7.長い話を書く方法(その4)

 腰を20回まで突き上げた中年男に雪乃が優しく声を掛けた。


 「ちょっと、待たんかい。このボケ!」


 男が動きを止めた。男の顔に安堵の色が広がった。もう、許してもらえるんだろうか?


 雪乃が成城のお嬢様らしく優雅に言った。


 「ただ、『すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん』と言うだけでは、おもろないなあ。お前、次から『すっぽんぽんしり取り』をせんかい。このボケ!」


 男の声が裏返った。


 「すっ、すっぽんぽんしりとりぃぃぃ? な、何ですか、それは?」


 雪乃が女性言葉で優しく説明する。


 「あんなあ、『すっぽんぽんしり取り』ちゅうのんはなあ、『すっぽんぽん』って言うた後で、しり取りをするんじゃい。このボケ!」


 男は雪乃の上で固まってしまった。『すっぽんぽんしり取り』なんて今まで聞いたことがなかったのだ。


 「・・・」


 雪乃が男の戸惑った顔を見ながら優しく言った。


 「ほんならなあ、『すっぽんぽんしり取り』をわてからいくでぇ。『ボケ』の『ボ』からじゃ。このボケ!」


 こうして『すっぽんぽんしり取り』が開始された。雪乃に言われた通り、中年男は雪乃の上で、掛け声とともに腰を前に突き出して、『ボ』からしり取りを始めた。雪乃がその数を数えながら、しり取りに応じる。男が腰を突き上げるたびに、二人の汗がベッドの周りにシャワーのように飛び散った。


 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『ボス』」

  「あああ~。21回や。このボケ!  『砂』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『ナサ(NASA)』」

  「あああ~。22回や。このボケ!  『柵』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『くじら』」

  「あああ~。23回や。このボケ!。 『ラッコ』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『子ども』」

  「あああ~。24回や。このボケ!。 『モグラ』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『ラッパ』」

  「あああ~。25回や。このボケ!。 『パンツ』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『津』」

  「あああ~。26回や。このボケ!  『積み木』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『キイ』」

  「あああ~。27回や。このボケ!  『言いだしっぺ』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『ペア』」

  「あああ~。28回や。このボケ!  『雨』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『姪』」

  「あああ~。29回や。このボケ!  『居間』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『舞い』」

  「あああ~。30回や。このボケ!  『石』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『下見』」

  「あああ~。31回や。このボケ!  『ミサ』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん 『里』」

  「あああ~。32回や。このボケ!  『取っ手』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『てっさ』」

  「あああ~。33回や。このボケ!  『笹』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『白湯さゆ』」

  「あああ~。34回や。このボケ!  『湯』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『夕陽』」

  「あああ~。35回や。このボケ!  『暇』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『前』」

  「あああ~。36回や。このボケ!  『絵』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『柄』」

  「あああ~。37回や。このボケ!  『餌』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『坂』」

  「あああ~。38回や。このボケ!  『蚊』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『カジカ』」

  「あああ~。39回や。このボケ!  『傘』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『サモア』」

  「あああ~。40回や。このボケ!  『アジア』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『足』」

  「あああ~。41回や。このボケ!  『鹿』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『カニ』」

  「あああ~。42回や。このボケ!  『肉』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『暮らし』」

  「あああ~。43回や。このボケ!  『四季』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん 『キス』」

  「あああ~。44回や。このボケ!  『スイカ』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『鎌』」

  「あああ~。45回や。このボケ!  『股』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『滝』」

  「あああ~。46回や。このボケ!  『北』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『タコ』」

  「あああ~。47回や。このボケ!  『鯉』」 

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『イカ』」

  「あああ~。48回や。このボケ!  『貝』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『椅子』」

  「あああ~。49回や。このボケ!  『スギナ』」  

 「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん。『夏』」

  「あああ~。50回や。このボケ!  『疲れた』」  


 やっと中年男の50回の腰の突き上げが終わった。雪乃が成城の美しい深窓の令嬢らしく、優雅に、やさしく、そして上品に中年男に言った。


 「疲れたわぁ・・・50回も突き上げられたら、疲れてもうたがな・・くたびれて・・もう、これ以上・・・一発もなんにも・・・でけへんわ。・・これやったら、結局5万円、損したちゅうこっちゃ。・・いったい、どないしてくれるんや。・・・このボケ!」


