唯一無二の能力

時刻は20時30分を回ろうとしていた。如月家を後にした3人は最寄り駅に着く。綾乃から送って行くと申し出があったが、さすがにそこまではと3人共断った。華道教室から、夕飯と至れり尽くせりだった為、気が引けたのであった。

「じゃあ気をつけて帰るのよ。」河原先生は2人に言う。

「はい。先生も気をつけて。」香織は言う。鈴音は会釈した。

「私はバスだから、黒澤さんまたね。」香織は駅の反対口にあるバス乗り場に向かった。鈴音は電車に乗り隣の駅に行かなければならなかったが、鈴音は隣の駅まで歩き出した。少し頭を冷やしたかったのだ。ここまで静かに今の生活を続けていられるのも、父陽介と木島の計らいによるもので、感謝していた。でも何故逃げ続けなけきゃイケないの?私に特殊能力があるから?全ての原因は東と北條、アイツらの野心の為に母舞子は犠牲になった。

「お母さん...」鈴音は涙が込み上げる。そして今自分がそのターゲットになっている。自分と関わろうとする人間はことごとく、東の手の者に消されている。

大宝製薬という製薬会社が特殊な能力を持つ者の研究をしておりその力を薬剤化し、闇の取引をしている。その薬の用途は様々で、時に戦争に使われる事もあるという。母の予知能力も自分の治癒能力も薬剤化にまで至ってはいないものの、薬剤化の難しい能力程、稀少価値の高い能力とされており、母も自分も狙われたのだと木島から以前に聞いた。東は大宝製薬の密売や闇取引を警察に関与されない様に裏で手を回し、大宝製薬社長の北條は東に闇献金をする事で手を組んでいるのだとか。木島の見解だが、母の能力は政界に居座る為にも未来を知りたかった東が特に欲しかった能力だったのではないかと。それは北條も同じで予知能力の薬剤化が可能になれば、これ程儲けられる物はない。戦争に使われたり、悪しき事に使われる可能性が大いにある。もしかしたら、母舞子にはそんな未来が見えてしまったのではないか?と。それを止める為に母舞子は製薬会社の機密情報、東との関連性をマスメディアに晒そうとした節があると。舞子の能力は稀少能力ではあるが、他にも予知能力のサンプルはある。それに自分達の闇が明るみに出てしまえば、元も子もない。情報漏洩を恐れた東と北條は舞子を事故に見せかけ、殺害したのではないかと。そして後からわかった事だが、製薬会社に就職してきた社員の中に昔、鈴音の治癒能力を見た者がおり、調べたところ舞子の娘であった事に東と北條は驚いたのだとか。そして製薬会社の最重要研究として進められたのが鈴音の治癒能力。コレは今のところ唯一無二の存在で稀少能力の中でもトップに挙げられるものであった。権力者の夢共言うべく、不老不死を最終目標にしたプロジェクトの柱なのだとか。これなら未来は見えずとも、ずっと今を堪能出来ると考えたのではなかろうかと。研究に辺り鈴音の協力は必要不可欠であるが、東と北條は強引なやり方はせず、生まれ育った環境が特殊能力を育むには1番最適である事から、鈴音が病院にかかったり、学校の健康診断を受ける際に、必要なサンプルを採取するといった形を取っていた。だが、鈴音が中学生になってから、何で私だけ皆と違う検査を受けたり、採血されたりするんだろう?と周りとの違いに疑問が生じていた。それが原因でイジメにあったりもした。鈴音をイジメた奴らは事故で死んでしまったが。ある日鈴音は自分の周りに起きている事を父陽介に話した。陽介は瞬時に舞子が話していた鈴音の能力、そして舞子を研究していた組織の事が頭によぎった。

それから陽介は再生した会社を売りに出し、その金を元に、鈴音を守るべく、各地を転々としていた。だが唯一無二の能力をヤツらが逃すはずがない。それが鈴音の狙われる最大の理由。そして木島はこうも言った。

「私の会社で奴らの闇を一時的に晒すのは簡単です。ですが、奴らは警察にも手回ししているし、何より舞子さんの一件があってから、マスメディアにも手を回している。恐らくすぐに情報は改ざんされ、効果は無くなり、私達が逆に危険に晒されてしまうでしょう。ですが、奴らと正面から向き合わず、姿を眩ます位なら出来ます。」それから木島の指示の元、現在に至っている。鈴音は唇を噛み締めた。どうしようもない悪と戦う術がない事に憤りを感じた。

