再会と過去

下校時刻のチャイムが校内に鳴り響く。部活に行く者、帰宅する者、友達と遊びに行く者と様々な思考が校内を飛び交う。

「かづき!」教室の後ろのドアが開き、マリアが華月に飛び込んで抱きつく。華月はまだ眠っている。

「何で如月ばっかり!」男子生徒達の嫉妬の視線を浴びせられても華月はビクともしない。

「そうやって口に出している内は、かづちゃんの良さはわかんないかもね。」沙希は男子生徒達に言う。

「どういう意味だよ?」男子生徒は聞く。

「アンタたちはまだお子ちゃまだって事。」沙希はベロを出した。男子生徒は何故か恥ずかしくなって、その場を去る。

「かづちゃん起きて!帰ろ!」沙希が声をかけると、華月はムクリと起き出した。

「皆んな帰り支度は終わったよ。」慎司は華月に言う。

「...じゃあ行くか?」華月は手ぶらで席を立つ。

「荷物ないってあり得なくない?」沙希は華月に言う。

「そう...か...?」華月は言う。その隣にはマリアがベッタリ華月の左腕にしがみついていた。

「マリアもよく飽きないわね。」皮肉共取れる様に沙希は言ったが、マリアはニコニコしている。

華月はメールが届いている事に気づき見る。

「お疲れ様でございます。家元様より華月様とご学友の皆様のお迎えを仰せつかりましたので、駐車場にてお待ち申し上げております。

綾乃。」

華月は無言で皆に見せる。

「VIP待遇ね私達!」沙希は言う。

「綾乃さんに感謝しなきゃ。」そう沙希が言うと、慎司と鈴音は頷く。下駄箱で靴を履き替え、駐車場に向かうと、綾乃が立っていた。

「綾乃さんありがとう。」華月は頭を下げる。

「とんでもございません。」綾乃は少し照れた様に言う。

「あやの?」マリアは思い出す様に綾乃に言う。

「マリア様、お久しぶりでございます!」綾乃は頭を下げる。

「あやの!」マリアは綾乃に抱きつくと口にKissする。

「ま、マリア様⁉︎」綾乃は照れた様にマリアに言う。

「ほらな、挨拶みたいなモンだよ。」華月は沙希に言う。

「はぁ...。違いのわからない男ね...。」沙希は言うと鈴音も頷く。慎司は笑っている。

「さぁ、皆様参りましょう!」綾乃はバンのスライドドアを開ける。皆次々に乗り込む。華月は例の如く、助手席に乗り込んだ。皆が乗り込むのを確認してから綾乃はドアを閉めて運転席に乗り込むと、車を如月家に向けて走らせる。

「あやの、beautiful!」マリアは徐ろに言う。

「マリア様も、沙希様も、鈴音様もお綺麗でございますよ。」綾乃はフフッと笑う。綾乃に言われて、沙希も鈴音も嬉しかった。

「かなは?元気にいますか?」マリアは華月と綾乃に言う。

「あぁ。今は中学生だ。」華月は言う。

「ちゅうがく...。」マリアは考える。沙希が通訳しようとした時、

「Jr.high school」綾乃は流暢な英語で答える。

「oh!あのBabyがJr.high school?」マリアは驚く。

「てか、綾乃さん英語もイケるの?」沙希は言う。

「はい。語学は必須だからと家元様のご厚意で、学ばせていただきました。」綾乃は答える。

「完璧過ぎるでしょ。」沙希は言う。

「そんな事はございません。日々学ばせていただいております。」綾乃は微笑みながら言う。

「かづちゃんてさ、綾乃さんみたいな女性が側にいてさ、ムラムラしないの?」沙希は華月に言う。

「...。」華月は答えず、窓の外を見ている。

「沙希ちゃん唐突すぎるよ。」慎司は笑う。

「だってさ、こんな美人で完璧な女性と一緒に暮らしてるんだよ。男だったらそういう気持ちにならないのかなって?」沙希は続ける。

「よく、佐奈子婆ちゃんが言ってるじゃない?跡取りを作れってさ。」華月の祖母佐奈子は日ごろから華月に自分が生きている内にひ孫の顔を見せておくれと言っていた。誰でもという訳ではないが、幸いにして華月の周りには良妻となる資質の持主が集まっている事を佐奈子は見抜いていた。如月の血を絶やさない為にと、そう言っているのだろうと華月は思っていたが、佐奈子の本心は違っていた。華月には普通の人生を歩んで欲しい、そう佐奈子は願っていた。


