誘拐

鈴音が神谷に絡まれてから、2日が経過していた。特段イベントもなかったが、土日をゆっくりと過ごす事が出来た。月曜日。外は朝から雨が降っていた。朝のホームルームの時間を告げるチャイムが校内に鳴り響く。日直が号令をかけ、挨拶が終わる。

「皆さんおはようございます。今日はこれから、全体朝礼があるので、各自体育館に移動して下さい。」皆は言われるままに体育館に移動を始める。1人で体育館に行こうとしている慎司に鈴音は話かけた。

「如月くんは?」慎司は鈴音に話かけられ驚いた。

「華月は今日はどうかなぁ?朝、迎えに行ったら起きてなかったみたいだし。」

「そうなんだ...。」鈴音は華月を気にしていた。

「俺の名を呼べ。」あの言葉がどうしても頭から離れず、思い出してしまう。

「何かあったの?とりあえず体育館行こう。」慎司は鈴音に聞きながら歩き出す。鈴音も続く。

「金曜日華道部が如月君家の華道教室見せて貰ったから、お礼言おうと思って。」

「黒澤さん、華道部に入ったんだ?華月ん家色々凄かったでしょ?」鈴音は頷く。

「華月も師範だからね。」慎司は得意気に言う。

「うん、見せて貰ったから...。」月光水と呼ばれた華月の技、そして華月のあの言葉を思い出していた。

「珍しいね、華月が活けるトコ見せるなんて。」慎司には意外だった。

「そうなんだ...。珍しいんだ。」鈴音は少し嬉しくなった。

「えっ?じゃあ、華月が教室やったの?」慎司は思い出した様に聞く。

「うん。如月くん1人でやって、綾乃さんと妹さんがサポートしてたよ。」鈴音は言う。

「それはレアだね。」慎司は驚いた。家元が用事で出かけたりする際には、華月も教室に綾乃と出ることは知っていたが、華月1人でやる事なんて慎司が知る中でも記憶になかった。

「そうなんだ...。」鈴音は益々嬉しくなる。「夕飯も食べた?」慎司は鈴音に聞く。鈴音はコクリと頷く。

「いいなぁ。綾乃さんの料理めっちゃ美味いんだよなぁ。」慎司は思い出す。

「凄く美味しかった。」鈴音は言う。

「羨ましい。」慎司は本音が出る。その後も体育館に着くまで綾乃の料理の話や華月の話が尽きることはなかった。体育館に入ると、クラス毎に1列に並んでいた。慎司と鈴音は1番後ろに並んだ。

「おはよ♪」いつの間にか隣に沙希が来ていた。

「沙希ちゃん、おはよ。」慎司は返す。鈴音も挨拶する。

「かづちゃんは、休みかな?」

「雨だしね。来ても午後じゃないかな?」

「そっか、そうね。」沙希は1人で納得していた。3年生の学年主任教諭小宮が壇上脇にあるマイクのスイッチを入れる。

「皆さんおはようございます。まず始めに校長先生のお話です。」校長の高橋は壇上に上がる。マイクの前で全校生徒に一礼をした。

「皆さんおはようございます。日々の文化祭準備お疲れ様です。本日は皆さんに残念なお知らせが1つあります。既に新聞やTVでご存じの方もいらっしゃると思いますが...。本校3年生の神谷龍司君が金曜日の夜にお亡くなりになりました。」

「えっ?」慎司は思わず声を上げる。体育館にいる全校生徒がざわつく。鈴音も驚いた様子で壇上を見る。

「神谷君は非常に活発な生徒であり...」高橋の話は続く。

「TVで今朝やってたわ。」沙希は慎司達に言う。

「どういう事?」慎司は聞き返す。

「痴情のもつれとか言ってたわね。何でも自殺した女の人の復讐の為に暴走族総長と幹部の神谷が銃殺されたとか。その銃でその人も自殺したみたい。遺書らしきものもあったみたいで、その遺書にはjudgement knightと書かれていたみたい。」

