第9話



ゼルフィールは少女に対し幾度目かのドン引きをした。


記憶を覗かれるという行為に対して平然とし過ぎでは?


初対面の癖に全幅の信頼が乗った紫紺の瞳が澄み切っていて、吸い寄せられてしまいそうで落ち着かない。


ゼルフィールを世界で一番大好きだというのは本当なのだろうと思わされる瞳をしている。



ぺちんと少女の額に手を当てる。驚くほど小さな頭蓋だ。


ぴとりとくっつけると、えらくすべすべでとても暖かい。


そうかこれが人肌か。


まるで初めてそれに触れたような心地がした。何故かちょっとそわそわする。



「なに怒ってるんですか?」


「怒ってなどいない」


「眉間にしわ寄ってますよ」


「寄ってない」


「え~」



誤魔化す様に咳払いをして、改めて少女の記憶を探る。


勿論魔力は必要分だけきっちりと注ぐ。


絶対にその魂を壊さないように。



目を閉じると網膜の裏に幾粒もの光が、まるで星空のように広がって見える。


それらは少女の抱く思い出の光。


手を伸ばせば届き、その内容が見えるというのに、星が如く遠くに感じられる光だ。


見えてまず驚かされたのが、ゼルフィールの永き狼生を経てもなお見た事のない、高層なる四角の建物、物珍しい意匠の衣服、魔力も無しに勝手に動く道具の数々。


世界が違う。


絶対的な隔絶を感じる。


世界。


そうだ、彼女は「この世界で」と言っていた。


成る程、世界が黒き地平ばかりとなった時だけ薄ら感じる、外に何かがあるという感覚。

始源龍しげんりゅうセフィリアが言うところの異界、それが少女の住まう場所だったのか。



それもそうだ。


滅びの顕現たる天食あまは黒狼こくろうゼルフィールと世界を同じくする存在が、ゼルフィールを好くはずもない。


滅びが他人事だから、好きだ等と言えるのだ。


いや、この少女はゼルフィールの権能は迷惑だと言っていた。


誰もが同一視していたゼルフィールと権能を切り離して考えていた。


そしてゼルフィールの信念や生き様が好きだと。



心が僅か、浮上する。


しかし直ぐに疑問が生じる。



出会ったばかりだというのに、何故そんな事を知っている?



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