マイペース
鈴音が転校して来てから、数日が経った。4時限目が終わり昼休みを迎えていた。慎司や華月達も必要以上に鈴音に絡む事はなく、鈴音にとっては平穏な日々を過ごしていた。
「黒澤さんはまた?」華月を起こしに来た慎司は指で上を指す。
「えぇ...。本当にありがとう。」鈴音は慎司にお礼を言う。
「いいの、いいの。共用スペースなんだから。」慎司は笑って見せた。鈴音も微笑んだ様に見えた。
「華月、起きてよ。ご飯行くよ。」慎司は華月に話かける。
「お、噂の転校生可愛いじゃん。」教室のドア付近から声が聞こえる。慎司と鈴音は目線を向けるとそこには、3年生の神谷龍司(かみやりゅうじ)と取巻きの2人がいた。教室内がざわつく。神谷は暴走族に所属しており、つい最近まで、停学中であった。3人はズカズカと教室内に入り、慎司を押し退けて鈴音の前に来る。
「俺、神谷って言うんだ。仲良くしてよ。」「...」鈴音はぺこりと頭を下げる。
「今から飯だろ?俺らと食おうぜ。」鈴音は返答に困った。
「あの、私...。」神谷は構わず、
「いいじゃんいいじゃん、俺、君と仲良くなりたいしさ。」
「あ、あの...。」鈴音は慎司に目線をやる。
「先輩、黒澤さん先生に呼ばれてて。」慎司は神谷に言う。
「あ?お前に聞いてねぇよ。んなモンシカトしときゃいいんだよ。」神谷は慎司に凄んでみせる。
「それともココで食うか?高原、飯買ってこいよ。俺はこの娘と話があるからよ。」
「お断りします。自分で買いに行って下さい。」慎司は臆する事なく返す。
「テメェは調子乗ってんな?テメェといい、如月といい、シメなきゃわかんねぇか?」神谷は寝ている華月に目線をやり、
「テメェもいつまでも寝たフリしてんじゃねえぞ!」神谷は華月の後ろに束ねた髪を引っ張った。華月は椅子から転げ落ちる。
「あ、」慎司はまずいと思った。鈴音は驚いている。
「気のきかねぇヤツだ。さっさと席開けろ。」神谷は華月を見下ろした。華月はムクリと起き上がると神谷の腕を掴む。
「あっ?んだこの手は?」神谷は凄む。
「...貴様か眠りを妨げたのは...。」華月の腕に力が入る。
「っ!」神谷はその手を振り解こうとしたが、華月の手は離れない。
「何人たりとも眠りを妨げるものは許さん。」華月は静かに言う。
「テメェやんのか?」神谷は華月の胸ぐらを掴む。華月はビクともしない。その時だった。
「先生っ!コッチです!」女子生徒のその声に神谷は華月の胸ぐらを離す。と同時に慎司は華月の手を神谷から引き離す。
「テメェら覚えてろよ!」捨て台詞と共に神谷と2人は去っていった。」それと入れ代わる様に沙希が教室に入ってきた。
「面倒なコトになるところだったね。」
「沙希ちゃんが今の?」慎司は沙希に聞く。
「そう。先生なんてウソ。」沙希はベロを出して笑った。
「助かったよ。」慎司は安堵した。
「黒澤さんも大丈夫?」慎司は鈴音に聞く。
「私より如月くんが...。」華月を見ると仁王立ちしている。
「あぁ、華月は大丈夫。まだ半分寝てるんじゃないかな?」華月は立ったまま目を瞑っている。
「相変わらずね。」沙希はヤレヤレと言った感じで笑った。
「かづちゃん、ご飯行こ!」
「...あ、あぁ。」華月はようやく目を開ける。
「黒澤さん、俺らも行っていいかな?」そう言って慎司は指で上を指す。
「少しあのバカな先輩の話もあるし。」
「うん。」鈴音は頷く。
「沙希ちゃん、悪いんだけどあのバカと鉢合わせになりたくないから、パン適当に買ってきてくれない?お金渡すからさ。」慎司は沙希に手を合わせる。
「いいよ♪私の分も奢りね。」沙希はニッコリと笑う。
「あ、あぁわかった。」慎司は内心、今月厳しいのにと思って財布から2千円沙希に渡した。
「じゃあ行ってくるね。」沙希は軽快に購買に向かった。
「はぁ。俺らも行こうか。」慎司は華月の腕を取り屋上に向かった。鈴音は少し2人と距離を置いて後から着いてくる。誰も見ていない事を確認した後に屋上への階段を素早く登る。慎司は鍵を開けて屋上に出た。程なくして鈴音も来た。
「黒澤さん、ちょっと華月みててくんない?」鈴音は言われるままに、半分寝ている華月の身体を支える。支えてみてわかった事だが、意外にガッシリとした身体つきである事に驚いた鈴音は華月の顔を見た。普段は長い髪で隠れがちなその顔は男性とは思えない程、美しい顔立ちでガッシリとした身体には似つかわしくない。思わず息を呑むほど、鈴音は見とれていた。
「用意できたよ。」レジャーシートを敷き終えた慎司の言葉に鈴音はハッと我にかえる。
「どうかした?」鈴音が驚いた様子なのが気になって慎司は聞く。
「あ、なんでもないの。」鈴音は顔を背ける。
「顔赤いよ。」慎司はニヤニヤしながら言う。
「ち、違うの、暑いだけ!」鈴音は慌てて否定する。が全身の血流が顔に集まるのが自分でもわかった鈴音は華月から手を離した。
