judgement night

木島と陽介は社長室で部下からの連絡を待っていたが一足遅かった事を聞かされた。

「黒澤さん、気をしっかり持って。ヤツらは娘さんを拐ったが、手出しはしない。」陽介は祈る様に両手を合わせて、ウンウンと頷く。

「何とか娘さんを取り返す作戦を練りましょう!」とは言ったものの、木島に作戦は思い浮かばなかった。まさかこんなにも敵の行動が早いとは思わなかった。そしてこちらの事を調べるのに2日とかからなかった事に改めて強大な敵である事を痛感していた。

「鈴音さんの足取りを調べます。黒澤さんはここにいて下さい。」そう言うと木島は社長室を出ていった。陽介のスマホが鳴る。番号は鈴音のものだ。

「鈴音!無事か?」陽介は言う。

「娘の運命はお前次第だ。いいか、木島には言うなよ。18時に大宝製薬T工場に1人で来い。誰かに言ったら、娘の運命は大きく変わるものと思え。」電話は切れる。陽介は木島の忠告を無視してすぐに社長室を出た。


華月は如月家に帰っていた。自分の部屋で黒い装束に着替えを済ませ、佐奈子の待っている道場に向かった。佐奈子は華を活けていた。華月の気配を感じると華月に声をかける。

「ゆくのか?」佐奈子は華月に問う。

「あぁ。」華月は答える。

「綾乃。」佐奈子は声をかける。

「心得ております。」綾乃は片膝をついた姿勢で佐奈子の横に控えていた。

「概要は綾乃から聞いた。統治者に連絡は?」華月に問う。

「すでにメールで知らせた。」華月は答える。

「綾乃、その後の動きを。」佐奈子は言う。「はい。華月様から伺った車のナンバーを調べましたところ、大宝製薬の社用車である事が判明いたしました。すぐさま各地に情報を求めましたところ、大宝製薬T工場に車は止まっているとの情報がございました。現在工場は閉鎖中で公民党の東久秀もそちらに向かっている模様です。」

「それだけわかれば充分だ。」華月は道場の入口に足を向ける。

「車を回して参ります。」綾乃は裏口より外に出る。

「華月。」佐奈子は華月を呼び止める。

「くれぐれも気をつけてゆけ。」

「わかっている。」華月は道場を出た。玄関を出ると慎司と沙希がいた。雨は止んでいた。

「じゃ、行きますか。」慎司は言う。綾乃が車を玄関に回して来た。全員でバンに乗り込む。車の中で慎司と沙希は鈴音の過去を綾乃から聞かされた。

「ヒドい...。絶対に許せない。」沙希は憤りを感じていた。それは慎司も同じであった。

「近くのパーキングに止めてくれ。そこからは歩いていく。」華月は綾乃に言う。

「承知いたしました。」綾乃は答える。T工場の前を通り過ぎ近くのパーキングに車を止める。

「何がいるかわからん。まず、綾乃さんと沙希は工場のシステムを制圧してくれ。」華月は2人に言う。

「御意。」

「わかったわ。」2人共答える。

「慎司と俺は正面から乗り込む。」慎司はニヤリと笑いながら頷く。

「皆無理はするな。いざとなったら、」華月が途中まで言うと、

「俺の名を呼べ。でしょ?」沙希は笑って言う。

「あぁ。」華月も笑う。

「行くぞ。」華月の声に皆動きだした。


華月達が到着する30分前、約束の18時には早いが陽介は1人でT工場に来ていた。閉鎖中の門を通り中に入ると工場の中から男が現れる。

「ついて来い。」陽介は黙って男の後について行った。工場の中は最低限の明かりがつけられており、陽介と男以外に人の気配を感じなかった。エレベーターで3階に上がる。3階はオフィスであったのか、広い空間がそこにはあった。

