鬼神

マリアはO駅近くの雑居ビルに来ていた。ホストクラブがある事を確認したマリアは、向かいのコンビニに入る。そこでケビンが姿を現すのを待った。

時刻は17時。O駅方向からケビンらしき人物が雑居ビル方面に歩いてくるのが見える。マリアはコンビニの外に出た。

雑居ビルの地下に向かう階段を降りようとしたケビンの腕をマリアは掴む。

「お久しぶりですね、ケビン先生。」マリアは爆発しそうな感情を必死に抑えながら言った。ケビンの表情は予想だにしていなかったマリアの登場に驚いていた。

「驚いた。マリアか?どうしてここに?」ケビンは聞く。

「話があります。」マリアは冷たく言い放つ。

「これから仕事なんだ。アルバイトでね。そんなに時間は取れないが、わかった屋上に行こう。」ケビンとマリアは屋上に向かう。ケビンは思わぬ展開に喜びに打ちひしがれていた。

(まさか、100人目のマリアが自分から尋ねてくるなんてな。コレでバンパイアに昇華出来るぞ!)ケビンは屋上のドアを開けて、マリアを招き入れる。そのまま端まで歩きケビンは屋上のフェンスに寄りかかる。マリアは屋上の真ん中で止まる。

「さて、何から話すか...。」ケビンは考える様に言う。

「世間話をするつもりはないわ。」マリアは冷たく言い放つ。

「おいおい、久しぶりに会ったというのに随分冷たいじゃないか?」ケビンはわざと困った様な顔をしながら言う。

「先生、エミリアは本当に先生の事が好きだった。」マリアはケビンを睨みつける。

「エミリアがどうかしたのか?」ケビンは惚けてみせる。

「エミリアは死にました。...あなたに殺されてミイラとなって。」マリアはワナワナと震え出す。

「おいおい、人聞きの悪い事を言わないでくれ。」ケビンはエミリアの死については驚かず体裁に触れた。ケビンのその態度で犯人と確信したマリアはグロックを構える。

「証拠もないのに、おかしいだろう?」ケビンは銃を向けられても、慌てる様子もなく、余裕の態度で話す。

「証人がいたんです。あの日あなたの送別会が終わった後、あなたとエミリアが公園で会っていたのを見た人がいる。」マリアはケビンに狙いを定めたまま話す。

「会っていたら犯人なのか?ミイラなんて人の成せる技じゃない。」ケビンは笑っている。

「そう。人に出来る事じゃない。でも、人じゃないのでしょう?アンタは。バンパイアなら話は別だわ。」マリアは声のトーンを変えずに言う。

「...クククっ!」ケビンは声に出して笑う。(何て柔軟性に富んだ考え方の出来る娘だ。容姿だけでなく、頭も良い。度胸もある。流石は100人目。私の目に狂いはなかったな。このまま襲ってしまっても良いが、どうしたものか...。)ケビンはこのやり取りをもう少し楽しみたいと思っていた。

「バンパイアか、中々に興味深い。仮に証人がいたとして、物証は?」ケビンはマリアに聞く。

「物証ならあるわ。アンタの銃とこの銃弾。」マリアはポケットから一つの弾丸を取り出した。

「コレはアンタがソン・ミンファとホテルに行った時にミンファの腹を撃ち抜いた弾丸。この線条痕をアンタの持っている銃と合わせれば、物証になる。」マリアは静かに言い放つ。

(何て娘だ!良くぞそこまで冷静に事を進められたものだ。)ケビンは感心する。

「ハハハハ。恐れ入ったよ。そんな物まで用意していたのか。あの時ドアから入ってきたのは、マリア、お前だったのか。」そう言い終えたケビンの気質が突然変わる。

「動かないで‼︎この銃の中には、エミリアのロザリオで精製した銀の弾丸が入っている。アンタが例えバンパイアでも、無傷ではいられない!」マリアは言い放つ。ケビンの顔色が変わる。