********


 司会の姉ちゃんが朗読を終えると、マイクに向かって言った。


 「まあ、なんて感動する素敵なお話なんでしょう。リスナーの帆潮光代さんが、この『裸の美女はやさしく私に言った。はよ、中に入れんかい! このボケ!』が一番好きよって、おっしゃる理由がよく分かりました。主人公の雪乃のとっても上品な言葉遣いがこの小説の魅力なんでね。それに、『「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん」・・「あああ~。何々回や。このボケ!」』と繰り返されるところと『すっぽんぽんしり取り』が、実に臨場感があっていいですねえ。永痴魔先生、この『「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん」・・「あああ~。何々回や。このボケ!」』と『すっぽんぽんしり取り』が繰り返されるところに、点呼小説の技法が生きているわけですね?」


 私は小さくうなずいた。


 「そうなんですよ。この話では中年男の腰の突き上げを50回としましたが、ここを100回にしたり、あるいは1000回にして、その回数分の『「すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん」・・「あああ~。何々回や。このボケ!」』と繰り返すシーンを延々と書き続けたら、いくらでも長い話が書けるわけです」


 「なるほど。でも、先生。同じ言葉の繰り返しだと読者が飽きてしまうってことはありませんか?」


 私は『我が意を得たり』というように大きくうなずいた。


 「そこなんですよ」


 姉ちゃんが腰を床に落として、手で何かを探す。


 「えっ、どこ、どこ?」


 「古いギャグは止めなはれ。これ、ラジオやから、そんなことをしてもリスナーには何をやってるのかさっぱり分かりまへんで。・・え~と、その、繰り返しを行っても読者を飽きさせないのが『すっぽんぽんしり取り』という技法なんです。これはもうわざと言ったほうがいい、すばらしい技法なんですよ」


 「先生、その『すっぽんぽんしり取り』というのは、小説の中にも出てきましたが、どういうわざなんですか?」


 「つまりですね。『すっぽんぽんしり取り』というのは、読者を飽きさせないために、二つの繰り返し要素を組み合わせるんです。ここでは、『すっぽん、すっぽん、すっぽんぽん』という繰り返しと、しり取りという繰り返しを組み合わせて、『すっぽんぽんしり取り』を行っているわけです。これが『すっぽんぽんしり取り』という点呼小説の上級技わざなんです」


 「なるほど」


 「さらに、『すっぽんぽんしり取り』を使うと、しり取りで中年男がうっかり同じ言葉を2回言ってしまって、雪乃から厳しくお仕置きをされるといったお話も展開できるわけなんですよ。つまり、『すっぽんぽんしり取り』を使うと読者を飽きさせないことに加えて、物語りを思わね方向に展開させることもできるわけですね。これが、『すっぽんぽんしり取り』が『点呼小説の上級技わざ』と呼ばれる所以ゆえんなのです」


 「なあるほど。『すっぽんぽんしり取り』というのはすごいわざなんですね」


 姉ちゃんが深くうなずくと、締めの言葉を口にした。


 「ご質問をお寄せ下さったリスナーの帆潮光代さ~ん。お聞きになられましたか? ぜひ、帆潮さんも、今日、永痴魔先生に教えていただいた点呼小説の技法を使って、長い小説を書いてくださいね。『すっぽんぽんしり取り』というすごいわざも忘れずに使ってくださいね。・・では、今週の『永痴魔先生の小説講座』のお別れのお時間がきてしまいました~。来週の『永痴魔先生の小説講座』は『描写力の身につけ方 三点描写法』というタイトルで、永痴魔先生が皆様に『どうすれば描写力が身につくのか?』という課題を解説してくださいますよ~。皆さん、お楽しみにぃぃぃ。それでは、また、来週のこのお時間にお会いしましょう。それでは、皆さん、ごきげんよう~。みんなぁ、来週もこの番組をラジオで聞かんかい! この、ボケ!」

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