「俺の名を呼べ。」華月の言葉が頭に甦る。何でこんなに頭から離れないんだろう。と鈴音は思っていた。助けてほしいから?花から心を読み取られたから?普通の高校生に何が出来るのよ。でも言われた事は不思議と嫌な気はしていない。話てみたくなる。でもダメ!もう誰も犠牲にしないって決めたじゃない!しっかりしなきゃ。その為にお父さんだって、木島さんのところに身を潜めているんだもの。でもこんな事いつまで続くんだろう?鈴音は漠然とした不安感に襲われる。

「あれぇ?転校生?」不意に声をかけられても鈴音は振り向かず真っ直ぐ歩いた。そんな鈴音を逃すまいと男は鈴音に肩組みをする。次の瞬間、男のスマホから眩い光が発せられ、シャッター音がした。

「シカトとは釣れないねぇ。」聞き覚えのある嫌な声、そう神谷とか呼ばれてたアホな先輩だ。鈴音は神谷を睨みつける

「んだよその眼はよ。コレバラ撒いても良いんだぜ。」神谷は今、撮ったであろう写メを見せる。神谷と肩組んでツーショットの後ろの背景が最悪であった。ラブホテル。鈴音は考え事をしながら歩いていた事を悔いた。

「勝手にすれば。」鈴音は吐き捨てる。

「じゃあ、とりあえず俺の仲間に送るわ。」神谷はスマホを操作し、仲間に次の売女にしようと思うと送った。

「クズ...。」鈴音は吐き捨てた。

「あぁ?」神谷は鈴音を睨みつける。鈴音はそれでも動じない。

「あんたみたいなチンピラは早く消されるべきだわ。言っておくけど私に手を出したら、あなた消されるわよ。」鈴音は言うと神谷は笑う。

「そんな細腕で何粋がってんだよ。お前。とりあえずチームの資金繰りに回す前に味見しとくか。」神谷は鈴音をホテルに連れ込もうとする。

「嫌!離して!」鈴音は振り解こうと必死にもがく。神谷は余裕で鈴音の腕を取り入ろうとする。鈴音は神谷に噛み付いた。

「ってぇ!」流石に神谷は手を離す。鈴音は走り出すがすぐに追いつかれ、後ろから蹴りをくらう。その衝撃で前に倒れた。

「っつ!」膝を擦りむいたようだった。

「ねぇ、ちょっとアレ。ヒドイんじゃない?」周りのギャラリーが騒ぎ出す。

「あぁ?何見てんだコラ?」神谷はギャラリーに手を伸ばす。ギャラリー達は身を引いた。1人の男が神谷に捕まる。男は止めてくださいと手を振り解く。鈴音は神谷が男に絡んでいる隙に、人影に姿を消した。

「⁈テメェのせいで逃げられたろうが!」神谷は男を殴る。

「やめてください。」男は言う。周りのギャラリー達がスマホを構えて動画を撮り出した。

「んだおめぇら!撮ってんじゃねぇよ!」神谷は周りのギャラリーに殴りかかりながら、スマホを取り上げスマホを地面に叩きつける。スマホを壊された男も神谷に殴りかかる。神谷は誰かれ構わず暴れ出した。数人ともつれ合っているうちに、ピーッと笛を鳴らしながら警察が近づいてきた。誰かが警察に電話していた。それを見ると神谷はギャラリーを押し退け逃げた。


鈴音は走り続けて仮住まいをしている家の近くの公園まで来た。

「はぁ、はぁっ。」息を整える為に公園のベンチに腰掛ける。息も整った頃、制服のポケットからハンカチを出して出血している右膝にあてた。鈴音の能力は何故か自分には使えない。とりあえずハンカチで膝を縛って、同居人に見られない様に、スカートを膝下まで下ろした。仮住まいの家に入る。

