第二章 見習い

第9話 占い

 何日もの旅を経て都に入った。二階建て、三階建ての家屋がひしめいている様はこれまで想像もしたことがない光景で、人口が多いというのは凄いものなのだなと感じ入る。窓の外をすれ違っていく人々の姿も一向に絶えることがない。一体どれだけの人間がこの土地で暮らしているのだろうか。

 小さな窓越しではなく、早く表に出て直に景色を眺めてみたかった。都での暮らしに対する期待が意味もなく上がっていた。


 そのうちに車窓の外の人行きが落ち着いて、喧騒も静かになり、町並みの雰囲気が別なものに。塀に囲まれた建物ばかりが立ち並んでいる。

 身分の高い人々か、或いは金持ちの住まいなのだろうなと思いながら見ているうちに馬車が止まった。

 車両の扉が開き、いよいよ外へ。


「ここが魔術学院になります」


 地面に足を着け、前を見ると大きな門と長大な塀に囲まれた敷地。その向こうには幾つもの建物と疎らな人通りがあった。これだけの土地を塀で囲むという規模も、一軒一軒の建物の立派さも、何もかも故郷とはスケールが違う。当たり前の話だが。それにしてもその格の違いに圧倒されずにはいられなかった。


「行きましょう。事務局までは我々が案内します。そこから先は局の者に従って下さい」


 そう言って歩き出した役人の後に付いていく。

 門を通る際、ふと上を見ると看板が掛かっていて、学院の名前が書かれてあった。


 敷地の中に足を踏み入れる。道が門から真っ直ぐに続いていて、その両脇に佇む巨大な建物達は講堂というものらしい。いずれの看板にも某講堂と書かれている。少し進んで十字路に差し掛かったところ、役人がその手前で進路を変え、建物の一つへと向かった。

 事務局の看板が掛かっている。ここが目的地なのだろう。


 玄関前で役人がこちらを振り返り、ここが事務局であることを伝えられてから揃って中に入った。俺が少しばかり字を読めることは伝えていなかった。


「ノイルのサコン殿を連れて参りました」


 引き継ぎが済むと役人は去っていき、こちらは局員に案内されて事務局の一角へ連れて行かれる。


「見習いとなるに当たってまず、占いを受けて頂きます。魔術師の準備が整うまで、今後の生活について説明しますね」


 当面は事務局の隣にある講堂で読み書きの学習、それが済んだら次の段階に入って祭祀の勉強。両者を終えると見習い期間が終わり、事務局から魔術師としての仕事を割り当てられるようになる。初めは地方に派遣されて祟り神を鎮める仕事。全ての魔術師に共通する仕事はこれくらいで、後は本人の適性や希望、実績によって舞い込む仕事が変わってくるそうだ。

 田舎にいると祟り神の鎮撫、魔物への対処、魔術を用いた医療くらいしかその仕事を目にする機会はないのだが、新しい魔術の研究や魔術を用いた道具の作成などもあるらしい。


 見習いの間、平民は皆寮生活になるそうで、僅かながら毎月、金銭も貰えるという。魔術師になると給金の額がぐっと上がって、寮を出て暮らすことも出来るようになってくる。給金は仕事の成績次第で更に上昇するそうだ。

 また、事務局に届け出を出す必要はあるが、見習いが終わった後は一時帰郷も可能だという。魔術師は都への居住が義務付けられているので、すっかり故郷に帰ってしまってそのままとは行かないが、年に数回顔を見せに行くくらいは十分可能らしい。


 やがて人がやって来て、占いの準備が整ったことを告げられる。場所を移動して魔術師の下へ向かった。事務局の奥にある一室へ連れて行かれると、床に腰を下ろした老年の魔術師と幾つもの用途不明の道具、それから火の灯った暖炉。

 局員が退室し、扉が閉まって老人と二人きりにされる。「そこに座りなさい」と促されて腰を下ろす。


「今から君の未来について占う。占いについてはいずれ学ぶ機会もあるだろうけれど、これから占うのは君の生涯全体を通した運命についてで、卑近な細々とした出来事に関しては対象外だからそのつもりで」