華月の父(広大)は先代の如月の鬼。その力は歴代の如月の鬼の中でもずば抜けて優れていた。

華月が5歳の時、華月の母(加代子)の故郷である青森に一家で行く事があった。退魔師の総本山である加代子の家はその能力を有し、現世で起きる妖による事件の解決に務めていた。その能力は加代子にも備わっていた。だが事件は突然起きる。広大はその能力故に、良からぬ妖から常に命を狙われていた。妖しからしてみれば、忌まわしい広大と加代子、それに退魔師一同が集うこの地、この機会に彼らを根絶やしにする千載一遇のチャンスであった。広大に恨み辛みを持つ妖、如月の鬼に怨みを持つ妖しが結託し、退魔師の総本山である加代子の実家を襲う百鬼夜行は1匹の妖しの緻密な計画によって引き起こされた。

時刻は午前2時。ただならぬ地響きと雄叫びと共にそれらはやってきた。事前にその兆候を察知していた広大らは、山づたいに布陣し、待ち構えていた。広大も加代子も退魔師も全員で各々その能力を駆使して戦った。加代子の母、華月の母方の祖母である美代(みよ)は前方に広大と加代子がいた為、後方で全体の指揮を取っていた。

「皆の者、無理はするな!傷ついた者は異界の門で脱出せよ!」美代はあらゆる呪符を駆使しながら、群がる妖を撃退していた。

「美代様!母屋に向かう妖が!」退魔師の1人が言う。

「なんじゃと!加代子!...届かぬか...。」すでに加代子と広大は最前線におり、その声は届かない。

「結界は?」美代は報告してきた退魔師に言う。

「とても持ちそうにありません!」退魔師は言う。

「あそこには華月と加奈がおる!」広大も加代子も前線に立ち塞がる妖の群勢を食い止めるのに手一杯であった。美代は側にいる退魔師の1人に言う。

「撤退の指揮はお主に任せる。無理せず、異界の門で全員を撤退させろ!」美代は言うが早いか母屋へ向かう。何体かの妖をなぎ倒しながら、美代は母屋にたどり着く。

「華月!加奈!どこじゃ?」美代は母屋に入ると叫ぶ。母屋の中には数匹の妖がいた。それらを瞬殺し、美代は母屋の奥にある祭壇に向かった。祭壇の仏像の前、そこには泣きじゃくる加奈を抱っこして静かに佇んでいる華月の姿があった。

「無事か⁉︎」美代は華月と加奈の姿を見て安堵した。華月は美代の声が聞こえるとゆっくりと振り向いた。美代は2人の元に歩み寄り2人を抱きしめた。

「華月、よう頑張った。もう安心じゃ。」美代は華月の頭を撫でる。華月の視線は美代が今来たであろう方向を見据えていた。

「案ずるな。お主の父も母も強い。」美代は華月に言うと華月はコクリと頷く。

「さぁ、ここは危険じゃ。ゆくぞ。」美代は2人を外に連れ出した。外に出ると両手で印を結ぶ。地響きと共に地面から門が現れた。門は眩い光を放ちながら静かに開く。

「さぁ、ゆけ!」美代は華月と加奈を門の中に放り込む。


如月家の道場の前に門は現れた。道場にいた佐奈子と綾乃は先程からの地震とただならぬ雰囲気を感じ取りすぐに門の前に来た。門は眩い光を放ち静かに開く。中から加奈を抱っこした華月が現れた。