「おっと。」慎司はしっかり華月を支え、レジャーシートに寝かせる。
「黒澤さん、わかりやすいね。」慎司は笑う。
「...」鈴音は俯く。
「まぁ座りなよ。」慎司は笑いながら鈴音に座る様に促す。鈴音は腰を下ろすが慎司の顔を見ない。
「さっきの神谷の話。」鈴音は慎司に顔を向ける。
「アイツは暴走族幹部でアイツの所属する暴走族には悪い噂が沢山あってね。」
「ドラッグや売春で資金繰りしていて、反社会勢力にOBがいるらしい。」鈴音は黙って聞いている。その表情は驚きもせず、いつもの人に無関心な鈴音の表情に戻っていた。
「...意外だね、あんまり驚かないんだね?」慎司は鈴音に話かけた。
「あ、うん。」鈴音は俯く。鈴音にとって、自分や父陽介、母舞子が散々追いかけ回された、ヤツらに比べたら暴走族なんて大した事はなかった。反社会勢力を操る人物を鈴音は知っていたからだ。そして鈴音に絡む連中はことごとく消された。それを思い出したら、顔から血の気が引いていくのが自分でもわかった。
「今度は顔青いよ。大丈夫?」慎司は鈴音の表情がみるみる変わった事が気になった。
「大丈夫...。ちょっと眩暈がしただけ。」鈴音は大きく息を吸い込むとふーっと吐いた。
「あの人がまた絡んできても私は大丈夫。」
自分に言い聞かせたのか、慎司に行ったのかわからない口調で鈴音は言う。
「...何故?と聞くのは野暮かな?」慎司は鈴音に聞いた。
「ゴメンなさい...。」鈴音は俯く。慎司の質問に答えられないという事なのか、それともいつもの関わりになる事を嫌っての返事であるのか慎司にはわからなかった。沈黙を破ったのは屋上のドアの開く音だった。
「お待たせ。」沙希が紙袋3つ持って現れた。
「なに?なんかあったの?」沙希は2人の微妙な空気を感じ取ったのか、2人に聞く。
「あ、いや、なんでもないよ。」慎司は答える。鈴音は黙っている。
「ふ〜ん。」沙希は何気ない返事をした。
「かづちゃん!ご飯買ってきたから起きて!」沙希は華月を起こしにかかる。華月はまだ寝ている。
「かづちゃん!」沙希が再び声をかけると華月は眠そうに身体を起こした。
「そういえば、神谷いなかったよ。」沙希は慎司に言う。
「そうなの?帰ったか。」慎司は答える。
「どうでもいいけどね。」沙希は興味なしといった感じで、慎司と華月に紙袋を一つずつ渡す。
「鈴音はお弁当よね?」沙希が鈴音に聞くと鈴音は頷く。
「はい、しんちゃんの奢り。」沙希は鈴音にペットボトルのミルクティーを渡した。
「あ、ありがとう。」鈴音は沙希にお礼を言う。慎司は苦笑いしている。
「お釣りは?」
「ないわよ。皆の飲み物買ったらちょうどだもん。」
「あ...そう...。」神谷がいなかったなら自分で行けば良かったと慎司は思った。
「神谷がどうかしたのか?」華月が口を開く。
「覚えてないの?」沙希は聞く。
「?あ、あぁ。アイツ停学明けたのか?」華月はパンの個包装の袋を開けながら聞く。その表情はまだ眠そうだ。
「さっき喧嘩になりそうだったじゃない。」沙希は華月に話す。
「誰が?慎司か?」華月は慎司に聞く。
「華月に聞くだけ無駄だよ。眠い時の華月じゃ無理もない。」慎司はヤレヤレと言った感じでパンを食べながら言う。鈴音も弁当を食べる箸が止まる程、華月の発言に驚いていた。
「もういいわ。あんなバカの事は置いといて食べましょ♪」沙希は華月に言う。
「あぁ...」華月はパンを食べ始める。
「そういえばさ、沙希ちゃんのトコは文化祭何やるの?」慎司は沙希に聞く。
「コスプレ喫茶。」沙希は楽しそうに言う。「へぇ。沙希ちゃんは何やるの?」
「私はチャイナドレス♪」スタイルの良い沙希には似合いそうだなと慎司は思った。
「しんちゃんトコは?」沙希は聞き返す。
「ウチは演劇。シンデレラだって。」
「何か役やるの?」
「やらないよ。俺と華月、黒澤さんは物品の買い出し係。」
「なぁんだ。つまんない。しんちゃん達キャストだったら、見に言ったのに。」沙希は悔しがる。華月は黙々とパンを食べている。
「裏方でいいよ。俺らは。ねっ?華月。」慎司は華月に意見を求める。
「あぁ。」華月はパンの最後の一切れを口に入れる。
「ちょっ!食べんの早くない?」沙希は華月に言う。
「寝る...。」華月は更に上の定位置に向かって歩き出した。
「まったく。マイペースにも程があるわね。」沙希は言うが怒ってはいない。
「あれが華月だもの。」と慎司が笑う。鈴音は華月を目で追う。
「鈴音も何か言ってやんなよ。」沙希は鈴音に言う。
「私はべつに...。」鈴音はまた弁当を食べ始める。
「マイペース過ぎるわよあんた達。」沙希は言う。
「そうだよ。まったく。」慎司が言うと、
「しんちゃんもよ。」沙希は冷静に言う。
「えっ?」慎司は沙希には言われたくないと思ったが口には出さなかった。
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