如月流華道

慎司達の通う学校は放課後を迎えていた。部活に勤しむ者、文化祭の準備をするものと、放課後になっても学校は賑わっていた。帰りのホームルームが終わった後、鈴音と華月は担任の河原先生に声をかけられた。

「如月くんと黒澤さんちょっといいかしら?」2人の前に来た先生は続ける。

「黒澤さん、部活の所属希望は華道部だったわよね?」

「はい。」河原先生は続ける。

「この後時間ある?」

「はい。」華月は返事だけする。鈴音もコクリと頷く。

「良かった。如月くん、悪いんだけど、黒澤さんを華道部の部室に案内してくれない?そこで文化祭の話をしましょう。」

「わかりました。」華月は言う。

(華道部に所属希望を出したのは私なのに、何で如月くんも呼び止められたのかしら?何か如月くん私の案内係みたいで悪いな。)と鈴音は思っていた。

「私は一旦職員室に行ってから行くから先に行ってて。」河原先生は足早に教室を後にする。

「俺らも帰り支度して部室に行こう。」華月は鈴音に言う。

「あ、うん。」鈴音は答えると帰り支度をし始めた。

「華月、黒澤さんじゃあまたね。」慎司は2人に挨拶すると、教室を出て行く。華月は手だけ挙げて挨拶する。慎司はサッカー部に所属しており、文化祭当日の招待試合が近いため練習にも熱が入っていた。華月も鈴音も荷物は少なく、準備はすぐに終わった。

「行くか?」華月は鈴音に言う。鈴音は頷く。華月と鈴音は別棟の2階にある華道部の部室に向かう。向かう途中、特に会話もなく2人とも黙々と歩く。だが、鈴音は華月の雰囲気は嫌いではなかった。一見何を考えているのかわからないところはあるが、それは自分も同じ様に見えているんだろうなと思っていた。しばらくして、華道部の部室に着く。中には先客がいる様で明かりが付いていた。華月はノックするとドアを開けた。

「お久しぶりです。宮路先輩。」華月は中にいる人物に声をかけて、中に入っていく。鈴音は華月の後にピッタリ付いていく。

「久しぶりね如月くん、来てくれて嬉しい!」椅子に腰掛け本を読んでいた、ショートボブに眼鏡をかけた女子生徒が華月に振り向く。宮路 香織(ミヤジ カオリ)N高校の2年生で華道部の部長である。華月の影に隠れた鈴音に気づいた香織は、

「あれ?そちらは?」と華月に聞いた。

「入部希望だそうです。」華月は答える。

「ホント?」言うが早いか香織は鈴音の前に来る。

「私は部長の宮路香織。あなたは?」

「黒澤鈴音です。宜しくお願いします。」鈴音は答える。

「鈴音ちゃんに聞いてもいい?幽霊部員としてではないよね?」香織は祈る様に聞く。

「あ、あの、母が昔やっていたみたいだから...。少し興味があって。」鈴音は答える。香織はウンウンと頷いている。

「ゴメンね。変な事聞いて。ウチの学校自由だから、内申の為に名前だけ所属の幽霊部員も多くてね。」華月が先生に案内を頼まれたのは、そういう経緯なのかなと鈴音は思った。