「お帰りなさい。心配したわよ。」同居人の木島の部下が言う。

「ゴメンなさい。友達の家で文化祭の話してて。」鈴音は嘘は言ってないよねと思いながら話す。

「あら?そうなの。文化祭っていいわねぇ。これからも遅くなる?」木島の部下は聞く。

「もう大体話は終わったから、こんなには遅くはならないと思う。」鈴音は答える。

「そう。ご飯は?」木島の部下は母の様に話す。

「ご馳走になってきました。」鈴音は答えると、

「敬語はダメ。」木島の部下に釘を刺される。何でもコレも家族と見せかける為のカモフラージュになるんだとか。

「ゴメンなさい...。」鈴音は謝る。

「お風呂入っちゃいなね。」木島の部下は自分の部屋に入る。

「...うん。」IT企業の社員て女優も出来るの?と鈴音は母親役の部下に感心しながら、2階の自分の部屋に入った。風呂に入る気にはならなかった。ベッドに横になると強烈な睡魔に襲われた。


神谷は鈴音とは反対方向に逃げていた。河川敷に着く頃には、警察も追ってきてはいなかった。電話がなる。

「もしもしっ?総長?」神谷は息を整えながら電話に出る。

「なんだ息上がってんのか?サツにでも追われたか?」電話の男は神谷に聞く。

「そうなんすよ。今巻いてきたトコっす。」神谷は少し得意げに話す。

「何だ、マジか。何やらかした?」電話の男は冗談のつもりで言ったのだが、神谷なら有り得ると思っていた。

「駅前でちょっと殴っただけっす。」神谷は悪びれもせずに言う。

「程々にな。それよりさっきの写メ見たぞ。イイ感じの娘だなぁ。もう手出したんか?」

「出そうとして、逃げられてモメ事になったんすよ。」神谷は正直に言う。

「はははっ!そうだったのか。制服見るとお前と同じ学校だろ?」

「そうっす。転校してきた、1年っすね。」

「実はな、今度北條さんに呼ばれててな、良さげな娘を見繕ってたんだよ。この娘も連れてくから、ちゃんと調教しとけよ。リストと写メは北條さんに送るからよ。」電話の男は神谷に言う。

「了解っす。」

「じゃあな。」電話は切れる。調教と聞いてムラムラした神谷はチームの女の家に向かうことにした。神谷の所属する暴走族の総長である長井は北條に今度の会合で連れて行く、女のリストと写メを送った。暫くして、北條から電話がかかってきた。

「長井です。お疲れ様です。」

「挨拶はいい。お前の送ってきた写メみたんだが、男と写ってた女、今何処にいる?」北條の声は急いでいる。

「住所とかはわかりませんが、学校の1年とか言ってました。」長井は先程の神谷とのやり取りを思い出していた。

「何処の学校だ?」

「確か、県立N高校だったと思います。」

「それだけわかれば十分だ。それから、写真の男は今から大至急、第3倉庫に連れて来い。いいな!」ブツっと電話は切れる。

(なんだってんだ?)長井は腑に落ちないながらも、神谷に電話する。

「総長なんすか?俺今から女んトコ行こうと思ってんすけど。」神谷は不機嫌そうに言う。

「それがな、北條さんが今すぐにお前を第3倉庫に連れて来いってよ。お前と一緒に写ってた女の事聞かれたぞ。」長井は神谷に言う。

「何スカそれ?気に入ったんすかね?」神谷は北條とは面識がなく、呼び出される理由がわからなかった。

「知らねーよ。とにかくお前今何処だ?」長井は聞く。

「N駅の近くっす。」

「じゃあN駅に居ろ。俺が4輪で迎えに行くからよ。」長井は電話しながら身支度を始めた。

「了解っす。」電話を切る。神谷はタバコをふかしながら、駅に向かった。


北條は東に電話をかける。

「先生、すみません夜分に。火急の報告がありまして。」北條は東に謝る。

「何だ?」少し不機嫌そうな声色で東は答える。

「見つけましたよ。黒澤鈴音を。」そう言った北條の顔には笑みがこぼれた。

「本当か‼︎」吉報を聞き、東も一気に気分が上がる。

「まだ、私も本人は確認してないんですが、会合用に送られてきた女の写真の中に鈴音が写っておりまして。詳しい話はこれから写メを送ってきた連中に問い詰めますが。」北條は言う。