「何が望みだ?」ケビンはマリアに問う。

「自首して下さい。」マリアは言う。

(自首か...。聖母マリアか...。その名の通り、真っ直ぐな娘だな。出来ればカリーナじゃなく、最初に会いたかった。そうすれば、ここまで狂わずに済んだかも知れない。だが、もう遅い!)ケビンは口を開く。

「残念だが、それは出来ない。私には恩人がいる。その御方に受けた恩を返すまでは止まるわけにはいかない。」その時、ケビンの身体から黒い霧が発生し、ケビンを庇う様に両手を広げて、ケビンの前に立ちはだかる。

「待って!マリア!」エミリアの声が頭に直接響く。

「エ、エミリア⁈」マリアは聞き紛う事なき、親友の声に困惑する。

「わたしはケビン先生と1つになれて、今はとても幸せよ。先生の邪魔をしないで!」エミリアの姿をした黒い霧は言う。

「エミリア...。あなたは騙されてるわ!」マリアは言う。

「そんな事ない。わたしの遺体をあなたも見たでしょう?私は苦悶の表情だった?心も身体も先生と1つになれたのよ。幸せよ。」黒い霧は言う。確かにミイラ化したエミリアの表情は恍惚共言うべく穏やかな表情をしていた。

「そ、それは...。でも、間違ってるわ。こんなの。」マリアは必死にエミリアの姿をしたものに言う。

「それは、あなたも1つになればわかる事よ。」エミリアとはまた別の声がする。

「ミンファ⁉︎」マリアは声の主に驚く。

「この人はこれからの世界に必要な人。あなたの個人的な感情で邪魔をしてはいけないわ。」黒い霧は言う。

「ミンファ...。でも。」マリアは混乱する。

「1つになった私たちだから、いえ、私たちにしかわからない事だってある。あなたが成そうとしているのは仇打ち。でも私たちはそれを望んだ?あなたにそうしてと頼んだ?」ミンファの声は言う。

「...それは...。」マリアは黙り込む。

「あなたのそれは自己満足よ。この人はこれから大義を成す人。」ミンファの声は言う。

「マリア、わたしたちと1つになりましょう。きっとあなたにだってわかるわ。」エミリアの声にマリアは力無く銃を構えた腕を下ろしそうになる。そんなマリアの心を支えたのは華月に言われた言葉であった。

(どんな事があっても、諦めるな。自分を信じろ。俺を信じろ。)マリアの瞳に光が戻る。銃を構え直した。

「マリア?」エミリアの声はマリアに問う。

「わたしの親友は死んだ...。わたしは自分を、華月を信じる!」マリアは黒い霧に言う。

「華月?誰だそれは?」ケビンは言う。

「エミリアと心も身体も1つになったあなたが華月を知らない訳がない。華月はわたしのprince。エミリアとミンファの声色でわたしを騙そうとしてもそうはいかないわ!」マリアは指に力を込める。

「ま、待て!」ケビンはマリアに手を出して静止しようとする。

「パンっ!」という音を立て、銀の弾丸はケビンの腹を撃ち抜く。

「アアーっ!」ケビンはその場に崩れ落ちる。腹からは血が出ている。ケビンは倒れながらも、右手でマリアに向けて銃を構える。

「パンッ!」マリアはケビンの右腕に2発目をヒットさせた。ケビンの銃は床に落ち、ケビンはうつ伏せで力尽きた。ケビンの腹と腕から夥しい量の出血が床に広がる。

「エミリアとミンファの苦しみをアンタも味わうといいわ。」マリアは冷たく言い放つ。

(エミリア、ミンファ、ゴメンね。)マリアには込み上げるものがあった。マリアはその場を去ろうとケビンに背を向けた。

「な〜んちゃって。」聞こえるはずのない声にマリアは振り向く。ケビンはムクリと立ち上がる。その身体には黒い霧がまとわりつく。腹と腕から出ていた血も体内に戻っていく。