「まともに活動してるのは、如月くんと私だけなの。」香織は華月を見る。

「え?」鈴音も華月を見る。華月は特に表情を崩す事なく椅子に座る。

「さぁ、座って。」香織は鈴音に座る様促す。鈴音は華月の隣に座る。

「先輩、文化祭の作品の件ですか?」華月は香織に聞く。丁度その時部室ドアが開いた。

「遅れてゴメンね。」河原先生が入ってくる。

「黒澤さんもいるわね。じゃあ始めましょ。」と香織に合図をする。河原由佳先生は華道部の顧問であった。

「まず始めに黒澤さんの入部を大変嬉しく思います!」香織はニッコリと笑う。

「文化祭の作品なんですが、この部室を解放して展示室としたいと思いますがどうですか?」香織は華月と鈴音を見る。華月は黙って頷く。鈴音も釣られて頷く。

「では部室を展示室といたします。」

「それから、コレはまだ企画段階だったんですけど、如月君ん家の見学をさせてもらえないかなぁと。」香織は華月を見る。

「すみません。俺が中々部活に顔出せてなくて。話が止まってましたよね。」華月は謝る。

「うぅん、如月くんはお家のお手伝いもあるんだもの。月一で部活に顔出してくれてるだけでも助かってるの。」香織は礼を言う。

「ちょっとウチに電話してみますね。」華月はポケットからスマホを取り出すと家に電話する。

「如月君ん家華道道場なの。」香織は鈴音に言う。鈴音はそれを聞いて先程からの話に合点がいった。コール音が2回鳴った所で繋がる。

「はい、如月でございます。」

「あ、婆ちゃん、俺。」

「オレオレ詐欺か?」

「違う。華月。」

「番号でわかっとったわ。」電話の相手は笑う。電話の相手は華月の父方の祖母で如月佐奈子(きさらぎ さなこ)

「婆ちゃんに相談なんだが、学校の文化祭が近くて、華道部がウチを見学したいみたいなんだ。コレから見学させても良いかな?人数は3人位。」

「良い良い。連れて来なさい。もうすでに綾乃を迎えに行かせた。」

「えっ?何で?」

「私からも華月に頼みがあっての。知人に不幸があったんじゃ。コレから私は知人の通夜に出かけねばならん。なので、今日の教室は華月に任せる。」

「了解。すぐに帰る。ありがとう婆ちゃん。」

「気をつけての。」華月は電話を切る。

「すみません。ウチの婆ちゃんの知人に不幸があったみたいで、俺は帰らなければならなくなりました。ですがこれからで良ければ、ウチに見学行けます。すでに今ウチの者が学校に迎えに来ており、車で向かえます。」鈴音はポカーんとしている。

「私行きたい!先生も鈴音ちゃんも行こ!」

「そうね、こんな機会滅多にないだろうし。すぐに準備してくるわね。」鈴音も場の空気に押されてか考えることもなくコクリと頷く。

「じゃあ、10分後に駐車場で。」皆バタバタと帰り支度をする。

鈴音と香織と河原先生は駐車場に3人で向かった。華月と1人の女性が黒いバンの前で話をしていた。その女性は鈴音達に気づくと会釈をする。

「すみません、お待たせしました。」河原先生は綾乃に言う。

「皆様、初めまして。私、西園寺 綾乃(さいおんじ あやの)と申します。如月家にお仕えさせていただいております。」年の頃は20代後半といったところだろうか、美しい所作で挨拶をするその女性に3人は驚いていた。

「早速ではございますが、皆様お乗り下さいませ。」綾乃はバンの横のスライドドアを開ける。香織、河原先生、鈴音は後部座席に、華月は助手席に乗り込んだ。綾乃は全員が乗り終えたのを確認してから、運転席に乗り込む。

「では出発いたします。」綾乃は車を走らせる。

「何かすみません。突然のご訪問で。」河原先生は綾乃に言う。

「お気になさらずに。皆様のご訪問の件は先程、お電話にて家元様よりお伺いしております。」華月の祖母である佐奈子は如月流華道の家元である。人間国宝とも称されるその華道の手技は、その道の者であれば知らぬ者はいないくらい有名であった。

「それにしても如月くん、こんな美人と暮らしてるなんて。」香織は華月に言う。華月は興味なさそうに窓の外を見ている。

「ホント、驚いたわ。」河原先生も言う。

「いえ、そんな事はございません。皆様もお綺麗でございます。」綾乃は自然に返す。社交辞令であるのかはわからないが、綾乃に言われて、河原先生も香織も悪い気はしなかった。

