第3話 追跡

 走り出してみると明らかに身体が軽い。やはり神様が力を貸してくれているのだろうと納得する。追跡隊に合流すると一度は止められたが、もう不調は治まって問題なく動けることを訴えると参加を許された。

 魔物は村の西にある山に潜んでいると思われていて、ダリ達もそちらへ向かったはずだから、皆で手分けして山の中を探すことに。


 山と言っても範囲は広く、どこに魔物がいるかも分からない中、限られた人員をある程度分散させて捜索せざるを得ない。俺は親父と組むことになり、二人で山の中へと入っていった。弟の名を呼びながら。


「サコン、お前、ダリに蹴り飛ばされたそうだが、もう具合は良いのか?」


「うん、平気。なんともない」


 山道を進んで暫くすると、親父が少々息を切らしながら話しかけてくる。

 親父も最早歳ということなのか、それとも今の俺が絶好調だからなのか、向こうがその様なのに俺の方はまるで疲れも感じず、ずっと先導し続けていた。一人ならばもっと速く進めるのにと思わないでもなかったが、離れるわけにもいかない。


「ダリは力が強いだろう。良くそんなに動ける」


「確かに、骨に異常でも出たかってくらい最初はきつかったけど、お社で休んでたらふっと楽になったんだ。……祟り神様も、人間を助けてくれたりするのかねぇ」


「お前は一人で一生懸命社の管理をしてたからな。そういうこともあるかもしれねえ」


 そこまで話して、親父は一旦足を止めてしまう。勿論弟のことは心配だろうが、体力的にそろそろ限界なのだ。


「ま、他所様には吹聴しないようにな。念の為言っとくぞ」


「分かってる。それよりそれ、俺が持とうか?」


「うーん…………仕方ない、頼むか」


 そう言って、親父がここまで携えていたくわを受け取る。万が一魔物に出くわしたときのための護身用である。他の村人達もそれぞれに武器を持ってきていて、俺だけがそういった備えを忘れたまま合流して丸腰だった。


「十五の息子に守られる、かぁ」


 背後のぼやき声を聞きながら引き続き山道を進んでいく。遠くからは別な村人の声が時折響き、俺自身も思い出したように弟の名を呼んだ。


 山の峰まで登りきって一度足を止め、これ以上深入りしたものかと二人で思案する。ダリ達だって、必ずしも魔物を見つけられたとは限らない。彼らは十人もいるのだから魔物の方が避けた可能性だってあった。既に入れ違いで引き返していることも有り得る。


 失敗した挙げ句に見つかったら大目玉を食らうような計画なのだから、彼らだって態々捜索隊の前に現れ、合流して一緒に帰るようなことはしなだろう。引き返す場合にはむしろ捜索隊に見つからないように進んで、こっそり村に帰還し一連の行いについて白を切ろうと考えるかも。


「魔物、どこにいるだろうなあ」


「出てこないと良いけど」


 今の所、名前を呼ぶ声は聞こえても、悲鳴が聞こえてくることはない。各々二、三名に分かれて捜索しているのだが、その規模の集団相手でも警戒して息を潜めてくれる相手なのか、それとももっと山の奥に潜んでいて、まだ襲いかかって来ていないだけなのか。

 山の峰から木々の隙間を縫って見える眺めを窺っていると、一箇所、妙な違和感のある場所があった。


「親父、あそこ、何か変じゃない?」


「どこだ?」


 その場所を指差して親父に示そうとするが、どうにも相手には一向に伝わらない。視覚的な違和感は確かに微々たるもので、ちょっと他より薄暗い感じがするだけだから仕方ないかと思うものの、俺にとっては妙に注意を引きつける何かがあった。

「分からん」と、親父が首を振った。


「気のせいじゃないか?」


「いや、絶対変だ……と、思うけど。気のせいなのかな? 少なくとも俺にははっきり不審に見える」


 すると親父は「そうか」と告げ、少し沈黙した。


「お前、昔、金毛様のとこの社行くと変な感じするって言ってたよな」


「ああ! そういえば丁度、あれと似てるかも」


 親父の言葉を受けてハッとし、声を上げる。金毛様というのはあの社の祟り神の呼び名だ。村人からはそのように呼ばれている。金色の体毛をした獅子の魔物だったのがその由来だ。