「そ、そんな⁈」マリアは驚愕した。

「大した胆力だよ。よく思い留まったものだ。」ケビンはマリアに拍手するとニヤリと笑った。

「それにしても、よく聞くバンパイアの言い伝えとは違うのかな?銀の弾丸、中々に良いアイデアだけど、私には効かないよ。何しろ私自身も自らの身体の変化を日々確かめている状態でね。」ケビンは笑う。

「化け物!」マリアは次弾を打とうとすると、突如何かに頭を揺さぶられ、床に倒れ込む。

「何...を...」マリアは自分の四肢が動かない事に混乱した。ケビンはコツコツと靴音を鳴らしながらマリアに近づく。

「超音波だよ。君の脳を揺さぶらせて貰った。」ケビンはそう言うと左手でマリアの腕を掴んで上に上げる。マリアはぶら下がった状態になる。残った右手でマリアの首元に指を掛けると、一気に下まで引き下ろす。マリアの衣服は破れ白い肌が露わになる。

「何と美しい。」ケビンは感動する。

「そうだ、マリア。エミリアは非常に美味だったよ。ミンファもな。微かにお前の風味がしてな。だが、今まで喰らった女達は所詮、オードブルに過ぎない。喜べマリア。お前こそが100人目のメインディッシュだ。一目見た時から決めていたんだぞ。」ケビンは高らかに笑う。

「だが、華月とは誰だ?princeと言ったな。お前が今まで何人もの男に言い寄られても断っていたのは、ソイツの為か?ここまでお前の事を想う私の気持ちを踏み躙るのか?」ケビンには嫉妬心が芽生えていた。

「まぁ、どこぞの馬の骨でも構わんよ。その想いが遂げられる事はないのだからな。」ケビンは笑う。マリアは黙っている。

「記念すべき100人目ともなれば、いつもとは違った趣向で食らってやるか。」そういうとケビンは右手の指先でマリアの乳房を撫でる。

「ペッ!」四肢の動かないマリアはケビンの顔にツバを吐いた。ケビンはゆっくりと右腕で拭き取ると、突然マリアの腹にボディーブローを打ち込む。マリアはその反動で嘔吐する。床に嘔吐物の水溜りが出来る。ケビンの怪力はマリアの腕を離さず、依然としてマリアはぶら下がったままだった。パンチを打たれたマリアの腹、その白い肌は見る見る赤みを帯びていく。

「やれやれ。その綺麗な顔から何て汚い物を吐き出すんだ。」ケビンは笑い出す。

「オッ、オエハッ!」マリアは嗚咽する。その口元からはよだれが垂れ、鼻からは鼻水が出る。目には涙が溜まる。

「ハハハハっ!いい顔だ!」ケビンが笑うと、

「プッ!」マリアはまたもケビンの顔にツバを吐いた。

「...。」ケビンは黙ったまま右手で拭うとマリアの腹にまたもパンチを繰り出した。

「そらッ!そらっ!」マリアの身体はくの字に折れ、戻ってはまたくの字に折れる。

「ッカッ!カハッ‼︎」マリアは息が出来ずに呼吸困難になる。

その様子を見てケビンは拳を止める。

「ッヒッ!、ヒューッ、ヒューッ」マリアの腹は赤から青に変色し始めていた。

「いい色だ。頃合いだなぁ。」ケビンは舌舐めずりすると、右手を床に落ちているグロックにかざす。黒い霧はグロックを拾い、ケビンの手元に戻ってきた。

(ここまでなの?わたしのした事は間違いだったの?かづき、かづき!わたし何も出来なかったよ...。)マリアは死を覚悟した。マリアの瞳から必死に堰き止めていた涙が一気に溢れ出す。

「泣き顔が更にそそるよ。お前の言う、princeに何が出来る?ん?こうしてお前は死に直面していても現れやしないじゃないか。princeなどと、いい加減夢を見るのは止めろ。」ケビンはバカにした様に言うと、グロックの銃口をマリアの腹に当てる。マリアの脳裏に幼い頃、華月に助けられた事が鮮烈に蘇る。