「婆ちゃんは?」華月は綾乃に聞く。

「もうお出かけになるとおっしゃっておりました。」

「そっか...。帰ったらすぐに準備しないとな。」

「すでに済んでおります。華月様は到着いたしましたら、お着替えをなさって下さいませ。」

「ありがとう。助かるよ。」綾乃はニッコリと微笑んだ。そのやり取りを見ていた香織が口を開く。

「華月様だって。」

「ねぇ。」香織と河原先生は顔を見合わせている。鈴音はポカーンとやり取りを見ていた。

「私は中学の頃に両親を事故で亡くしておりまして、天涯孤独となってしまいましたところを、家元様に拾っていただいた身。以来如月家にお仕えさせていただいております。家元様も、華月様も、香奈様もお優しいですし、毎日が楽しいです。私は如月家にお仕え出来て本当に幸せでございます。」綾乃の本心であった。窓を見る華月の耳が赤くなっているのを鈴音は見ていた。香奈とは華月の妹で、中学2年になる。

「香奈様って誰?」香織は聞く。

「華月様の妹君でございます。」

「如月くん、妹いるんだ?」香織は華月に聞く。

「はい。」華月は窓の外を見たまま答える。

「如月くんに似て可愛いのかしら?」河原先生も聞く。華月は答えない。代わりに綾乃が答える。

「それはもう。萌えでございます。」綾乃なりの冗談であった。

「会って見たいー。」香織は言う。

「お会い出来ると思います。」綾乃は香織に言う。

「塾は...休みか。」華月は綾乃に言う。

「はい。本日はお休みでございます。」綾乃が答える。

「香奈にも手伝ってもらうか。」華月は独り言を言う。

「そのおつもりの様でございましたよ。先程お電話がございました。」

「そうか。」華月は窓を見ながら答える。

「楽しみが1つ増えましたね、先生?」香織は言う。

「そうね、如月君の家庭訪問みたいで何だか私が緊張してきたわ。」河原先生は胸に手を置く。

「黒澤さんは兄弟は?」香織は鈴音に聞く。

「私は1人っ子。」鈴音は言う。

「そうなんだ。ウチは3人兄弟で、私には兄と弟がいるの。」香織は答える。

「喧嘩はしないけど、特段仲良くもないわね。」香織は誰に言うわけでもなく1人で答える。

「先生のトコは?」香織は聞く。

「ウチは弟と2人。」

「弟いるんだぁ。生意気ですよね?弟って。」

「そうねぇ。昔はそうだったわね。」と河原先生は笑う。その後も弟談義は如月家に着くまで続いた。車は30分程走り、目的地の如月家に到着した。

「到着いたしました。皆様お疲れ様でございました。」綾乃の声に後部座席一同は外を見る。立派な日本屋敷の門があり、如月流華道道場と看板も掲げられていた。門の内には門下生だろうか、何人かの人影が見えた。綾乃が車のスライドドアを開けると、香奈が走ってきた。

「皆様ようこそおいで下さいました。如月華月の妹の香奈です。」とペコリとお辞儀した。

「か、可愛い♪」香織も河原先生も口に出して香奈を褒め称えた。鈴音もそう思っていた。

「どうした?香奈。らしくもない。」華月は香奈に言う。

「たまには綾乃さんみたいにね。」と香奈はベロを出した。

「華月様、私は車を車庫に入れて参ります。華月様はお着替えの程、宜しくお願い申し上げます。」綾乃は華月に言う。

「あぁ。」華月は門の中に入っていく。

「皆さんもこちらへどうぞ。」香奈は3人を案内する。

「噂には聞いてたけど、凄いわね。」河原先生は圧倒されていた。門を潜り抜けると、左手に道場と思わしき建物がある。右手には蔵があり、正面には母屋と思われる家がある。蔵と母屋、道場はそれぞれ渡り廊下で繋がれており、ちょっとした博物館の様な感覚に3人は陥っていた。香奈は3人を道場の入口に案内すると、

「お履物はこちらに入れて下さい。」と下駄箱を手で示した。3人はそれぞれ下駄箱に靴をしまい、案内されるがまま道場へ入る。既に門下生と思われる20人ばかりの女性達が道場の中にはおり、皆それぞれ世間話に花を咲かせていた。上は老婆と呼ばれる年代から下は20代前半までの女性達がそこにはいた。花嫁修行の一貫として来ている者、純粋に華道を楽しむ者、礼儀作法を学ぶ者。各々思惑はあるがそこに集まっている者達は皆生き生きしている様に鈴音には見えた。香奈は3人を道場の入口付近の末席に案内する。

