2.オノマトペの使い方(その1)

 私の小説を読んだことのないラジオのリスナーにも分かるように、私はゆっくりと口を開いた。


 「はい。この『その美しい女性は、スッポンポンになって屁をこいた』というのは、20代初めの若い女子大生が主人公のお話です。主人公の名前は未華子みかこといいます。未華子はものすごい美人なんですが、実は男とセックスをするときにオナラをしてしまうという癖で困っているんです。それで、大学の親友の奈緒に相談して、オナラをしないような様々な工夫をするんです。例えば、お尻の穴に栓をするとかですね。しかし、なかなか、その癖が治らないわけです。『その美しい女性は、スッポンポンになって屁をこいた』は未華子がこうした様々な困難を乗り越えて、オナラ癖を克服するまでの、愛と感動のヒューマンドラマを描いた一大巨編なのです」


 「まあ、とっても素晴らしいお話ですね。では、具体的に『その美しい女性は、スッポンポンになって屁をこいた』の第三章をみていきましょう。永痴魔先生、第三章はどのような場面なんでしょうか?」


 「第三章はですね、未華子が奈緒にアドバイスされて、お尻の穴に栓をして、セックスに臨むんです。未華子のお相手は大学の同級生の多摩夫です」


 「では、さっそく、私が『その美しい女性は、スッポンポンになって屁をこいた』の第三章を朗読してみたいと思います」


 女性アナウンサーの甲高い声がラジオのスタジオに朗々と響き渡った。


********


 多摩夫はベッドから私を呼んだ。


 「未華子、こっちにおいでよ」


 私は多摩夫に分からないように、さっき奈緒から渡された『お尻の栓』をそっとお尻の穴に差し入れた。奈緒が栓に塗ってくれた潤滑油が功を奏したのだろう。栓は何の抵抗もなく、私のお尻の穴の中にスーと入っていった。少しも痛くなかった。私はホッと安堵した。これで、もう安心よ。もう、オナラが出ることはないわ。


 私はいそいそとベッドに向かった。お尻に栓が挟まっているので、歩くたびに栓と肛門がこすれる感じがした。私は栓が取れないように、ニチャリニチャリと内股で歩いた。


 私がベッドに入ると多摩夫が言った。


 「未華子が上になってよ」


 えっ、多摩夫が上じゃないの? 私はそう思ったが、それ以上は深く考えずに、多摩夫の上に身体を持っていった。このために、四つん這いになって、お尻を後ろに突き出す姿勢になった。私はついお腹に力を込めてしまった。


 そのときだ。四つん這いになった私のお尻の穴から栓がものすごい勢いで飛び出したのだ。


 スポォォォーンという栓がお尻から飛び出す音がして・・次いで、ボコォォォーンとお尻の栓が寝室の壁に当たる音がした。同時に、私のお尻の穴から、私が一番聞きたくない音が出て、寝室の中に大きく大きくこだましたのだ。


 ぶっ、ぶっ、ぶひぃぃぃぃぃぃー、ぶりぃ、ぶりぃ、ぶりぶりぶり


 ちょっと、奈緒。あなた、栓に潤滑油をつけすぎよ・・・


 寝室の壁に当たったお尻の栓が跳ね返って、今度は天井に当たった。ボキョォォォーンという鋭く甲高い音がして、跳ねたお尻の栓がベッドの多摩夫に向かって飛んだ。多摩夫が何の音だろうとベッドから上半身を起こした。鋭い音を立てて寝室の天井で跳ね返ったお尻の栓を、多摩夫が口を大きく開けて見上げた。お尻の栓がその多摩夫の口にドッポォォォォーーンと音を立てて突っ込んだ。多摩夫がベッドから吹っ飛んだ。多摩夫の身体が壁にぶち当たった。ベドォォォーンというものすごい音がした。壁のコンクリートが砕けて粉になってパラパラと舞った。多摩夫が眼を回した。多摩夫の身体がゆっくりと床に沈んでいった。そして、多摩夫は私のお尻の栓を口にくわえたまま、背中を壁にもたれかけた姿勢で伸びてしまった。


 私は多摩夫に優しく声を掛けた。


 「多摩夫。私のお尻の栓のお味は如何?」


********

 

 「さて、先生。今、私が読んだところだけでも、様々なオノマトペが使われていますが、今回はお尻の栓が未華子のお尻の穴から飛び出す『スポォォォーン』、お尻の栓が寝室の壁に当たる『ボコォォォーン』、そして、未華子のオナラの音の『ぶっ、ぶっ、ぶひぃぃぃぃぃぃー、ぶりぃ、ぶりぃ、ぶりぶりぶり』を取り上げてみたいと思います。まず、永痴魔先生、『スポォォォーン』と『ボコォォォーン』なんですが、この場面はこのオノマトペでないといけないのでしょうか?」


 「そうですね。まず、『スポォォォーン』ですが、この場面は未華子の親友の奈緒が栓に潤滑油を付けすぎたせいで、未華子が四つん這いになった瞬間に、栓がお尻の穴から勢いよく飛び出すというシーンなわけです。したがって、『スポッ』では勢いが出ませんし、『ズキューン』では拳銃を打ったようで、栓というイメージにならないわけです。そうすると、ここのオノマトペは、やっぱり『スポォォォーン』になるのです。『ボコォォォーン』も同様で、お尻を飛び出した栓が勢いよく壁に当たる音ですから、『ポコッ』ではダメなわけです」


 「なるほど、よく分かりました。では、未華子のオナラの音の『ぶっ、ぶっ、ぶひぃぃぃぃぃぃー、ぶりぃ、ぶりぃ、ぶりぶりぶり』はどうでしょうか?」


 「ここは、一見すると普通の『ブー』でもいいように思われますが、実は、『未華子が栓と肛門がこすれる感じがするので、栓が取れないように、ニチャリニチャリと内股で歩いた』という描写が深く影響してくるのです」


 「と、言いますと・・」


 「つまりですね。未華子が内股で歩いたために、お腹の中にガスが溜まって、そのガスがオナラとしてお尻の穴から一気に噴き出すわけです。この一気にガスが噴き出すという状態を表すには、『ブー』では不十分なわけですね。どうしても『ぶっ、ぶっ、ぶひぃぃぃぃぃぃー、ぶりぃ、ぶりぃ、ぶりぶりぶり』というオノマトペでないといけないわけです」


 「なぁるほど。ラジオをお聞きのリスナーの皆さん。いかがですかぁ? お分かりいただけましたかぁ? オノマトペというのは、実に奥が深いですねえ。しかし、さすが、この『その美しい女性は、スッポンポンになって屁をこいた』という上品な小説は、昨年の『寝起き賞』を受賞しただけのことはありますね。リスナーの皆さん、実に見事なオノマトペが使われていますよね。・・・それでは次に『その美しい女性は、スッポンポンになって屁をこいた』の第九章をみていきましょう。永痴魔先生、この第九章はどのような場面なんでしょうか?」


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