し抱えられて功績と信頼を勝ち取れば、いつか共に女王となった姉へ目通りが叶うのではないだろうか。そのように期待している。


 養子に出されて数年後、父と母は他界した。巷では不穏な噂もあるようだったが、今にして思えば単純に、父母は病弱だった。僕自身は王族でありながら魔力を持たずに生まれてきたし、父が血筋の衰えというものを語っていたことを微かに記憶している。


「女王陛下も、あんまり体調が優れないらしいな」


 義兄が言う。姉は唯一人残された王族としてその重圧を一身に受けているはずだ。その心労は凄まじいだろう。

 もし姉が自分と対面したら、その帰還を受け入れてくれるだろうか。

 王族に戻りたいとは言わないが、身辺を守る警護としてでも傍に居たい。


「親父の説得が必要そうなら俺も手伝うよ。ただ、せめて十三になるまで待ってくれ」


「そうする」


 門出は大体、三ヶ月程先になるようだ。

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