「すみません、今日は人数も多い日で。ココでも宜しいですか?」香奈は申し訳なさそうに聞く。

「いいのよ。私たちが無理に来させていただいたんだから。」河原先生は言うと2人もコクリと頷く。

「皆さんのも準備しますね。」香奈はニッコリ笑うと、門下生の間を挨拶しながら奥に消えていった。

「凄いわね。」河原先生は2人に言う。

「想像以上です。」香織は答える。鈴音も辺りを見渡している。

「あらっ?新人さん?」恰幅の良いご婦人が3人に話かける。

「いえ、私たちは見学に。」河原先生は答える。

「そう、若いのに感心ね。」ご婦人はそう言うと前の方の席に着く。奥から香奈が花と手提げを持って現れ、3人の前に用意し始める。

「手伝うわよ。」香織が手慣れた手つきで用意し始める。

「ありがとうございます。」香奈はペコリと頭を下げた。その時、前の方から綾乃の声が聞こえた。。

「皆様、大変長らくお待たせいたしました。本日の華道教室を始めて参ります。」綾乃の声に皆、正座をし、背筋を伸ばす。3人もそれに習った。

「まず始めに皆様にお詫び申し上げます。本日、如月流華道家元でございますが、諸事情により急遽欠席となります事、心よりお詫び申し上げます。」綾乃は静かに皆に頭を下げる。その横にいつの間にか和服に着替えた華月が立っていた。華月は静かに正座をすると、教室の門下生に挨拶をする。

「本日、如月流華道家元より教室の進行代行を賜りました、如月華月です。宜しくお願い申し上げます。」門下生一同に頭を下げる。その一連の所作は華月の端正な顔立ちもあり、見ている者をうっとりさせた。

「若先生だって、わかってたらもっとお化粧してきたのに。」先程の恰幅の良いご婦人が言うと皆笑った。

「それでは如月華月師範、本日のお題をお願いいたします。」綾乃は華月に言う。

「私事ではございますが、現在私の通う学校では文化祭を控えております。」と言うと後ろの3人を見る。3人は華月の視線にドキっとした。華月は門下生に目線を移し、

「そこで本日のお題は【祭】といたします。それでは皆様宜しくお願い申し上げます。」華月は礼をする。すると皆、手元の花と道具を手に取り始めた。

「皆さんもどうぞ。」香奈は3人に声をかける。

「祭かぁ、華月くんも粋なお題にしてくれるわね。さっきはドキっとしたわよ。」河原先生は言う。

「ですよね、私もドキっとしました。華月くんカッコイイですね。」香織は言う。

「そうね、普段の華月くんとは大違い。こんな一面があったのね。」河原先生が言うと2人も頷く。

「せっかくだから、私たちも、やりましょう。」先生が言うと香織も鈴音も道具に手を伸ばした。華月は門下生の質問に時折答えながら、道場をまわっている。綾乃と香奈はいつの間にか姿を消していた。しばらくして、華月は3人の前に来た。

「どうですか?」華月は3人に聞く。

「見てみて。如月先生。」河原先生はわざとらしく華月に言う。河原先生には自信があった。華道部顧問という肩書きもあり、華道は少なからず心得もあったからである。華月は河原先生の生けた花をじっと見る。

「綺麗にまとまっていますが、先生、上手く生けようとされましたね。そこに集中された為か、お題である祭の躍動感がない。」華月に言われて河原先生はハツとした。

「確かに...テーマ忘れてたわ。華月君凄いわね。」河原先生は素直に感心した。

「花はその人の心を教えてくれます。」華月は言う。

「華月君、わたしのはどう?」香織が聞く。華月は香織の生けた花をじっと見る。

「先輩のは祭をしっかりと意識されている。

楽し気な雰囲気が花から伝わってきます。」華月は笑う。

「やったぁ!」香織は素直に喜んだ。鈴音は何も言わないが、華月は鈴音の生けた花もじっと見る。

「母...」華月の言葉に鈴音は思わず華月を見る。

「大切な思い出がココには感じられる。」華月の言葉に鈴音は泣きそうになった。だが、まだ泣いてはダメ。自分にそう言い聞かせた。この青年は何故、母との思い出まで見抜けたんだろう?私と同じ、特殊な能力がこの青年にもあるのかな?鈴音は華月に興味が沸いた。華月はそれ以上は言わなかった。前の席に戻った華月は門下生に言う。

