第7話 発覚

 右手を振り上げて勢い良く振り下ろし、目の前にいる少年の背中をバシンと叩く。事前に服は脱がせてあり、人の肌を叩きつける音が室内に響いた。それを、二度、三度と繰り返す。


「こんなところだろう」


 そう言って少年、サマに服を着て良いと告げる。

 村長から魔物殺しについて知らされ、生き残りの少年が一人、現場に遭遇した人物が二人いることを聞き、まずは対面してその状態を確認することにした。村長は四阿まで呼び付けると言ったが、体調を崩している者もいるだろうとこちらから出向くことを申し出、現在はその少年の家の中。現に少年は調子を崩して寝込んでいる最中だった。

 彼は案の定、魔物に呪われており、応急処置としてその邪気を一時的に祓ったところである。祠なり社なりを建て、魔物の魂を鎮めるまでは、こうして定期的に穢れを祓ってやらなければならない。


「さて、次は現場に遭遇した二人だ。案内を頼みます」


「そこにいる、サマの親父がその一人です。もう一人はサマの兄で、今の時間ですと恐らく、金毛様のお社かと」


「ふむ」と応じて、それまで傍らで息子の様子を見守っていたその父親へと視線を向ける。相手は恐縮して俯いてしまった。

 見たところ、彼に祟られている様子はない。サマに憑いていた怨念から察するに相当な恨みを持って死んでいった魂のようだったし、それならば現場に訪れた人物に誰彼構わず厄をもたらすのではないかと思ったのだが、そうでもないようだ。


「彼は大丈夫なようです。それでは社に向かってみましょうか。あの場所の様子も確かめたかったところなので、丁度良かった」


「私も同行して宜しいでしょうか。息子が心配なのです」


「勿論ですよ。さあ、行きましょう」


 家主の男性も伴って家を出る。外で待っていた従者に様子を問われ、恨みは強いが小物の相手だと答えた。

 老人である村長の足取りを気遣いつつ村の西にある社を目指す。

 遠目に社を囲む林を眺めても、それは問題なく静まり返っているように見えた。

 鳥居を潜り、その先にいる人物の下に向かう。穏やかな声音の祝詞が聞こえ、社の前で立ち止まり、それが終わるまで待つ。


「ここ数年は、あいつが一人でこの場所を管理しとるんです」


「良く手入れが行き届いている。素晴らしいじゃないですか」


 村長と邪魔にならないくらいの声量で会話。この大きさの社を一人で管理させているのかと思わなくもなかったが、村の事情もそれぞれだ。口は挟むまい。それに実際、言葉通り、その管理は行き届いていた。境内全体が清潔で、獅子の魂は何事もなく鎮まっている。


「覚えておられますでしょうか、あの事件の折、顔の左半分を酷く負傷しながらも生き残った子供がいたことを。あの子です」


「確かに、そんな子がいましたね。彼はこの役割を、自分から……?」


「傷を得て以来、他の子供と折り合いが悪くなりましてね。社が完成して少しすると入り浸るようになったのでここの仕事を教え込んで、十二になった頃、完全にあいつへ一任しました」


「成程」


 あれは大きな負傷だった。当時は今よりもずっと治癒の魔術について見識が浅かったため、あまり良く治せてやれなかったことを覚えている。子供社会で顔の歪んだ異形となってしまうと、それは生き辛かっただろう。

 声が止み、社から人が下りてくる。

 顔の左側を隠すようにだらりと伸ばされた黒髪、右の瞳は鳶色で、完全に座ってしまっており、睨みつけるかのよう。東洋系の肌色で、背丈肉付きは人並み。


 見たところ、祟られている気配はなかった。


「サコン、都から来た魔術師様だ」


「はあ。良く来て下さいました」


 村長がこちらを紹介してくれ、サコンと呼ばれた少年から軽く頭を下げられる。


「お前、流石にこういうときくらいもうちょっと愛想良く出来んか?」


「そう言われても」


「……申し訳ありません。偉く不器用な奴でして」


「問題ありませんよ」


 国中のあちこちに派遣されていればそうした人物に出くわすこともそれなりにあるし、愛想の悪さに動揺する程若くもない。


「それと、彼も祟られてはいないようです。恨みの強い魂だったので心配しましたが、杞憂みたいですね。死体にはあまり近寄らなかったのでしょうか」


 サコンとその父親に確認してみる。


「結構、目の前まで近付いたと思います。サコンは一度、殴られた拍子に死体の上へ倒れ込みました」


「……流石に、死体へ触れたなら何か影響があるはずなのですが」


 改めて注意を凝らしてみても、少年から何かを感じることはなかった。

 魔物の死体が野ざらしのまま、自然に消え去るものでもないし、可能性として考えられる要素はそう多くない。


「お二人は現場に立ち入った際、何かを感じたりしましたか?」


 そう問うてみると、父親が口を開く。


「私は何も分かりませんでしたが、息子は遠目に現場を見た時点で、何かを察したようです」


「……初め、現場に近付いた瞬間と、それから死体に触れた際に嫌な感覚が纏わりつくのを感じましたが、手で身体を叩いたりしてるうちに消えました」


 親の答えを聞いて息子を見るとそのような説明がなされる。事実なのだろう。

 怨霊に付けられた穢れを泥のようにはたき落とすのは、魔術師の素養を持つ者なら知識がなくとも可能である。その素養の程度や穢れの強さによって成否は分かれるが、魔力が十分であればそれだけで良い。後は行動で怨念への嫌悪や敵対心を示せば足りる。