「はい。宜しくお願いします」


 それから老人に指示されるまま、札を引いたり火に何かを焚べたり、質問に答えたり、沈黙していたりした。一連の結果や回答が良いものだったのか悪いものだったのか、老人の表情からは読み取れなかった。

 やがて占いの終わりが告げられる。

 老人がペンを取り、紙へ書き綴りながら結果を語りだした。


「強い運気を持っている。人生は概ね上り調子だろう。しかし大きな災いの兆しもあるから、身を全う出来るかはそれを乗り越えられるか次第だろうな。そしてその分岐路は人生の早い時期に訪れて、成否は君自身の手にない。せめて厚く神々を敬っておくことだね」


 今話していることと同じ内容が書面に綴られていた。老人が一度手を止め、顔を上げて「君は今、幾つだね」と問うた。


「十五です」


「今年で十六か?」


「いえ、今年、十五になりました」


「ふむ。これからする話は君の不利に働くこともあるだろうから、あまり口外しないようにね」


 そう前置きしてから、ペンを置いて話が続けられる。


「私はこうして新入りの運勢を沢山占ってきたし、それ以外の占いの結果も大抵は閲覧出来る立場なのだけど、多くの者の占いで、君と同じような災いの兆しが出ているんだ。揃って同じ時期を指し示して、ね。恐らくは…………五年以内かな? それまでに何事かあるんだろう。この都で」


 ここまでは特に秘密ではないと断ってから、話が再開。


「大抵、それに対して身を謹んでいれば乗り越えられるとか、功を成して乗り越えれば大きく飛躍するとか、そういう話も付いてくるんだけど、君の場合は自ら対処する術がないようだ。成否が完全に他者の手に握られている。ひょっとしたら、災いの渦中に巻き込まれるのかもしれないね」


「……その災いというのは、命に関わるものですか?」


「恐らくは」


 ここまで黙って聞いてきたが、どうしても気になって口を開いてみた。老人は首肯するが、一方で確証はない様子。


「君の運気の強さから考えると、恐らくものの数年、災いが起きるまでには出世しているんだろう。具体的なところまでは言わないけれど、今、王家と貴族の方々は難しい状態だ。数年以内にこれまでの慣習をどうにか改めなければならない状況に置かれていて、しかも意見は割れている。それに民衆を見れば暮らしも良くない。この都もそうだが、西域に向かう程景気は芳しくないと聞いているし、その対策についてもまた、高貴な方々の間で意見が割れている」


 田舎の農村で社の管理だけしていた俺にはあまり実感のない話だが、世間では不況が続いていると聞いていた。王室と貴族の話についてはあまり良く知らない。


「きっと、そうした悩みが何かしらの形で波及してくるのだな。魔術師として出世すれば偉い方々との縁も増えてくるから、君はそのために巻き込まれるのだと思う。だから兎に角、彼らに取り入って……いや、下手に社交を頑張っても逆効果になるかもしれない。慎ましくして、貴族からの頼まれごとは積極的に受け入れて、せめて反感は買わないようにしておくべきだろう」


 身の破滅を躱すために出来る助言はこのくらいだなと言って、老人は再びペンを取る。社交を頑張っても逆効果かもしれないというのは分かる。人相もさることながら、高貴な人物に失礼がないよう振る舞って、あまつさえ好かれるなどというのは到底、自分に可能な芸当でない。


「これを見なさい」


 先程引かされた五枚の札を見せられる。札を引く際には見えていなかったが先端に文字が書かれていた。

「穢れ、冒涜、守護、信仰、勝利」と、つい勝手に読み上げてしまう。


「字が読めるのか」


「少しですが」


「そうか。故郷では社の管理も行っていたというし、見習い卒業は早いだろうな」


 それから札についての説明。俺の人生を示すものらしい。


「きっと魔術師として良く人々を祟りから守るのだろう。やはり問題は災いを越えられるか否かの一点だな。君自身は先程言ったことだけ気に掛けつつ、そのまま励めば良い人生になると思うよ」


 こうして人生初の占いは終わり、それから退出して局員の下へ戻って、案内の続きを受けた。

 老人からは最後、去り際に「当たるも八卦当たらぬも八卦だ。それも忘れずにな」と冗談めかして告げられた。

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