(俺の名を呼べ。)道場で華月に言われた言葉がマリアの唇を動かす。

「か...」マリアは声を振り絞る。

「何だ?最後の言葉か?聞かせてくれよ!ハハハハッ!princeとやらに伝えてやるよ!」ケビンは笑う。

「...か...か、かづきぃーーーっ‼︎」マリアが力の限り叫んだ刹那、マリアの腹の辺りが眩い光を放つ。ケビンは咄嗟にトリガーを引こうと指を動かしたつもりだったが、感覚がない。見ると自分の右手とグロックは大きな化け物の手によって、握り潰されていた。

「ギィァアアアアーッ‼︎」ケビンはマリアをぶら下げていた左手を離す。その瞬間、華月の蹴りがケビンの腹に強烈な一撃を叩き込む。

「ゴブッ‼︎」ケビンはフェンスまで吹っ飛ばされた。マリアの身体は前のめりに倒れ込む。華月はマリアを抱きしめる様にしっかりと支え、床に片膝をついた。華月の肩越しにマリアの視界に入ってきたのは、自分の吐物の上に片膝をつく華月の足であった。

「あ、かづ...きのあし、汚れちゃった...。ゴメンね...。」マリアは華月に謝りながら泣いた。

「俺の足は微塵も汚れてなどおらん。これはマリアが最後までアイツに抗った誇るべき証。」華月は力強くそう言うと、マリアの腹にそっと手を添える。

「腹は痛むか?すまないマリア...。少々遅れた。良く頑張ったな...。」華月はそう言うとマリアの頭を優しく撫でる。

「ック!かづ...っき!」マリアは華月の身体にしがみついて泣いた。嗚咽と共に泣くマリアの背を華月は優しくさする。

「アイツが起きるわよ。」いつの間にか、沙希が隣に現れていた。

「マリア、後は任せろ。沙希、マリアを頼む。」華月はそう言うとマリアを沙希に預け、自分の来ている黒のロングコートをマリアに羽織らせた。

「かづき...。」マリアは心配そうに華月を見る。

「心配いらない。かづちゃん強いなんてモンじゃないから!」沙希は笑ってマリアに言う。

「ちょっと離れるわよ。歩ける?」沙希はマリアに肩を貸しながら少し距離を取り、屋上の入口まで下がった。

「...俺の特別な晩餐を邪魔しやがって、てめえ!何者だぁ‼︎」ケビンの怒号が響く。ケビンの周りには黒い霧が渦巻いており、その霧は潰された右手に集約される。ケビンの右手は再生されていた。華月は正面からケビンを見据える。その表情は氷の様に冷たい。だが、その胸の内はマリアを傷つけられた怒りの炎が激しく燃え盛っていた。

「...。」華月は黙ってケビンを睨む。

「なんだ〜⁉︎その目は?お前がマリアの言うprinceか?」ケビンは華月に問う。華月は鋭い眼光をケビンに向けたまま答えない。

「あぁ、かづちゃん激オコだわ。」沙希はマリアに言う。マリアは華月を見る。

「貴様は殺す!我が力思いしれ!」ケビンの身体から再び黒い霧が出て辺りを包み込む。ドーム型に展開されたそれは屋上全体を包み込んだ。ドーム内は暗闇が訪れる。

「かづき!」マリアは視界が遮られ華月が心配になり華月を呼ぶ。

「案ずるな...。」暗闇の中、華月は静かに答える。その声はマリアにも聞こえた。

「どうだ?見えまい。だが私には貴様らの位置が手に取る様にわかる。この中で何が起きようが外に出る事は出来ない。貴様らが死ぬまではなぁ。」ケビンの笑い声がドーム内に響く。