「華月!何があった?」佐奈子は華月に言う。門の中から美代の声が聞こえる。

「佐奈子さん、突然の無礼をお許し下され。妖の軍勢に襲われておっての。孫達をお願い申し上げる。」全てを察知した佐奈子は、

「わかりました。」とだけ答える。佐奈子の言葉を聞くと門は閉じ、地面にその姿を消した。

「怪我はないか?」佐奈子は優しく華月に問う。華月はコクリと頷く。

「華月様、私が代わります。」綾乃は華月の抱いていた加奈を抱っこする。皆、母屋へとその歩みを進める。その時、ドンっ!と地響きがして、激しい地震に襲われた。綾乃は華月と加奈に覆い被さり地震が収まるのを待つ。5秒...7秒...10秒揺れはまだ続いている。道場と母屋の屋根瓦は何枚かガシャンと音を立てながら、地面に滑り落ちてくる。やがて揺れは収まった。

「今の揺れは...?」佐奈子は独り言の様に呟いた。綾乃に守られていた華月はその身体を起こし、両親のいる方角を眺め出した。

「華月様?」綾乃は加奈を抱きながらその様子を佐奈子と一緒に見ていた。曇天の夜空から一筋の光が華月に降り注ぐ。

「お父さん?」華月は空を見上げながら言う。綾乃と佐奈子は顔を見合わせる。

(華月。まだ幼いお前に過酷な運命を背負わせてしまう父さんを許してくれ。)声は華月の頭に直接響く。

「華月?」佐奈子が華月に声をかけたその時、華月に降り注ぐ光の中から鞘に納められた、短刀が現れた。華月はそれを受け取ると、今度は母、加代子の声が頭に響く。

(華月。お父さんとお母さんは少し遠いところに行かなければならなくなったの。)

「お母さん!」華月は光の上部を凝視する。その瞳に涙を沢山浮かべながら。

佐奈子と綾乃には見えない何かと華月は明らかに会話していた。

「...うん、いつ帰ってくるの?」華月は光に問う。

(...ゴメンなさい...。いつ帰れるかはわからないの。でもね華月。お母さんとお父さんはいつでも、あなたと加奈を見守ってる。あなたの手にある刀は、あやのお姉ちゃんに渡してね。それからあなたにばかり辛い想いをさせてゴメンね。華月、愛してるわ。加奈を守ってね、お兄ちゃん。)

「...わかった。僕が加奈を守る!」華月の顔は幼いながらも決意に満ちた顔になっていた。光は徐々に細くなりながら、華月の身体に入り込む様に消えた。一部始終を見ていた佐奈子は広大と加代子が死に際にその息子である華月に如月の鬼を継承させたのだとわかった。その頬には涙が伝わる。華月はゆっくりと振り向き、綾乃の方向に歩き出す。

「華月様?」綾乃は華月に言う。綾乃の前に来た華月はその手に握っていた短刀を綾乃に差し出す。

「お母さんが、あやのお姉ちゃんに渡せって...。」華月は綾乃に言うと、綾乃は佐奈子の顔を見る。佐奈子は黙って頷くと綾乃の抱いていた加奈を代わりに抱っこする。綾乃は華月の差し出した手に握られた短刀を両手で支えるように受け取った。その刀は加代子が使っていた、退魔の力を持つ短刀、【陽炎】(かげろう)。悪しき妖に反応し、その妖しの能力を刀心に封印する力を持つ刀であった。受け取ったその刀から頭に直接声が響く。

(華月と加奈をお願いね...。お姉ちゃんに任せたわよ。)優しい加代子の声が頭に響く。加代子と広大は、両親を亡くした綾乃にまるで自分達の娘の様に接してくれた。加代子の慈愛は大きく、本当の母親の様に綾乃も思っていた。