「ここで待て。」男は陽介にそう言うと、奥の部屋の扉をノックする。

「黒澤陽介が到着しました。」ガチャリと扉の開く音がして、中から10数人の男が出てきた。その中には陽介の良く知る顔もある。

「お久しぶりですねぇ、黒澤さん。」北條は陽介に話かける。

「鈴音は?無事なんだろうな?」

「えぇ、丁重に扱っておりますよ。」北條は笑う。奥の部屋から鈴音が椅子に縛られたまま連れて来られた。

「鈴音!」陽介は鈴音に駆け寄ろうとする。が数人の男に取り押さえられた。

「心配はいりません。眠っているだけです。」北條はニヤリと笑う。

「もう少しで東先生もいらっしゃるのでね。懐かしい再会となりそうですねぇ。」

「ふ、ふざけるな!お前らのせいで舞子は...。そして鈴音まで!」陽介は暴れようとするが、男達の力が強く動けない。

「奥様は非常に残念でした。私達はもっとビジネスライクに行きたかったんですがね。どうしても聞き入れて下さらなかったんですよ。」北條は白々しく言う。

「その辺にしておけ。」いつの間にか東が到着していた。

「木島の件も任せて良いのだな?」東は北條に言う。すでに陽介のバックに木島がいる事が知れていた。

「勿論です。ご安心ください。こちらが片付きましたらすぐに。」北條は言う。

「手こずらせおって。」東は陽介に向き直る。

「久しぶりですなぁ。黒澤さん。またお会い出来て光栄だよ。」東は笑う。

「東っ!」陽介は暴れようとする。

「北條から聞いたと思うが、私達は何も君達親子をこんな目に合わせたくはないのだよ。研究に協力さえしていただけたら、身の安全は保証する。」東は笑いながら言う。

「舞子を殺しておいて、よくもそんな事が言えるな!」陽介は取り押さえられながらも、東にくってかかる。

「おいおい、やめてくれよ。君の奥さんは事故死だろうが?人聞きの悪い事は言わんでくれたまえ。」東は笑った。

「姫がお目覚めの様ですよ。」北條は東に言う。

「うぅ...。」鈴音は目が覚めた。その目に入って来たのは、男達に取り押さえられている陽介の姿であった。

「お父さんっ!」身動きが取れない。椅子に縛られている事を悟った。

「鈴音ぇ。久しぶりだなぁ。」東はニヤけた顔で鈴音に近づく。

「娘に近づくなぁ!」陽介は怒号を発した。東は構わず鈴音に近づき、鈴音のアゴを上げる。鈴音はイヤイヤをする様にその手を離そうとする。

「母親に似て美しくなって来たな。」東は舌舐めずりする。鈴音は東の顔を見てゾッとした。

「なぁ、北條。1つ思いついたんだが、鈴音に子供を産ませてはどうだろうか?」東は北條に言う。鈴音は更に寒気がした。

「それはいいお考えですね!特殊能力は何かしら備わりそうだ。」北條は笑顔で言う。

「そうだろう?鈴音の母親である舞子も、鈴音を産んでもその能力は消えなかったし、衰えもしなかった。ならば鈴音が子供を産んでも同じなのだろう。更にその子供にも受け継がれるかも知れんし。」東は北條と鈴音を交互に見ながら言う。

「そうですね。能力の量産が出来そうだ。先生名案です!」東と北條は高らかに笑った。

「よし。第一号は優秀な遺伝子である私の子を産んでもらおう。」東は鈴音に手を出そうとする。

「い、イヤっ!」鈴音は身を捩って東の手から逃れようとする。

「やめろー‼︎」陽介は叫ぶ。

「奥の部屋をお使いください。」北條は東に言う。東は頷くとニヤけた顔で鈴音を見る。そして鈴音に手を伸ばす。

「俺の名を呼べ。」華月の言葉が鮮烈に鈴音の頭に蘇る。

「い、いや、いやぁーっ!かづきーーっ‼︎」

鈴音の叫びと共にドンっ‼︎という衝撃音が聞こえ、陽介を取り押さえていた男達数人は散り散りに吹っ飛ばされ、気絶していた。

「あ、あぁ...。」鈴音の頬に涙が伝う。鈴音の瞳には黒いロングコートにその身を包んだ華月と慎司の姿が映っていた。

「黒澤さんのお父さんですね。大丈夫ですか?」陽介の傍らについている慎司は陽介に声をかける。そしてその前に仁王立ちして北條と対面しているのは、華月であった。

「...私は大丈夫だ。君たちは?」陽介は慎司に聞く。

「よく頑張りましたね。後は俺たちに任せてください。」慎司は爽やかな笑顔で言う。

「私はいい、娘を、娘を助けてくれ!」陽介は慎司に縋りつく。

「なんだぁ?貴様ら、どうやって中に入った?」東は言う。北條は表情が変わっていた。北條は華月達に向けて手を払った。ギィィィーンっ‼︎という金属音が鳴り響き、華月の前に立ちはだかった綾乃は小刀で目に見えない何かを払い去った。