「黙れ。耳障りだ。」華月は静かに言う。

「いいだろう。まず目障りな貴様から片付けやる!マリア!お前のprinceはなす術もなくこの俺にやられるんだよ。」ケビンはそう言うと華月に超音波を当てる。

「かづき!」マリアは声を上げる。

「大丈夫。かづちゃんを信じな!」沙希は隣のマリアに言う。

「どうだ?動けまい!死ね!」ケビンは高速で華月に向かって飛翔し、その牙を華月の首に突き立てる。ガキィイインー!ケビンの牙は折れた。

「がっ!ガァぁ〜!貴様何をした?」ケビンは華月に言う。

「...。」華月は何も言わず立っている。

「お、俺の牙を折りやがってー!」ケビンは怒号する。

「格の違いもわからんか...。」華月は微動だにしない。

「何だと〜!」ケビンは激昂する。

「もうよい。」華月は右手を払う様に上に上げると、ドーム型の黒い霧は一瞬にして晴れる。

「⁈何?」ケビンは驚く。

華月は最初の位置から微動だにしていなかった。

「今の攻撃で貴様の力はわかった。そしてその妖しの能力もな。」華月は言う。

「わかった?だと?まだまだ俺の能力はこんなものではないぞ。」ケビンは余裕の笑みを浮かべた。華月は溜息をつくと、

「...出来損ないが、バンパイアにもなれぬチュパカブラス風情が。」チュパカブラス、欧米に生息する吸血蝙蝠である。

「お前の力では俺に傷1つ付ける事も敵わない。だが、貴様は許さん。」華月はマリアを傷つけられた事で少々イラだった様子でケビンに言う。

「何だと⁉︎ふざけんなよ!俺の力が通じないだぁ?霧を払った位でいい気になるな!あの御方から貰った力はまだまだこんなものじゃない!なめるなよ!」ケビンは華月に言う。

「あの御方?やはり妖しの力を譲り受けただけか。所詮は借物の力。そんな力で俺に傷をつける事は出来ない。さっき潰した銃のが貴様の牙よりはマシかもな。」華月は言う。

「ほざけー‼︎」ケビンは華月に襲い掛かる。マリアを片手で持ち上げていた怪力のパンチを華月に何発も打ち込む。ドガッ!ドンッ!パンチは確実に華月の身体を捉えていた。だが華月の身体はピクリとも動かない。

「あぁーっ!」何発目かのパンチを打ち込んだケビンが突如、自分の拳を押さえながら蹲る。拳の骨が折れていた。

(バカな⁉︎硬いなんてモンじゃない。俺の拳の方が砕けるだと。こんな事がある訳がない!コ、コイツがまさか、あの御方の言っていた、妖し狩りの鬼神なのか?鬼神とはこれ程までにデタラメな能力なのか?いや、きっと100人目を喰らってバンパイアに昇華出来れば、こんなヤツに負けるはずはない。例え鬼神だろうと、やれるはずだ。)ケビンは蹲りながらそんな事を思っていた。華月は相変わらず微動だにしない。

(仕方ない、マリアを100人目と決めていたが、背に腹はかえられん。この場は引いて、バンパイアに昇華するのが先だ!)ケビンはそう思うと飛び上がり蝙蝠にその姿を変える。

「...逃さん。」華月は蝙蝠となったケビンの更に上に一瞬の内に飛び上がり、屋上の床へケビンを叩き落とす。

ドゴッ!

ケビンは屋上の床にめり込んだ。

「ガッガハッ!」ケビンは人型に戻る。

(何て力だ!コイツには敵わない。)ケビンは震え出す。髪の毛を掴まれケビンは立たされる。華月はケビンの腹に拳を繰り出す。華月の拳がケビンの腹に当たると、ケビンの腹は爆発したかの様に後方に肉片と血を飛び散らした。ケビンの腹に風穴が空く。華月はケビンの髪の毛を離す。