「第3倉庫でか?」少々人目に付きたくない案件の場合、第3倉庫を使う手筈となっていた。

「はい。」

「わかった。もし、鈴音にちょっかいを出している様であれば、いつもの様にな。」東は笑う。

「心得ております。それから、県立N高校に通っているとの情報を掴みましたので、早急に調べます。」

「調べるのは構わんが、慎重にな。アヤツの父親はまだ見つかっておらん。コチラの動きに勘づいてまた姿を眩ましかねんからな。恐らくは共犯がいるんじゃないのか?アヤツ1人で今まで逃げてもすぐに見つかったが今回は手口が違う。アヤツに入知恵しとる者を引っ張り出さんとな。いざとなれば、鈴音を囮に出て来て貰わねばならん。今後この様な雲隠れさせない為にもな。」東は先の事まで考えていた。

「はい。承知いたしました。先生、別件ですが、金の方の始末してしまって構いませんね。」北條は聞く。

「あぁ、構わん。任せる。」

「承知いたしました。これから執行いたします。」

「頼む。」電話は切れる。北條はニヤリと笑う。


前川みどりは椅子に座らされ、目隠しをされ、手は後ろ手に縛られ口には猿轡を噛まされていた。最初は抵抗していたが、それが無駄な努力と分かったからか、どうしようもない恐怖からか抵抗する気力もなくなっていた。ガチャリと扉の開く音がした。

「入り給え。」北條の部下は前田輝に言う。暗がりの倉庫に入ると明かりがつけられる。広いスペースに椅子に縛られた女性がいる。

「⁉︎っな?みどり?」輝は目の前の女性がみどりだとすぐにわかった。女性はピクリと動くと、

「んー〜っんー」と声にならない声をあげた。その横には眼鏡をかけたスーツ姿の男が椅子に腰掛けている。

「君が何故呼ばれたのかはわかるね?」眼鏡の奥の眼光の鋭い男は輝に言う。輝は東の使いと名乗った男から

「先生からあなたにどうしても伝えたい事があるから連れて来てほしい。コレは記事にしていただいて構わない。」と聞かされ、輝は男の言うままに付いて来た。

「みどり!」輝はみどりに駆け寄ろうとしたが、右の足首に激痛が走り転げた。

「っ!」見ると血が吹き出しており、右足首がない。

「あ、あぁーーっ‼︎」輝は必死に足首を押さえようともがく。4、5m先に自分の足首であろう物が転がっている。髪の毛を掴まれ顔を上げさせられる。

「何故?ネコババした?ん?」眼鏡の男に聞かれ、輝は血の気が引いた。

「あ、あっ...。」激痛と恐怖で言葉にならない。

「私の部下がね、あなたを尾行していたんだよ。あるお方のご用命でね。何でもご厚意をムダにしたそうじゃないか?ん?」眼鏡の男は輝に聞く。輝は料亭の話である事は瞬時に理解出来た。

「あれは私共の金だ。微々たる物だが、あの日あなたの帰り方が不自然であったと芸妓に伺ってね。それを聞いたあるお方、もう気づいてるだろう?東先生があなたが新聞記者である事をとても心配されてねぇ。念のためあなたに数日尾行をつけさせたんだよ。そしたら、喫茶店でこの女に話してるじゃないか?」北條は笑いながら言う。

