最終話 泡沫

―透人ー

寒の戻りも減ってきて桜の蕾が膨らんで来た頃。しっかり手をつないで、二人で川沿いを並んで歩く。

「待ってー。」

子どもが落としたボールが転がってくる。朔也さんは俺の手を離し、小走りにボールを追いかけた。

「はい、気をつけなよ。」

子どもの目線までしゃがんで、ボールを手渡す。

「ありがとう!」

子どもはボールを抱え、父親らしき男の人の元へ走って行った。

「朔也さん、無理しちゃダメだって。」

「心配性だなあ、透人は。」

また手を繋ぎ、歩きながら頭上を見上げる。

「もうすぐ咲きそうだね、桜。」

「だね。」

「…朔也さん、なんであの頃ピンク色の髪にしてたの?」

出会った頃の事を思い出す。柔らかな桜色だった髪色は、今では暗めの茶色に変わっている。

「だって、春だったから。」

ざっ…と、強めの風が吹く。

「桜が咲くとさあ、何かが始まる予感がしない?俺の髪も桜色にしたら、何か良いことあるかなって。」

「良いことあった?」

「あった。」

「何?」

「透人と出会えたじゃん?」

「そっか。」

俺より小さな手を引いて歩き出す。

桜の枝葉が揺れた。突風が吹く。

思わず目を瞑った。飛ばされそうな強い風。まるであの日、桜吹雪を見た時のような。

『名木ちゃん。』

―懐かしい声に呼ばれた気がして、振り返った。

風が止む。俺の髪に絡んでいた桜の花びらが、はらはらと揺れながら地面に落ちた。

「…気のせいか。」

乱れた前髪を整えながら歩き出す。

左手に持った買い物袋がガサガサ音を立てる。帰りがけに立ち寄ったカフェで買ったキャラメルラテを飲みながら、俺は満開の桜を見上げた。

愛しい人の微笑みを、思い出しながら。


―fin―

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桜吹雪と泡沫の君 叶けい @kei97

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