「ガッァァアアアアーー‼︎」ケビンはなす術もなく声を上げ倒れ込む。ケビンは黒い霧で傷を修復しようと試みるが、集約しない。

「無駄だ。貴様に殺された者達の無念、味わうがいい。」華月は静かに言う。

「ち、ちくしょう!100人目を喰らえば貴様などに...。」ケビンは腹を抑えながら言う。

「何か勘違いしている様だが...、たとえバンパイアに昇華出来たとしても、貴様に俺は倒せない。」華月は冷たく言い放つ。ケビンは力の差に絶望する。

「あの御方とは誰だ?」華月はケビンに言う。「し、知らない。俺が死にそうな時にこの力をくれただけだ!」ケビンは華月に言う。

「あの御方が誰なのかは気になるが...、これ以上貴様の相手はしてられん。鬼眼。」華月がそう言うと華月の瞳は金色に光る。髪の毛は銀髪に変わっていく。

「我は如月の鬼。閻魔大王に代わりこの世の悪を裁く者なり。ケビン・ワーグナー。貴様は罪なき人の生き血を幾度となく吸血してきた。よって、貴様に相応しい地獄を与える。」華月の瞳が光る。ケビンの身体中に蛭がつき、自分の血を吸っている。

「うわぁあああ!」ケビンは蛭を払う。だが払っても払っても、次から次へと湧き出てくる。腕も足も見る見る内に細くなり、まるでミイラになった様になると、目の前が暗転して、血の池地獄に落とされる。ケビンの身体は見る見る内に回復し、また暗転する。目を覚ますとまた、体中を這いずり回る蛭に襲われる。

「ギィァアアアアーッ‼︎」ケビンは無限地獄に落ちた。


「沙希、悪いんだが下でタクシーを拾っておいてくれ。」華月は沙希に言うとマリアの身体を支える。

「わかった。」沙希は階段を降り出す。

「かづき、アレは?」マリアはケビンの様子を華月に聞く。

「アイツには無限地獄に落ちて貰った。アイツの身体には蛭が這い、血を吸い尽くされた後に血の池地獄に落ちる。そしてまた蛭に吸われる。この先尽きる事のない地獄の業を与えた。」華月は言う。

「マリア、俺には鬼の力が宿っている。」マリアは華月を見つめる。華月のその姿をマリアは美しいと思っていた。

「もし親友の事を思い出すのが辛いなら、その記憶を消す事が俺には出来る。そして、俺のこの姿を見た者は記憶を消さねばならん。」華月はマリアに言う。マリアはイヤイヤと首を横に振る。

「エミリアの記憶も、華月に助けられた事もしっかりと覚えていたい。ダメ?」マリアは聞く。

「承知した。決して他言は無用だ。」マリアは頷く。

「約定を結ぶ。」華月はマリアの額に指を置く。

「今の言葉を違えた時、一切の記憶は無くなる。ゆめゆめ忘れぬ様にな。」華月は気を失うところを、沙希に支えられた。

「お疲れちゃん。」沙希とマリアは華月を抱えてやっとの思いでタクシーに乗り込み帰路に着いた。



「...狩られおったか...。あと1人で昇華出来たものを。まぁ...昇華出来たとてアヤツに狩られたか...、ねぇ?美月。」祭壇に腰掛けたシルエットは言う。

「はい。お館様。」美月と呼ばれた美しい女性はシルエットの前に跪いて答える。

「13年が無駄となりましたね。」美月はシルエットに言う。

「なぁに、たかが13年。如月の鬼が無事に継承されていた事が確認出来ただけでも良しとしようじゃないか。あの時、力加減を間違えてつい殺してしまったからねぇ。」シルエットは言う。

「そうですね。如何に如月の鬼と言えど、かの如月広大を葬った今、お館様に敵はおりません。」美月は言う。

「先の百鬼夜行計画に辺り、如月広大、如月加代子、退魔師多数を相手取り、我が陣営の被害は予め予測が出来たからな。だがその甲斐はあった。広大夫婦を葬れたのは、我らのこれからの世界に明るい未来となろう。我は早急に次の世代を育てるべく、各方面に力を分け与えておったんだがな。今回のバンパイアもその1人。だが如月華月と言ったか?思いの外やりよるわい。それとも、狩られたアイツが弱かったのか?」シルエットは笑う。

「如月華月、如月広大ほどではないかと。」美月は言う。

「当たり前じゃ。元々の器ではないのだからな。だが、アヤツはどういう訳か如月の鬼を継承し、その力を使いこなしている。かの百鬼夜行でアヤツの母か、或いは広大が死に際に何か小細工をしたに違いない。アヤツには何か別の力を感じる。取るに足らん程の微弱な力だがな。」シルエットは答える。