「お母さん...。」綾乃は泣いていた。その姿を見た華月は、

「お姉ちゃん、大丈夫?」華月は綾乃を気遣う。綾乃は華月を抱き締める。華月自身だって、両親と別れて悲しいはずなのに、自分を気遣ってくれる。なんて優しい子なのだろう。綾乃は確信した。自分がこれからの生涯をかけてお仕えする主が目の前の小さな幼子である事を。綾乃は泣くのを止める。

「必ずや、華月様、加奈様をお守りいたします。」綾乃は加代子に誓った。佐奈子はその2人の姿を見て涙がこぼれた。


華月が鬼の力を継承した数分前。美代は華月を無事に佐奈子の元に送れた事に安堵していた。

「お母さん!」加代子の声に美代は振り向く。

「今、異界の門で佐奈子さんの所に預けた。」

「...よかった。ありがとうお母さん...。」加代子は安堵しその場に崩れ落ちた。もう身なりもボロボロであった。

「広大さんは?」美代は言う。

「あの人がわたしを送り出してくれて。またすぐに戻らなきゃ!」加代子は立ち上がる。

「その必要はないよ。」加代子が今やっとの思いで駆け上がってきた方向から声がした。

美代と加代子はその方向を見ると、華月と同じ位、いや、華月よりも幼い男の子が立っていた。

「加代子、油断するなよ。この山に1人であんな子がいられるわけはない。」美代は加代子に言う。

「えぇ。わかっています。」加代子は答える。

「意外だねぇ。あの男は隙を見せたのに。」幼児は幼児らしからぬ口調で言う。幼児は続ける。

「如月の鬼と言えど、呆気ないものだったよ。」幼児は加代子と美代に何かを放り投げた。広大の首だった。

「あ、あなた!嫌ーー‼︎」加代子はその場に崩れ落ちる。

「何とっ‼︎」美代は絶句した。広大ほどの手練れがこんなにもあっさりやられたのか?美代は自問自答した。我々を動揺させる為の偽物?そんな美代の思考を見透かす様に、

「本物だよ。」幼児は言う。美代はありったけの呪符を幼児に向け放つ。

「良い攻撃だ。躊躇もない。でも。」幼児は呪符を全て躱すと美代の前に立ち、

「用事があるのは婆さんじゃないんだよ。」そう言うと腕を一振りして、美代を払った。美代は咄嗟にその腕をガードしたが、幼児とは思えぬ程の力で、その身体ごと山の斜面に沿って吹き飛ばされた。幼児は加代子に振り向くと、

「さて、女。子供は産んだか?」幼児は聞く。加代子は広大の生首を抱きしめて泣いていた。

「女、質問に答えろ。跡取りはいるのか?」幼児は加代子の前に来る。

「絶対に許さない!」加代子は自らの命を燃やし始めた。

「...。」幼児は少し距離を取る。加代子のやろうとしている事は、その命と引き換えに封印をするといった技であった。

「躊躇なく自らの命を燃やすか、無駄な事を...。」幼児は言う。

「呪動封魔陣‼︎」加代子は幼児を囲む様に呪符を巡らし、封印しようとする。

「いいだろう。その潔い覚悟に敬意を払う意味でも少しだけ、本気を出してやろう。」幼児の身体は見る見る姿を変える。

「...そ、そんな...こ、こんな事?...」加代子は絶望した。ドォーーーォオン‼︎と言う音と共に、加代子も陣と共に跡形も無くその姿を消した。そこに残っていたのは、幼児の姿をした、男の子1人だけであった。

「結局跡取りがいるのかは聞けずじまいか。まぁ良い。手立ては他にもある。」幼児は山を降りた。



そんな過去を華月は車の車内で思い出していた。

「っ...き...。」やがてマリアの自分を呼ぶ声が聞こえた。

「華月様?」綾乃は言う。

「...すまない。少し昔を思い出してな。」華月は窓の外を見る。

「左様でございましたか。」綾乃は微笑む。

「何か既に入り込む余地がない空気感なんだけど。」沙希は2人に言う。

「そんな事はございません。何のお話でございましたか?...華月様の夜這いのお話でございましたね♪」と綾乃は楽しげに話を戻す。

「華月様はとても紳士でございます。私はいつでも準備は万全ですのに...。」と艶っぽく華月を流し目で見る。華月は相変わらず聞いているのか、いないのか外を眺めていた。