「⁉︎何故見える?」北條は驚いていた。

「華月様、工場内のシステムは制圧いたしました。」綾乃は前を見据えたまま華月に言う。

「あぁ承知した。」華月も前を見据えたまま答える。

「何をボサっとしている!ヤツらを殺せ!」東の声に残りの男達は一斉に銃を構えようとしたその時、北條の後ろからドンっ‼︎と音がした。北條は後ろを振り向くと東が壁に叩きつけられ、ズルズルと床に崩れ落ちる。その傍らには華月が立っていた。

「なっ⁉︎」北條は驚愕した。男達は華月に銃口を向ける。が次の瞬間、男達は血飛沫と共に倒れた。

「あ...あっ...かづ...き...」鈴音は華月の顔を見るとボロボロと大粒の涙を流した。

「やっと呼んでくれたな。」華月の声は包み込む様に優しく、華月の手は鈴音の頭をポンポンした。

「かづ...きぃ...」鈴音は子供の様に泣きじゃくる。華月は鈴音を縛っている縄を解きゆっくりと鈴音を抱き抱え陽介の方に歩き出した。北條は愕然としていた。

(何が起きた?コイツはさっきまで向こうにいたはずだ。)華月は悠然と北條の横を鈴音を抱えたまま通り過ぎる。そして、陽介の前に鈴音を下ろした。

「お父さん!」

「鈴音!」鈴音と陽介は抱き合った。

「ハデにやったわねぇ。」いつの間にか沙希が来ていた。

「沙希、2人を頼む。」華月は沙希に言う。

「オッケー♪任しといて!」沙希は華月にウインクする。

「き、貴様ら何者だ⁉︎」北條は華月達に言う。「とっくにご存知なんじゃないの?私たちの名前語ってくれちゃってさ!」沙希は北條に言う。

「何の事だ?貴様らなど知らん!」北條は言う。

「なら教えてあげる。judgement knightは審判の騎士じゃなくて、judgement night。審判の夜って意味よ。」沙希は得意気に言う。

「うわ〜...ハズっ!」慎司は恥ずかしがる。

「何よ!しんちゃん」沙希はむくれてみせる。

「ゴメンゴメン。北條さんだったっけ?つまり、俺らが正真正銘のjudgement nightさ。」慎司は言う。

「名付け親はわ・た・し♪」沙希も言う。鈴音と陽介はあまりの緊張感の無さにポカーンとしていた。

「貴様らがどこの誰でも構わない。」北條は眼鏡を掛け直した。

「慎司、沙希、気をつけろ。アイツはかまいたちだ。かまいたちは群れで行動するはずだ。必ず仲間がいる。」華月の言葉に慎司も沙希も緊張感を取り戻す。

「ほぅ、良くわかったなぁ。」北條は不敵な笑みを浮かべる。ギィィインっ!鈴音と陽介の横に立ちはだかった綾乃がどこから飛んで来たのかわからない斬撃をいなす。

「そこの女、何故わかる?」北條は綾乃に問う。

「答える必要はありません。」綾乃は言う。

「5匹か...。」華月は静かに言う。

「だね。」慎司も言う。

「⁉何故だ!︎見抜いたのか?」北條は驚いている。

「綾乃さん、沙希。」華月は2人に話かける。「何?」沙希は聞く。

「俺と慎司でヤツらを倒す。万に一つも無いと思うが、斬撃の飛び火から黒澤親子を守ってくれ。」

「御意。」

「わかったわ。」

「貴様ら、調子に乗るなよ。我らの連携見せてくれるわ〜!」北條は叫ぶ。

「あ、北條さんだったっけ?連携ってのは、3匹でも可能なのかな?」すでに慎司の両手には1人ずつ首根っこを掴まれて気絶している人型があった。

「っ!」北條は絶句した。

「...コレでまたお前1人」北條が慎司に目を向けている間に、華月は慎司とは反対方向におり、その前に気絶した人型を2つ積み上げていた。

「...あぁ...」北條はガクガクと震え出した。それは動物の本能とも言うべき、動物が強いものと対峙した時に見せる完全に萎縮している状態であった。