 俺の答えを聞いた親父は眉間に皺を寄せ、唸り声。かなり悩ましげな雰囲気だ。

「行ってみるべきかな?」と、そんな親父へ判断を促した。


「いや、だが…………行ってみるか。サコン、何かヤバそうな感じがしたら直ぐに教えてくれ」


「ん? 分かった」


 何を思ってそのように頼まれたのか分からなかったが、一先ず親父と二人、斜面を下ってその方向に進んでみる。すると違和感は徐々に強まっていき、割と不愉快な感覚が纏わりついてきた。

 鬱陶しさに舌打ちをし、親父へ状況を伝えようとしたところで何故かその不快な感覚が消え去ったのでそのまま黙って進む。違和感自体は消えていない。

 斜面を下りきると、木立の先に人影が見えた。ダリ達だ。


「妙な雰囲気だ」


「大丈夫なんだろうな?」


 思わず立ち止まって独りごちると親父が横に並んで不安を隠せない様子を見せる。

 遠目に人数を数えてみると出発前と変わらないことが確認出来た。男達はぞろぞろとこちらを勧誘に来た際には持っていなかった、武器代わりの農具を手にしている。


 彼らの足元には何かが転がっているように見えた。丁度、獣が横たわっているかのような、何かだ。遠くてはっきりと確認出来ない。


「取り敢えず、全員無事みたいだけど、あそこに転がってるのは……」


「魔物だろう。やりやがったか」


 恐らくはそうなのだろうと予想しながら疑念を口にすると、親父も同様の見解らしく、頭を抱えて項垂れてしまう。

 ダリ達もこちらの存在に気が付いたようで、その視線が向けられた。


「親父、取り敢えず、行ってみよう」


 黙って遠巻きにしていても仕方ないと声をかける。


「本当に大丈夫だろうな? 何か、お前自身や俺に……その、違和感はないか?」


「さっき、途中で一瞬嫌な感じはしたけど、直ぐに消えてそれきりだよ。多分、大丈夫。少なくとも、俺達は」


「……俺達は、か」


「…………向こうの奴らは、なぁんか、良くない感じだけど。サマも含めて」


 弟の名を出すと親父は深々溜息を吐き、目元を手で覆う。

 ここまで状況と照らし合わせると、俺も先程から感じていた違和感が何なのか、すっかり見当が着いていた。魔物の死骸らしきものが転がっていて、その場所と、下手人達から感じられる嫌な気配。魔物の怨念だ。


 本来、それを肌で感じられることが判明するのは喜ばしい話なのだが、今はそれどころではない。弟を含めた一団が、村へ祟りと重税を持ち込んでしまった。しかも弟自身もばっちり呪われているらしい。帰ってからのことが思いやられる。


「どうなるのかなあ」


 呟きながら、こちらに視線を送りつつ一向に動こうとしない一団に向けて、仕方無しに歩みを再開する。


「サコン、繰り返しになるが、何かあったら直ぐに教えてくれ。お前が感じてる違和感は多分、あれの怨念そのものだ」


「うん」とだけ返事し、揃って集団へ向かっていって、一様に無傷なことを見て取ると、話しかけるよりも先に死骸の様子が気になった。


 近寄って観察すると明らかにこの辺りで見かける通常の獣と異なる外見で、それがあちこち激しく負傷した状態で息絶えている。つまり、恐らく、よりにもよって嬲り殺し。先ずは身内である弟の心配をすべきなのだろうところ、親父と揃って思わず立ち尽くしてしまうくらいの、最悪の展開だった。


「魔物は始末してやったぞ」


 二人して愕然とその亡骸を見下ろしているところへ、ダリが口を開く。尊大な口を利いてはいるが、拙いことをしたと分かっているのだろう、表情は固い。周りの皆も同様だった。

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