「やっぱりかづちゃんの性癖がおかしいのよ。」沙希は言うと皆笑った。

「慎ちゃんなら襲うでしょ?」沙希は慎司に言う。慎司は困った様に、

「あ、綾乃さんなら間違いなく!」と答えた後に赤面した。

「まぁ、ありがとうございます♪」綾乃は大人の対応で受け流す。

「ワタシもあやのと寝ま〜す!」とマリアが言うと皆笑った。車は如月家正門前に到着した。加奈が出迎えてくれた。

「皆様ようこそお越し下さいました。」加奈は頭を下げる。

「かな?very cute!」マリアは車を降り、加奈を抱きしめてキスする。綾乃は裏手に車を停めにいった。

「マリアさん、お久しぶりです。といってもあんまり覚えていないけど。」加奈は正直に言う。

「婆ちゃんは?」華月は加奈に聞く。

「道場にいるよ。お帰りお兄ちゃん。」加奈は満面の笑みで答える。

「あぁ。」華月は道場に向かう。

「皆様はこちらへ。」加奈は皆を母屋へと案内する。華月は道場に行くと佐奈子は花を活けていた。華月のいつもとは違う様子に佐奈子は声をかける。

「帰ったか。どうかしたのか?」

「...少し昔を思い出して...。」華月は言う。

「そうか...。今宵は再会の宴、少し気を落ち着かせてから来ると良い。」そう言うと佐奈子は母屋へと向かう。

「婆ちゃん。」華月は横を通り過ぎようとする佐奈子に話しかける。

「どうした?」佐奈子は華月に顔を向ける。

「...父さんと母さんは、何にやられたんだ?」華月は前を見据えたまま言う。

「...正直なところ、私にもわからん。美代さんなら何かわかるかも知れんが...。広大も加代子さんも相当な手練れであった。だが、敵わなかった。」佐奈子も前を見据えたまま答える。

「...。」華月は何も答えない。

「それはいつかお前の前に現れるだろう。だが、華月。自分を信じろ。お前は広大以上に努力し、今や、あの時の広大を遥かに超える力を秘めておる。」佐奈子は華月に言う。

「...ありがとう。婆ちゃん。気休めでもその気遣いが今はありがたいよ...。」華月は言う。

「...何を焦っておる?」佐奈子は言う。

「俺は本当に加奈や周りの人達を守れるのかな?って思う。それに、何故かはわからないが、最近胸の奥底が熱くざわめく...。」華月は佐奈子に顔を向ける。

「...華月。」そう言うと佐奈子は華月の背に手をそっと置く。

「お前は十二分にその役目を果たしている。あまり考えすぎるな。心の乱れは生の乱れ。少し気を落ち着けてから、来るが良い。」佐奈子はそう言うと母屋へと向かった。

「...。」華月は腑に落ちない想いを飲み込み、瞑想を始める。だが心の奥底に燻る炎は消える事はない。ガチャリと裏の勝手口の扉が開き綾乃が道場に入ってきた。華月の瞑想の様子を見た綾乃は立ち去らず、華月の前に立つ。華月は勿論その気配に気づいていたが、瞑想を続ける。そんな華月の顔はふわりと優しく綾乃の胸に包まれた。