「み、みどりは関係ない!」輝は激痛に耐えながら言う。

「関係ない?あなたが話さなければね。あなたのせいで彼女はこんな目にあっているんだよ。」輝はガクガクと震え出した。

「あ...あぁ、勘弁して下さい!お金は返します!だ、だからみどりは!」輝は懇願する。

「もうそういう問題ではないんだよ。先生は少しの憂いも許さない人でね。」ドアをノックする音がする。北條はアゴで部下に合図する。ガチャリと扉の開く音がする。

「なんすか?ココ?」聞き覚えのない若い男の声がする。

「北條さん、神谷を連れて来ました。」長井は言う。

「ご苦労。神谷君だね?君に聞きたい事があってお呼びだてしたんだが。」北條は言う。神谷は中の様子を見て驚いた。

「マジっ⁉︎足切られてんじゃん!」神谷は驚いて言う。

「あぁ...。君も返答次第ではこうなる事を覚えておくといい。」北條は鋭い眼光を向けながら神谷に言う。神谷は背筋が凍りつく様な寒気を覚えた。

「あの写メの女に手を出したか?」北條は静かに聞く。

「出してません。出そうとしたところで逃げられました。」神谷は北條の圧に押され真面目に答える。

「そうか、出さなかったか...。それを聞いて安心したよ。でも出そうとしたのはいただけないなぁ。」北條は輝の側からゆっくりと立ち上がり、神谷に向かって歩き出す。

「す、すぃません。」神谷は反射的に謝った。「わかれば良いのだよ。」北條は神谷の前に立つとニッコリと笑った。

「逃げられたって言ったよねぇ?どういう経緯だったか、教えてくれるかい?」北條は笑いながら言う。

「帰り道で偶然アイツが前から歩いて来たんです。丁度ホテルの真前だったので、写メを撮りました。それをネタにチームの売女に加えようと思ってました。す、すみません俺、手出しちゃダメって知らなかったんで。」神谷は完全に北條にびびっていた。

「それで?何で逃げられたの?」北條は表情を変えずに言う。

「...正直に言います。売女にする前に味見しようとホテルに連れ込もうとしたんです。」神谷は北條の顔色を伺いながら言う。

「でも抵抗されて、右手を噛まれました。」神谷は右腕を北條に見せる。そこには歯型のアザがあった。

「痛そうだね?」北條は心配そうに言う。その表情に神谷は気がゆるんだ。

「はい。思いっきり噛んで逃げたんで、頭に来て追いかけて、お返しに蹴りを食らわせました。そしたら周りにいたギャラリーが騒ぎ出して、動画撮り出したモンだから、カッとなって乱闘に。」

「女の子は怪我しなかった?」これまた心配そうに北條は聞く。

「倒れた時に足擦り剥いた位で、俺が周りと揉めてる時にいなくなってました。」

「そう。」

北條はニッコリと笑う。パンっ!と銃声が鳴った。

「‼︎っつ、痛え!」神谷は太腿を撃ち抜かれ、その場に倒れ込む。

「よ〜くわかったよ。お前アウトだわ。」北條は冷たく言い放つ。

「ほ、北條さん待ってください!」長井が止めに入る。

「長井、お前ウチに入りたいんだろ?よく見ておけよ。ウチの会社の事業は知っているだろう?」北條は目線だけを長井に移した。

「はい...。」長井は観念した様に俯く。

「大事なサンプルを傷つける、コレは何よりも重大な事故だ。物の価値がわからねぇヤツが、ウチの未来ある商品を傷つけやがったんだ。許せねぇよな?」北條は長井に言う。

「で、ですが...。」長井が言うとパンッと銃声がした。

「あ、あぁ...。」長井は胸を打たれて倒れ込む。

「そ、総長?」神谷は痛みに堪えながら倒れ込んだ長井を見る。

「あー、残念ながら。お前不採用な。もう聞こえてねぇか。」北條は長井に言う。長井は絶命していた。

「ひっ!あ、あぁ。」神谷は怯えた目をしながら、北條から離れようと必死に地面を這いつくばる。

「お前も後追えよ。総長と一緒なら寂しくねぇだろ?」神谷は恐怖に満ちた顔をしながら、声も出せずに震えている。北條は容赦なく神谷を撃った。神谷も動かなくなる。

「さて、大分時間食っちまったが。」北條は輝に向き直る。輝はみどりの側まで這っていた。

「どこまで話したか?そう、金を返す返さないの問題じゃないんだよ。」輝は出血多量で顔面蒼白、かろうじて意識を保っていた。

「復讐にするか。そうだな、女は暴走族に犯され自殺。彼女を暴走族に殺された恋人が復讐の為に総長と幹部を銃で殺害。自らも手傷を負い、復讐を果たした男は彼女を失った悲しみから、自らも後を追う様に遺書を残して自殺。こんな所でどうだ?」北條は部下に聞く。