「皆様の想い想いの作品、拝見させていただきました。華道に大切なのは技術ではなく、皆様の想いです。本日も素晴らしい数々の想いに出会えた事に感謝いたします。また次回皆様にお会い出来る日を楽しみにしております。本日もありがとうございました。」華月は皆に一礼をする。門下生達も華月に一礼をすると拍手が沸き起こった。いつの間にか綾乃と香奈が戻ってきていた。

「皆様お疲れ様でございました。お気をつけてお帰り下さいませ。」綾乃の言葉に皆一斉に席を立つ。門下生1人1人に挨拶をし、見送ると時刻は19時を回っていた。

「華月様お疲れ様でございました。片付けは私がやりますので、どうぞ皆様と一緒にお食事をなさって下さい。皆様も宜しければお食事をご用意いたしましたので、是非お召し上がり下さいませ。」

「いや、皆でやりましょう!」河原先生は言う。香織はすでに動き出していた。鈴音もそれに続く。

「恐れ入ります。」綾乃は頭を下げる。皆の協力もあり、片付けは5分で終わった。

「如月君ありがとうね。」河原先生は華月に礼を言う。

「いえ。」華月はいつもの華月に戻っていた。綾乃の勧めもあり、夕食を皆食べて行くことにした。普通の家庭料理だが、皆で食卓を囲む事は香奈にも華月にも綾乃にも嬉しい事であった。華月は食べ終わると早々に席を立つ。

「道場に行ってくる。」

「承知いたしました。」綾乃は言う。

「何かあるのかな?」香織は言う。

「華月様の日課でございます。」ふ〜んと皆は華月を見送る。

「それにしても凄かったわね。」河原先生は言う。

「ホント、華月君全然違うんだもの。」香織も言う。女子トークは弾む。

「私ちょっとトイレに。」鈴音は席を立つ。

「渡り廊下の手前にございます。ご案内いたします。」

「あ、大丈夫です。」鈴音は席を立つ。鈴音は華月が気になっていた。道場で何をしているんだろうと盗み見るつもりはなかったが、好奇心が勝っていた。道場の真ん中に華月はいた。明かりもつけずに何をしているんだろうと見ると、華月の生けたであろう一輪の花が淡い青い光を放っていた。

「黒澤か?」華月は声をかける。

「ごめんなさい。」鈴音は反射的に謝る。

「いいさ。」華月の声は優しい。鈴音は華月に近づくと華月の隣に座った。

「これは?」剣山に生けられた花の茎から水が吸い上げられていく何とも不思議な現象で鈴音は聞く。

「月光水」華月は静かに答える。

「花の命は手折られた時点で失われていく。そんな命を少しでも永らえる様に、花に息吹を与える。」華月は続けて言う。

「黒澤の生けた花からは別の事も読み取れたんだ。」鈴音は驚いた。

「母を想う心と、深い悲しみ。そしてある人物達への憎悪。」鈴音は震えていた。

「...話してみないか?」華月の言葉に鈴音は涙が溢れそうになる。でも頑なにそれはダメと自分に言い聞かせた。そんな鈴音の様子を察してか、

「...黒澤、どうしようもなくなったら俺の名を呼べ。」華月はそう言い残すと母屋の方に向かった。そんな事出来ないと鈴音は思いながらも、華月の言った、俺の名を呼べ。の言葉が胸に突き刺さって離れなかった。渡り廊下を歩いていた華月はその先に綾乃が片膝をついて控えていたのを目視した。

「綾乃さん、調べてほしい事がある。」華月は小さな声で言う。

「黒澤鈴音とその背景を。」

「御意。」綾乃は片膝をついたまま静かに答える。華月は空に登った半月を見上げていた。

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