転校生 〜黒澤 鈴音の章〜

S県T市 にある県立N高校。そこに通学途中の高原慎司(タカハラ シンジ)はどこぞの誰かが網棚に置き忘れた?捨てていった?スポーツ新聞を手に取り読んでいた。

《義賊現る⁉︎》昨日S県S市にあるN保育園の郵便受けに黒いビニール袋が投函されており、中には現金300万円が入っていた。そのビニール袋には1通の手紙も一緒に入っており、そこにはこう書かれていた。

【この金はとある政治家の闇献金である。前途ある子供達にこの金を使ってほしい。judgement knight】N保育園の土田園長はすぐに警察に連絡し、事情を説明した模様。土田園長は保育園始まって以来の大事件。警察の捜査に全面的に協力いたしますとコメントしている。令和の義賊、審判の騎士は本当にいるのか?本当にとある政治家の闇献金であるのか?警察の捜査は続いている。

「審判の騎士...か、世の中には物好きなお人好しっているモンなんだねぇ?華月(かづき)。」慎司は隣りで寝息を立てている親友に話しかける。華月は起きない。

「やれやれ。」いつもの事とはいえ、ボチボチ起こさなきゃと思い、華月にもう一度話しかける。

「華月、ボチボチ起きてよ!」慎司は華月の肩をゆする。

「あ、あぁ...」華月はまだ半分寝ている。慎司が焦るのにも理由がある。慎司達の通うN高校の最寄駅であるK駅。そこの一つ手前のM駅は乗り換え駅で、毎朝沢山の人が乗ってくる。K駅で降りるのも一苦労という訳である。今の内にいいポジションに居ないとな。慎司は華月を誘導しつつ、ドアに割と近いポジションに着いた。華月は慎司に腕を取られながらも、まだ眠っている。アナウンスが入る。

「M線にお乗り換えの方は次の駅でお降り下さい。」電車はM駅に到着。電車の中からホームに並んでいる人混みを見て慎司はゲンナリとなった。見る見る内に車内は身動きの取れない程ギュウギュウ詰めになった。そんな中でも華月の静かな寝息が聞こえる。慎司はそんな華月を見ながらまた、ヤレヤレと思った。そうこうしている内に電車は目的地のK駅へ。

「華月降りるよ!」慎司は華月の腕を取り必死に出口に向かう。発車の音楽が鳴り響いている。慎司は何とか間に合ったとホームに足を下ろしたその時、

「ゴメンなさい!」という女性の声と共に華月の腕を掴んでいた所にドンっと衝撃が走り、気づけば華月は電車内に。

「...あぁ、ゴメン華月!」慎司は華月に手を合わせた。それでも華月は気持ち良さそうに眠っている。電車は次の目的地に向かって走り出す。


K駅からN高校までの道のりを1人歩いていた慎司は後ろから聞き慣れた自転車のベル音がして振り返った。白崎沙希(しらさき さき)。

「おはよ!あれっ!?かづちゃんは?」というのと同時に自転車から降りて慎司の隣を歩き始める。

「おはよう。残念ながらね、揺られて行ったよ。」慎司は肩を落とす。

「しんちゃんが悪いわけじゃないでしょ。」と沙希は笑う。続けて、

「やっぱり自転車にすれば?そしたら3人で一緒に来れるし。」沙希は慎司に言う。

慎司と華月は小学校から同じで、高校まで一緒であった。沙希は小学2年生の頃に、病気で母親を亡くし、以来、父子家庭で父親の仕事の関係でアメリカと日本を行き来していた。中学生になり、とある事件をきっかけに華月達と仲良くなり、家も近所で慎司や華月の家と家族ぐるみの付き合いもあって沙希は日本に残り、父親が単身赴任という形をとっていた。そして現在に至る。

「華月が起きてればね。」慎司は笑う。

「かづちゃんなら寝てても乗れそうじゃない?それか、しんちゃんの後ろに乗せたら?」沙希も笑う。

「朝から筋トレは嫌だよ。沙希ちゃんが乗せてよ。」

「わたし?わたしは別に構わないけど。かづちゃん落っこっちゃうから、紐で結わかないと。」沙希はノリの良さもあり、同性にも異性にも好かれるタイプ。父親がアメリカ人、母親は日本人のハーフという事もあり、顔立ちも整っている。ファンは多い。