「あああ!」

だが、それを振り払う様に北條は雄叫びをあげる。そしてスーツの内ポケットから薬を取り出しバリバリと食べ出す。

「ふぅ、ふぅ。」北條の姿が獣へと変化していく。

「コレは...。」慎司は華月の顔を見る。「...。」華月は黙って見据えている。北條の変化は終わった。

「フー。まさか獣人化せねばならんとはな。」獣と化した北條が言う。身体も一回り大きくなっていた。華月と慎司に向かって手を払う。華月と慎司は避けた。そこに置き去りにされた、4匹の同胞の身体が切り刻まれる。

「マジか⁈お構いなしかよ!」慎司はかわしながら言う。

「華月、俺にやらせてくれ。」慎司は華月に言う。

「良いのか?」華月は逆に聞く。

「あぁ、統治者として、あんな薬の存在を許すわけに行かないし、アイツは同胞を切り刻んだ。」慎司は怒っていた。

「わかった。任せる。」華月は鈴音達の所に行くと

「少し離れるぞ。」そう言って、入口付近まで皆を下がらせた。

「何だ?1人で良いのか?」獣の北條は言う。「何で仲間を殺した?いや、お前の兄弟じゃないのか?」慎司は聞く。その顔には怒りが現れていた。

「弱い兄弟など必要ない!」獣は言い放つ。「...だから弱いのさ。」慎司は静かに言う。

「何?」獣は慎司に向かって猛スピードで突進した。慎司はヒラリとかわす。その慎司に向けて真空波を放つ。慎司は右手を一振りすると、真空波は地面に叩きつけられる。パリィィインと音がする。

「何故だ⁉︎何故、生身の貴様が獣人化した俺の斬撃を止められる?」北條は訳がわからなかった。

「そもそもの格が違うんだよ。」慎司は言う。

「何?」獣はギリギリと歯を食い縛る。

「イタチ風情が狼に敵う訳がないだろう?」慎司は冷たく言い放つ。

「狼?貴様、人狼か?」人狼、古より神話にも数多く存在する。狼に纏わる昔話や童謡は皆、彼らがモデルとなっている。群れで生活する事が多く、長クラスの実力は妖しの世界の中でもトップクラスを誇っている。慎司はその中でも特に稀少な白狼族の長で、この日本を二分する東の統治者と呼ばれ、妖しの力を持つ者を束ねる者であった。その名の通り、妖しによる問題の解決を主に行っている。人狼族は月の満ち欠けによりその力は倍増し、新月以外はその力を失う事はない。今宵は三日月。満月を10割とするのなら、3割の力を慎司は発揮出来る。

「人狼とはな...。もうとっくに絶滅したかと思っていたが...。」北條は不敵な笑みを浮かべる。右手を挙げると空間の歪みが生じ、そこから一本の棒が現れた。北條はそれを掴むと空間から引き抜いた。棒の先には大きな鎌がついており、妖しく紫色の光を放っている。

「...旋風(つむじ)」北條が一振りすると螺旋状の真空波が慎司に襲い掛かる。その速さは先程の物とは段違いの速さであった。慎司は真横に横っ飛びする。ドォーンという音と共に壁は円形に突き抜けていた。慎司は着地と同時に北條に飛び掛かる。

「待て慎司!」慎司は華月の声に止まる。

「...ほぅ。良い判断だ。」北條は華月を見て笑う。北條の頭上の空間の歪みから、4本の大釜が出てくる。その大釜は北條の四肢と尾に同化した。空間の歪みは消える。

「それが貴様の真の姿か...。」華月は言う。北條は目を細めて笑う。

「そのまま突っ込んでたら、切られたか...。」慎司は言う。

「あぁ。大した傷にはならんだろうがな。」華月は言う。

「‼︎貴様らぁ〜‼︎」北條は侮辱されたと激昂し、大回転を始めた。大きな旋風となり周りの壁に傷を刻む。鈴音達にもその刃は降り注ぐ。ギィン‼︎ギィン!だが見えない障壁が真空の刃を弾く。華月の力だ。