「手を出してご覧」


 肌で直接触れれば、そこに秘められている魔力の程度を直接感じられる。魔術師同士の間であればあまり好ましくない行為とされているが、一般人に対して素養の有無を確認するにはこれが最も手っ取り早い。

 どこに出しても恥じることのない魔力量の自分であるからこそ、実行出来る手法でもある。


 差し出された手を取った瞬間、互いの身体が強張った。

 緊張状態のまま、ゆっくりとその手を離す。


「エデン様?」


 こちらの様子を訝しんだ従者が声をかけてくるが、返事をしている余裕がなかった。

 彼の一家は他の若者達が銀の毛並みをした犬型の魔物に殺し尽くされた中、揃って無事で済んだ。小型の魔物の殺害に関与していなかった父子が襲われず、彼らが守ろうとしたその弟まで生かされたことから、相手は相当に寛容なのだろうと思っていたが、こうしてみると違った見方が出てくる。


 これを殺すのはさぞかし恐ろしいことだろう。どんな祟りに見舞われるか。身内を殺して恨まれるのも好ましくないはずだ。後々どのような事態を呼び込むか分からない。

 獅子の霊魂が早期に鎮まったのも彼の力によるものに違いない。得心しながらその奥に位置する社に視線を向ける。

 獅子にその顔を傷付けられながら命まで奪われなかったことも、単なる幸運ではなかったのだ。


「魔術師の素養を持つ者同士で触れ合うと、今のように相手の魔力を直に感じられる。君にも伝わっただろう?」


「はい。とても……妙な感覚でした」


「恐怖かい?」


「恐怖というか、不安というか」


 互いの魔力は凡そ五分。相手は若いためもう少し伸びる可能性も少なくないので、或いは追い抜かれるかもしれない。


「力の差によって感じ方も変わってくる。今回は魔力の有無を確認するために行ったが、魔術師同士で直に肌へ触れる際には必ず承諾を得てから行うように」


「……はい」


「都へ向けて出発するまでに数日は余裕があるはずだ。それまでに必要なことがあれば済ませておいた方が良い。次に村へ帰ってこられるのがいつになるか分からないから」


 魔術師の素養がある者が見つかった場合、彼らは都にある魔術学院へ連れて行かれ、そこで見習いとして魔術師に必要な知識、技能を最低限叩き込まれることになる。具体的には読み書きと、祟り神を鎮めるための祭祀について。


「御子息は魔術師としての才能がありますので、今後は都の学院で見習いとして学ぶことになります。宜しいですね?」


 その父親にも断っておく。法による定めなので相手に否はないのだが。

 その後は社を立ち去り、魔物の殺害現場へ。

 犬の魔物が縄張りだと主張する土地に立ち入ることになるわけだが、拒否はされまい。相手にとっても土地の穢れは邪魔なはずであるし、あの少年が生かされてこちらが襲いかかられることもないはず。


 山中の案内はその場に居合わせたサコンの父親に頼んだ。長にはサコンの件について、役人への報告を任せてある。老いた村長の足で山道は大変だろう。

 そのように判断していたのだが、山の麓まで辿り着くと、その案内も不要になった。


「この先で殺された魔物の亡骸を弔いたいのです。一先ず様子を見に行きたいのですが、通っても宜しいでしょうか」


「良いぞ。儂が案内してやろう」


 巨大な犬の魔物が現れ、背後の者達が身構える中、言葉を交わす。サコンの父親とは分かれ、従者の剣士と二人だけで山へ入ることに。


「それにしても、人間も存外やるものだ。魔術師は皆、あの坊主やお主のように強いのか」


「我々のような者は極一部です」


 魔物は魔術師よりも更に感覚が優れているため、触れなくともこちらの魔力を感じられる。サコンと私の魔力の強さを見て、そのように考えたのだ。


「ふむ。ならば儂は運がないらしい。あの坊主のお陰で土地を穢した者らを二人も裁き損ねた」


「二人?」


 土地を穢して生き残ったのはサマ一人のはず。反射的に尋ね返していた。


「二人だ。それとも他に逃げおおせた者でもいたか?」


「いえ。私は、生き残りは一人と報告を受けていたので」


「そうすると、あの年少の坊主は黙っておるわけだな」


「他にも生存者がいるのですか?」


「いや、おらん」


 それから一度、犬は言葉を切って少しの間を挟む。


「最後の一人、一番逃げ足速く儂から逃れていった坊主は、儂が村まで運んでやった坊主に殺された。だから儂が殺しそびれたのは二人だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る