「華月様、そのままで。」綾乃は続ける。

「...例え私は華月様が悪鬼になろうとも、華月様のお側にずっとおります。」綾乃は優しく華月を抱き締める。華月の胸の奥底に燻っていた炎はどこかに消えていた。

「あ、綾乃さん、ありがとう...。」華月は凄まじい睡魔に襲われた。

「少しお休み下さい。綾乃が全力で華月様をお守りいたしますから。」綾乃は華月を膝枕すると華月は深い眠りに落ちた。

「お兄ちゃん?」加奈が道場に入ると綾乃と華月の姿が目に入った。

「お疲れの様でございます。加奈様、膝枕代わっていただけますか?私、布団を用意して参りますので。」綾乃は言う。

「私が持ってきます♪」加奈は言うと母屋の方へ戻っていった。

「ありがとうございます。」華月の寝顔は穏やかでその顔を綾乃は優しく見守る。心の中で華月に話しかける。

(小さな頃からご苦労なされている華月様を、綾乃はずっと側で見て参りました。これからもずっとお側におりますゆえ、ご安心ください。華月様はこの綾乃がお守りいたします。)そう華月の頭を撫でながら、綾乃は華月に話した。

華月は激しい眠気に襲われた為、華月抜きで始めようという事になった。慎司と沙希、鈴音は、鬼の力の反動であろうとすぐに理解したが、マリアは違った。

「why?」マリアの表情は暗くなる。

「マリア、そんなに心配なら泊まっても構わんぞ。」佐奈子はマリアに言う。

「?」マリアは首をかしげる。沙希が通訳した。

「Yes!thank you!grandma!」マリアは佐奈子にキスする。佐奈子は笑った。

「綾乃。マリアの父に電話しておいておくれ。」佐奈子は綾乃に言う。華月をいつの間にか寝かせた綾乃が合流していた。

「承知いたしました。」綾乃は席を立つ。

「コレは何があってもおかしくない状況になりつつあるわね。」沙希は唸る。

「何ならお主たちも泊まっても構わんぞ。」佐奈子は沙希達に言う。

「えっ?いいの?」沙希は佐奈子に言う。

「勿論。私はハーフだろうが、クォーターだろうが、日本人だろうが、誰でも構わんぞ!」佐奈子はマリア、沙希、鈴音の順に顔を見渡すとニヤリと笑う。

「私、泊まってく!鈴音はどーする?」沙希は言う。

「私はお父さんに聞いてみないと。」鈴音は言う。

「お待たせいたしました!」加奈は料理を運んできた。

「手伝うわ。」沙希は自然に席を立つと皆それに続く。

「皆でやった方が早く食べられるしね。」慎司も言う。

「ありがとうございます!」加奈は皆に礼を言う。そんな皆のやり取りを佐奈子は笑顔で見ていた。あっと言う間にテーブルいっぱいに料理は並べられ、準備は完了した。

「あ、私も泊まります...。」鈴音は言う。

「意外ねお父さんOKなんだ?」沙希は聞く。

「如月くん家なら安心だって。」鈴音の父は鈴音もろとも、華月達に助けられた事がある。

「女子会でございますね。」綾乃はノリ良く言う。

(俺には誰も聞かないのか?)と慎司は悲しくなった。

「では再会と女子会にカンパイ!」佐奈子は言うと皆カンパイした。


料理もトークも堪能した彼女らは、その疲れを癒すべく、浴室に来ていた。

「てか、お風呂場広っ!」沙希が、ツッコむ。

「温泉みたいね。」鈴音は言う。

「皆さん、ナイスバディですね...。」加奈は皆を見ながら言う。

「かなも大きくなりまーす♪」そういうとマリアは笑顔で加奈の胸を揉み出した。

「ま、マリアさんやめて♪」加奈はくすぐったがる。

「慎ちゃんがいたら、鼻血モンねw」沙希は笑う。一方慎司は誰にも意見を振られず、1人トボトボと帰路についていた。楽しい入浴も終わり、就寝となる。

「客間をご用意いたしましたので、マリア様、沙希様、鈴音様はこちらでお休み下さいませ。」綾乃は3人を客間に案内すると扉を閉めた。まるで修学旅行の様な感覚で3人の話は尽きる事はなかった。真夜中になり、ふとマリアはトイレに起きた。母屋の端にあるトイレで用を足し、客間に戻ろうとした時、道場が気になったマリアは足を運ぶ。中には華月が正座しており、一輪の花を活けていた。