「華月様。」綾乃は華月を見る。

「何の心配もいらん。慎司に任せたのだから。」華月は言う。

「そうですね。」綾乃は慎司を見る。慎司は体制を低くし、何やら構えている様に見えた。

「大旋風(おおつむじ)‼︎」北條は回転したまま慎司へと突進し始めた。慎司も走り出す。キィン!と甲高い音が鳴り響き2人は交差して止まった。暫しの沈黙が訪れ、北條はバタリと倒れ絶命した。

「絶牙。」慎司は静かにそう言った。常人には見えないが、北條の身体から白い光が糸状に伸びて綾乃の持つ小刀に吸い込まれていく。北條の身体は見る見る人に戻っていった。最初に吹き飛ばされ気絶していた北條の部下と東が目を覚まし出した。

「華月、後はお願い。」慎司は言う。華月は頷くと東の目の前に立つ。

「ひっ!近寄るな!」東は華月を見て怯えていた。

「鬼眼」

華月の目が金色に輝く。長い髪の毛は銀髪へと変化していく。

「我は如月の鬼。閻魔大王の使い。この世の悪を裁く者なり。」

如月の鬼とは、死んであの世での裁きを待つまでもなく、この世で悪行の数々を繰り広げた者たちに地獄の行を課せられる、閻魔大王直属の12人の鬼の1人である。睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走それぞれの名を冠した鬼がおり、中でも如月の鬼は閻魔大王の信頼も最も厚く、閻魔大王と同等の力を与えられていた。当初は12人いた鬼だが、ある者は同族の鬼に裏切られその命を紡ぐ事が出来ず、またある者は力を持つ強大な妖に取り込まれ、またある者はその力を返納し、今では如月と弥生のみがこの世で活動する最後の鬼となっていた。北條の部下も東も金縛りにあった様に一歩も動けずにいた。

「人の人生を食い物にしてきた貴様らにふさわしい地獄を与える。」華月の瞳が光る。

「あぁ、あっいぃっ!」

「ギィヤァぁぁぁ!」東の身体には背の低い腹の出た餓鬼共が群がり、東の身体を食していた。

「や、やめろぉ!やめてくれ!」東は必死に引き剥がそうとするが、餓鬼は増える一方で身体を蝕んで行く。

「ひぃやぁ!...あ、あ。」東は身体を痙攣させながら、口から泡を吹いて倒れた。北條の部下達も同様に倒れた。華月はゆっくりと鈴音達の方に歩き出す。鈴音は華月の姿を見て美しいと思っていた。

「黒澤、それにお父さん。」華月は黒澤親子に話かける。

「もし今までの過去を思い出したくないのなら、ヤツらの記憶だけを消す事が俺には出来る。」鈴音と陽介は黙って聞く。

「俺の姿を見た者もその記憶を消さねばならん。」陽介と鈴音は顔を見合わせる。

「他言はいたしません。今日あなた達に助けて頂いた事も、その能力の事も。そして何より私は舞子を、妻の事を忘れたくない。」陽介は華月に懇願する。

「黒澤は?」華月は鈴音に問う。

「私もお父さんと同じ。そしてあなたを、あなた達の事も忘れたくない。」慎司と沙希、綾乃は顔を見合わせて微笑む。

「承知した。約定を結ぶ。」華月は2人の額に人差し指を当てる。淡い光が放たれる。

「今の言葉を違えた時、一切の記憶は無くなる。ゆめゆめ忘れぬ様にな。」華月の髪色が元に戻り、華月は力なく倒れ込むところを綾乃が支えた。

「お疲れ様でございました。」綾乃は寝ている華月に言う。

「帰ろっか。」沙希が皆に言う。

「あの人達は?」陽介は東や北條の部下の事を聞く。

「心配いりません。華月の行ったのは無限地獄。気絶し目を覚ましてもまたそこから地獄が始まる。あいつらはこれから先、寿命の尽きるまで無限ループからは逃れられない。」慎司は言う。

「ねぇ?鈴音。」沙希は言う。

「かづちゃんに惚れたでしょ?」沙希の言葉に鈴音は顔を赤くする。

「またライバル出現ね。」沙希は鈴音に言う。

「何で華月ばっかり。俺だって頑張ったのに...。」慎司はクサる。

「ふふっ。」綾乃も笑う。

「さぁ帰りましょう!」綾乃は皆に言うと工場を後にした。

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