「完璧です。」部下は言う。北條は輝に向き直り、

「そうだ。お前、ふざけた名前で保育園に手紙入れてたなぁ。なんだったか?」部下に聞く。

「確か、judgement knightです。」部下は答える。

「そうそれだ。その名で遺書を残そう。」輝は絶望に気が遠のく。

「放っておいても死にそうだが、そういう訳なんでな。」北條は輝のコメカミに銃を当て撃つ。輝は絶命した。

「女は公園に連れてって、犯した後に首吊りさせろ。服薬を忘れるなよ。飲ませる薬はわかるな?」部下は頷く。

「3日分ですね。」

「その通りだ。女の遺書もスマホに打て。この男の遺書は俺が書く。それからここの合鍵を長井のポケットに入れておけ。日本刀を一本忘れるなよ。」

「承知しました。」部下はすぐにみどりを抱え倉庫を後にした。みどりは諦めたのか、抵抗しなかった。北條は輝のスマホを取り出すと、指紋認証でロックを解除し、遺書を打ち出した。輝のスマホが指紋認証で解除される事は部下の調査でわかっていた。


みどりの仇は打てた。俺があんな事をしなければ、みどりがコイツらの目に触れる事もなかっただろう。

全ては俺の責任だ。

judgement knightとして、自分の犯した罪に裁きを下す。


北條は輝の左手にスマホを返し、右手に銃を持たせてその場を後にした。その後北條の部下達により、倉庫内は様々な偽装工作がなされた。


次の日の朝、出勤してきた社員は遺体を発見するとすぐに警察に連絡する。殺人事件として捜査が始まる。

警視庁捜査一課の寺田と竹内は現場に残された遺体に手を合わせる。

「こちらの2人は暴走族の総長と幹部ですね。」竹内は寺田に言う。

「この仏さんは?」寺田は輝の事を竹内に聞く。

「T新聞の記者の様です。身分証から名前もわかってます。名前は前田 輝。」竹内は言う。

「暴走族と新聞記者、どんな繋がりなんだか...。」寺田は考えこむ。竹内の携帯が鳴り、竹内は何やら話をしている。その間寺田は遺体をじっくり観察していた。

「寺田さん、S県S市内の公園で女性の首吊り遺体が発見されたそうです。死後3日が経過している様です。名前は前川みどり。スマホに遺書が残っており、こちらの前田輝の知り合いの様です。」竹内は寺田に報告する。

「遺書には何と?」寺田は竹内に聞く。

「こちら、S県警から送っていただいたんですが。」竹内はタブレットを寺田に見せる。

(輝、ゴメンなさい。もう私の身体はキレイじゃない。アンタに合わせる顔がない。さようなら。)

「...復讐か?」寺田は考えこむ。

「前田のスマホを鑑識が調べたところ、遺書が残っていた様です。」竹内は言いながら、鑑識が使っていたタブレットを見せる。

「judgement knight...。いつだったか、保育園のポストに金が投函されていた事件があったろう?それの手紙と同じ名前だな。」寺田は思い出す様に言う。寺田のこういう記憶力は流石だなと竹内は感心した。

「遺書もありますし、痴情のもつれ、復讐といったところなんですかね?」竹内は寺田に聞く。寺田は輝の右足の切口をじっくり観察していた。

「キレイ過ぎやしないか?この切口。」寺田は独り言の様に言う。

「日本刀で切ったにしても、人の足ってこんなにもキレイに切れるものなのか?」寺田は鑑識に問う。

「刀と技にもよりますかね。じっくりと調べてみないとわかりませんが、切れ味の良い日本刀、居合の達人であれば或いは。」鑑識は答える。

「居合の達人なのか?この暴走族は?」寺田は鑑識に問う。

「さぁ?でも言われてみると確かに不可解な切り口ですね。骨までスッパリですしね。」鑑識は言う。

「そうだろう?そう考えるとプロの仕業にも思えるよな?」寺田は言う。

「じっくり調べてみますよ。」鑑識は言う。

「頼む。」寺田は言う。

「復讐の線で進めるが、遺体の不可解な点もある。プロの仕業なら、誰かの偽装工作の線も考えておくか。」寺田は竹内に言う。

「わかりました。」竹内はメモを取りながら言った。

(何で切られた?本当に日本刀なのか?暴走族と言えど、易々と人の足は切れるものじゃない。)寺田は先の見えない事件に、眉間にシワを寄せるのであった。

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