「かづき?」マリアは道場に入る。

「マリア、すまなかったな。」華月は宴に参加出来なかった事を詫びた。

マリアは首を横に振った。静かに華月の隣に座ると華月に寄りかかる。

「beautiful...。」華月の活けた花は青白い光を放っていた。

「かづき...」マリアは華月にもたれかかったまま話だした。華月は何も言わず顔をマリアに向ける。

「わたしが日本に戻ってきたのは、華月に会うため。でももう一つ理由があります...。」そこまで話すとマリアは黙り込む。何か決意の様なものがある事は華月にもわかっていた。

「...無理に話さなくてもいい...。」華月はマリアの頭を撫でる。沈黙が暫く続いた後、華月は口を開く。

「...マリア、1つ約束してくれないか?」マリアは華月を見る。

「どんな事があっても、諦めるな。自分を信じろ。俺を信じろ。どうしようもなくなったら、俺の名を呼べ。」華月の言葉にマリアは深く頷いた。華月の包み込む様な言葉にマリアは眠気を覚えた。そのまま寝入ってしまった。


翌朝、道場に敷かれた布団には華月とマリアが抱き合って、正確には寝ている華月にマリアが抱きついている状態で寝ていた。

「おはよう御座います。華月様、朝ご飯の用意が出来ております。マリア様もご一緒にどうぞ。」綾乃は取り乱す事もなく、2人に言う。

食卓に全員がつき、朝食が始まる。

「今日は学校も休みか...。皆は予定あるのか?」佐奈子は言う。

「わたしはSNSのともだちとアキハバラにいきます。」マリアが開口1番なのは皆意外であった。

「秋葉原?何で?」鈴音はマリアに聞く。

「日本のアニメ、アメリカでも人気ありまー

す。聖地に行きます。」マリアは笑みを浮かべる。

「聖地ね...。変なのもいるから、気をつけなさいよマリア。」沙希は言う。

「大丈夫でーす。日本人は優しいです。」マリアは言う。

「私は家でゆっくりします。」鈴音は佐奈子に答える。

「私も家に帰るわ。」沙希も言う。

「そうか、予定があるのでは仕方あるまい。浅草辺りにでも連れて行こうかと思っていたのだが。」佐奈子はマリアに言う。

「sorry grandma」マリアは残念そうに謝る。

「良い良い。これからはまた前の様に会えるのだからな。」佐奈子は笑顔で言う。

「thank you」マリアは言う。

朝食が終わり、宴はお開きとなった。加奈は早々に部活に出掛けて行った。

沙希、鈴音、マリアは帰り支度をし、玄関に来る。

「ありがとうございました。」沙希は佐奈子に挨拶する。鈴音とマリアも続く。

「またいつでも来るが良い。」佐奈子は3人に言う。3人を見送ると、佐奈子は華月と綾乃に道場に来る様に言った。

「2人とも気付いたか?」佐奈子は言う。

「はい。」綾乃は言う。

「あぁ、硝煙の匂いだろう?恐らく沙希も慎司も気づいたはずだ。」華月も言う。

「念の為な綾乃にマリアの手荷物を調べてもらった。」佐奈子は綾乃に視線を送る。

「はい。マリア様の手荷物の中から、グロックG19と呼ばれる銃が見つかりました。」

「華月、どう思う?」佐奈子は華月に聞く。

「最近巷で起きているミイラ事件と関係があるのかって事か?」

「そうだ。」佐奈子は頷く。

「確かに銃は犯行に使われている物と同じだし、時期もピッタリだ。だが、マリアからは邪心を感じない。」華月は答える。

「私も華月様と同意見です。加えるならば、陽炎は反応しておりません。」綾乃は答える。

「事件の関係者である可能性は高いがな。くれぐれも目を離さぬ様にな。」佐奈子は華月と綾乃に言う。

「わかっている。」

「御意。」

佐奈子はマリアに危険が迫っていそうな気がしてならなかった。

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