第8話



少女は瞳を閉じ、幾度も幾度も反芻したシーンを深く噛み締める。



『…………俺は、生きる。

人の信仰なくとも。生存が許されざろうとも。

俺は生者だ。俺が生きてて何が悪い!』



これは傲慢さの描写なのだろう。


散々致命的な悪事を働いた後、今更ご都合主義で許されるのも不自然なくらい、徹底的に格好良く悪を貫いていた。


主人公のカレン・ロザリアも蛇足じみた甘さは見せずに、成長を感じさせる凜とした表情で、毅然と彼を破邪して見せた。


徹頭徹尾、彼は敵。


この台詞だって自分勝手な言い草だと多くのファンに思われた事だろう。


けれど。


…………許された様に思えたのだ。


迷惑ばかりをまき散らすだけの人生、それでも生きたいと思って良いのかも知れないと。



少女は改めてゼルフィールを見上げる。



眉間に皺を寄せて、珍獣でも見ている様な目でこちらを見ている。


スチルでも立ち絵でもムービーでも見た事のない顔。夢みたいだ。


でも生き生きとしている。生きている。


これは走馬灯なのだろうか。強めの幻覚なのだろうか。


洞窟の湿った空気、岩の感触、水たまりの、水の感触。どれも現実めいている。


なのに目の前に、架空のキャラクターだと思っていたひとが存在している。


うわぁとドン引きしまくっている。


夢幻じゃ、ないみたいに。


逃避が見せた夢かも知れない。


鎮痛剤の与えた幻覚かも知れない。


いよいよ気が狂ったのかも。


どれだとしても最早あちらを現実として在れない精神状態なのだろう。


ならばもう、これを現実としても良いじゃないか。


決めた。


今ここに、最推しがここに、生きている。


推しのいる世界に何故か今、存在している。


ファンの皆が悪役令嬢と呼ぶ、ヒルデガルド・ハイデルベルクの身体を借りて。


もう、それで、良いとしよう。


今際の際、狂人の夢だ。刹那の生を楽しもう。


彼女に身体を返すまで。


少女はにへらと微笑んだ。


気の抜けた笑みを浮かべてみせるのはとても得意だ。


ゼルフィールの表情を見るに、ヒルデガルド・ハイデルベルクのツンケンした美貌でやるととても微妙みたいだが。



「情報欲しいならゼルフィール様、人の記憶とか見れましたよね? それでサクッと見ちゃって下さい」


「………………良いのか?」


「どうぞどうぞ~」




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