「また?judgement knight?...。」慎司は黙り込んだ。

「大宝製薬の下請け会社の倉庫で朝、出勤してきた社員が3人の遺体を見つけたとか。」沙希は言う。鈴音は大宝製薬と聞いて、見る見る顔色が悪くなり、その場に倒れ込んだ。

「黒澤さん?先生!」慎司は近くにいた先生を呼ぶ。慎司は鈴音を抱き抱えると、

「保健室に連れて行きます。」

「私も手伝います。」慎司と沙希は鈴音を連れ体育館を出て保健室に向かった。鈴音は目を開けると天井が目に入った。どうやら保健室のベッドの様だ。身体を起こす。

「気がついたみたいね。」保健医の三杉は言う。

「身体は何ともない?」三杉は鈴音に聞く。「...はい。」保健室の時計を見ると11時半を回っていた。

「どうする?気分が優れなかったら、早退してもいいわよ。」

「...はい。そうさせて下さい。ありがとうございました。」鈴音は保健室を出ると足早に教室へ向かった。ヤツらに見つかったんだ。早くお父さんと連絡取らなきゃ。授業中の教室のドアを開ける。皆の目線が一斉に鈴音に向く。鈴音は先生に早退を告げ、自分の荷物を持って足早に教室を去る。廊下に出た鈴音はカバンにしまってあったスマホを取り出した。不在着信58件。夥しい数の着信履歴が陽介と木島からあった。鈴音はすぐに電話する。

「鈴音!無事か?」陽介はすぐに出た。

「まだ学校にいる。ごめんなさい。朝礼で倒れちゃって。」

「無事ならいい。今から木島さんの部下に迎えに行って貰うから、学校内にいろ。いいね。」

「わかった。」鈴音は電話を切る。校内にいろったって、ドコにも行くトコなんかない。下駄箱まで来た鈴音だったが、中に引き返そうとした。

「黒澤?」聞き覚えのある声に鈴音は振り向く。そこには華月が立っていた。鈴音は自分でもわからなかったが、華月の姿を見て安心感とも言える想いがひしひしと込み上げ涙と共にその場にへたり込んだ。

「...俺について来い。」華月は黙って鈴音の手を引くと華道部の部室に連れていった。鈴音は華月に手を引かれながら、その間静かに泣いていた。華月は華道部の部室を鍵で開けると中に入り部室の電気は付けないまま、鈴音を座らせた。

「...何から話すか。」華月は言う。

「綾乃さんに色々調べてもらった。お前の過去もな。」鈴音は泣き顔を上げる。

「...お前なら信じられるはずだ。俺には特殊な能力がある。」

「えっ?」鈴音は華月の顔を見る。

「俺の言葉が頭から離れなかったろう?あれは言霊という力だ。」鈴音は黙って聞いていたが、その時電話が鳴った。

「もしもし、木島の部下です。お迎えに上がりました。」鈴音は華月の話を聞きたかったが、一刻も早くココから離れなければいけないという想いが勝っていた。

「ごめんなさい。でもありがとう。」鈴音はそう言うと部室から出ようとする。華月は自分の前を通り過ぎようとする鈴音の手を掴んだ。

「黒澤、もう一度言っておく。」

「俺の名を呼べ。」

華月は力強くそう言い放った。鈴音はコクリと頷くと、木島の部下の待つ駐車場へと急いだ。駐車場には1人の男が傘をさして立っていた。鈴音に気づくと、

「黒澤鈴音さんですか?すみません。吉村がバタついておりまして、私がお迎えに参りました。」吉村と言うのは木島の部下の名で、鈴音と共に暮らしている母役の女性の名だった。

「さぁ早く!お父様の所に参りましょう。」男はバンのドアを開ける。鈴音は素早く乗り込んだ。バンは学校を後にする。

「お父さんはどこにいますか?」鈴音は運転手に聞く。

「...それは私も知りません。あなた方の方が良くご存じのはずだ。」運転手がそう言うと、運転席と後部座席を遮る様にガラスの板が現れる。鈴音は騙された事に気づいた。必死にドアを開けようとするもチャイルドロックなのか開かない。エアコンの噴出口からガスが出る。鈴音は窓を開けようとするも開かない。口を咄嗟に腕で覆うもガスは吸い込んでしまう。頭が朦朧とする。催眠ガスの様だ。

「俺の名を呼べ。」華月の言葉が頭に甦る。

「...あ、か、かづ..」鈴音は力尽きてしまった。


学校の1階の事務所に鈴音の母を名乗る女性が来ていた。事務員は、

「もう帰られた様ですよ。」と伝える。

「そんなはずは...」吉村の脳裏に最悪の事態が浮かぶ。吉村は事務員に礼を言うと、駐車場で鈴音に電話する。が何度コールしても出ない。吉村は木島に電話する。

「もしもし。」

「ヤツらに先を越されたかも知れません。鈴音さんに電話が繋がりません。」吉村は言う。

「そうか、ご苦労。作戦を練り直す。帰って来てくれ。」木島は吉村に言った。

「申し訳ありません。」電話を切り吉村は車に乗り込んだ。華道部の部室から華月は一部始終を見ていた。ポケットのスマホを取ると綾乃に電話する。

「はい。綾乃でございます。」

「黒澤が拐われた。すぐに足取りを追ってくれ。車のナンバーはA○50 XX-XX。」

「承知いたしました。」

「俺もすぐに帰る。」華月は電話を切ると学校を後にした。

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