「華月が沙希ちゃんのファンに殺されそうだからやめとこ。」そんなこんなで他愛もない話をしている内に学校に着く。下駄箱で上履きに履き替え、階段を登り廊下を歩く。そんな時も会話は続く。

「じゃあまた後で。」沙希は隣の教室に入っていった。慎司と華月は運良く同じクラスであった。やがてチャイムが鳴り響き、ホームルームの時間となる。担任の河原由佳(かわはら ゆか)先生が教室に入る。隣には長い黒髪の良く似合う女の子が一緒に入ってきた。男子がどよめく。日直が号令をかける。あいさつが終わり皆席に着く。

「今日から転校生が1人仲間になります。」河原先生の声が響く。

「自己紹介お願いね。」と黒髪の女の子に声をかけた。

「黒澤鈴音(くろさわ りんね)です。よろしくお願いします。」男子がどよめく。沙希をモデルタイプとするなら、鈴音は守ってあげたくなる様なタイプ。しかし、どことなく影がある様な憂いがある様に慎司には思えた。

「はいはい、1時限目どうせわたしだから、後でたっぷり時間取るから。出席取るわよー。ってもう目に付くんだけど、如月(きさらぎ)くんは?」と河原先生は慎司を見る。

「すみません。電車を降りる時にお姉さんにぶつかられてそのまま降りられずに...」

「遅刻って訳ね。良し、決めた!後で如月くんに学校案内して貰おう♪席も隣だしね。」確かに1番後ろに並んで空いている席が2つ。

「黒澤さんは、1番後ろの席に座ってね。黒板は後ろでも見える?まぁ、今はタブレットもあるから、大丈夫だと思うけど。」

「はい。見えます。」鈴音はそう言うと、席と席の間を静かに通り1番後ろの席に腰かける。 

「では出席を取ります。」河原先生が出席を取り終え、一旦5分休憩となる。その間も鈴音の周りに人だかりが出来ていた。慎司はそれを遠巻きに見ていたが、

「あ、あの、わたしトイレに...。」鈴音がそそくさとトイレに行くのが、逃げている様に思えた。やがて、チャイムが鳴り、一時限目が始まる。河原先生が再び教室に入って来た。河原先生の授業は歴史分野。世界史も日本史も。

「黒澤さんの歴史を知りたい君たちの気持ちは良くわかる。でも、その為にはまず、歴史の勉強をし、コツを掴む事が必要なのでは?」と周りを楽しくさせる要素がある。人気の教師である。まぁそんなこんなで一時限目も半分を終えたころ、

「さて、諸君らの勉学はここまでにして、後は雑学としよう。」河原先生なりのコミュニケーションタイムを用意してくれた。が、鈴音はそれを望んではいない事は慎司にはわかっていた。しかし、観念した様に鈴音が俯いた時、教室のドアがガラリと開いた。

「...遅れてすみません。」如月華月の登場に、今度は女子がどよめいた。黒髪の背中まで伸びた髪の毛を後ろで結いている。慎司は社交性に優れ、明朗快活な太陽。華月はその名の通り静かに佇む月。女子の間ではこの様に言われていると、沙希から聞いていた。

「おはよう如月くん。やっと来たわね。わたしの授業に遅れるとはいい度胸じゃないの?」わざとらしく、腕組みをした河原先生が華月に言う。

「すみません。」言い訳もせず、ただ頭を下げた華月に河原先生は何も言えずにいた。

「...まぁいいわ。如月くん、後で転校生を校内案内してあげて。それで手を打ちましょう。」素直な華月が河原先生は好きなのだ。

「わかりました。」そういうと華月は1番後ろの自分の席に座った。

「よろしく。」華月は一言だけ鈴音に言ってすぐに机に突っ伏してしまった。

「あ、はい...」鈴音は内心ホッとしていた。自分にあまり関わろうとしないこの青年が隣の席で良かったと。とはいえ、一時限目の残り時間が鈴音には苦痛であった。他者の目、他者の言、全てが煩わしかった。

「あまりわたしに関わらない方がいいよ。不幸な死に方をするよ。」1時限目の終わり側に鈴音の放った一言がその場の空気を変えた。そして、チャイムが鳴った。休み時間の度にトイレに行きギリギリに帰ってくる鈴音の行動に女子達も早くも距離を置く様になっていた。しかし、コレは鈴音に取っては望むところであった。

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