「別の力?」美月はシルエットに聞く。

「如月の鬼ではない、別の力じゃ。それが何かまでは、ここからでは微弱過ぎてわからんがな...。」シルエットは言う。

「如月の鬼と競合しているという事ですか?」美月は聞く。

「わからんな。だが、今思えば、我には広大夫婦が如月の鬼でそれを隠した様にも思えるわ...。」シルエットは言う。

「ですが、閻魔大王の12の鬼神が、お館様のおっしゃる様にその身に2つの力を同時に持つ等、聞いた事がございません...。例え1つの力でもその器に合わない場合、その身体は普通であれば崩壊してしまう。」美月は言う。

「そう...それが普通よな。だが、アヤツが如月の鬼ともう一つ何かを、その身に宿しているのは間違いない。」シルエットは言う。

「鬼神クラスの力をその身に宿すだけでも、稀少であるのに...。」美月は如月華月という器に興味が湧いた。

「何じゃ?興味が湧いたか?」シルエットは笑う。

「はい。この目で確認しとうございます。」美月は妖艶な笑みを浮かべる。

「焦らずとも、時が満ちれば会う事になる。」シルエットは言う。

「それよりも今までの長い歴史の中で、2つの力をその身に宿す者はおらんかったか?」シルエットは聞く。

「はい。おりません。間違いございません。それはどの鬼神にも言える事でございます。」美月は答える。

「神話力として取り込む事はあっても、その能力その物を使う事は出来ないよな?それは我も体感済みだ。」シルエットは美月に聞く。

「はい、おっしゃる通りその者の持つ能力は死を迎えた際に、神話力として変換され、それを取り込みます。ですので、お館様の感じておられる如月華月については、その身に2つの神話力を宿している状態と考えられます。それ自体が私の知る限りでも、初めてかと。」美月は言う。

「...左様か...本当に取るに足らん程の小さな力。だが、何故にこんなにも気になるのか?」シルエットは考え込む。

「お調べいたしますか?」美月は聞く。

「いや、よい。放っておけ。それが何であろうとも、どんな結果になろうとも、それもまた一興というもの。広大亡き今、我の敵となり得る者は存在せぬのだから。だが、稀少な存在として、出来れば我の配下に欲しいものよのぅ。」シルエットは笑う。

「それは叶わないかと。」美月は冷静に言う。

「わかっておる。アヤツの動き、思考を見ておれば、我とは決して相いれぬ者だと思う。」シルエットは言う。

「それよりも、西の動きはどうじゃ?」シルエットは美月に問う。

「計画通りでございます。」美月は言う。

「流石だな美月。よく、あの堅物を動かせたものだ。」シルエットの口角は上がる。

「容易い事でございます。」美月はシルエットに頭を下げる。

「東の統治者は白狼族の小僧1人。如月の鬼を取り込む時にまとめて始末すれば良いか。」シルエットは笑いながら言う。

「お館様、如月の鬼は私にお任せ願えませんか?」美月はシルエットに言う。

「何だ?やはり先程の話で興味が抑えられぬか?」シルエットは高笑いしながら言う。

「はい。私の易によると、秋にはあの者達と西の地で出会うお告げとなっております。如月華月、本来の器でないにしろ、私が喰らいお館様に神話力をお渡ししても宜しいのでしょう?」美月は上目遣いでシルエットに懇願する。

「あぁ。構わんぞ。西の地?アヤツらが西に来るのか...。面白い事になりそうだの。」シルエットは考えながら笑う。

「はい。すでに西の人狼族は私の手中にあるとも知らずにやってくるのですから。」美月はクスクスと笑う。

「我は最終的に我に12鬼神の神話力が集まれば良い。秋か...。美月の手並拝見と行こうか。」シルエットはニヤリと笑う。

「お任せください。如月の鬼、必ずやお館様に神話力を捧げましょう!」美月は跪きながら言う。

「待ち遠しいのぅ。クッハハハハッ!」シルエットは声に出して笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る