第6話




とても正気とは思えないが、終末を司る存在たるゼルフィールを世界で一番大好きだと宣う、いかにも無垢というか物知らずそうな少女には悪いが、善神ではないゼルフィールは見知らぬ娘の魂を消滅させた程度で心揺らす性根の持ち主ではない。



天食あまは黒狼こくろうゼルフィールとは一応ながら神に列する存在である。


その上、分類的には悪しき神とされている。


故に基本的に、人の命、人の魂に大した重きを見出せない。


この娘の元来の魂は消え失せた。


それはゼルフィールにとってどうでも良い事なのだ。


欲しいのは戦力、替えは幾らでもある。



ただ。


ただそれを、出会うなりゼルフィールが世界一大好きだなどと告げてきた、如何にも天真爛漫そうなこの少女に告げる事だけは、何故か不思議と難しい。


誰にどう思われようと歯牙にもかけていなかったというのに、出会ったばかりの少女の失望なんぞを恐れているのだ。


だからゼルフィールは平然と偽る。



「俺には関知できないな」


「そうなんですか。もし持ち主さんの魂が戻ってこられたり、復活? されたりした時は私、ススっとお返ししないとですね」


「分かっているのか。返すとお前、死ぬんだぞ」


「別に今更ですねー」



生への未練を微塵も感じさせない、晴れ晴れとした笑顔で少女は頷く。


可愛らしい笑みだというのにゼルフィールの肝が勝手に冷える。


のんきな少女はこちらの気など全く察さずへらりと続けた。



「それでええっと、何でしたっけ。そう洗脳。ていうか洗脳って何ですか。ヤバいですよ普通に犯罪ですよ捕まります」


「それは人が定めし法でだろう? 俺には関係のない話だ」



弱くはないが強くもないゼルフィールにとって、生き残るには戦力獲得は必須だ。


そして戦力獲得の手段として、相手との実力差をある程度は度外視できる、洗脳という手段しかなかったのだ。


この世界に一つの味方もいないゼルフィールが何かを得る為には、強大な力を持つ傀儡が時として必要なのだ。


だがそれを、ここで延べるつもりはない。


卑劣であるのは事実だから。




「神様目線! こわ格好いい! 割と酷いけど。それでそもそも何でこの方を洗脳なんてしようと思ったんですか」


「ウィールズ学園には高濃度魔力を垂れ流す泉があると聞く。新たな巣に丁度良いと思ってな。得る為の手足をこさえようと考えた」


「あ、知ってる。女神の泉だ」



人間にとって女神の加護が溢れる泉なのかも知れないが、実際の所、特に光の神々の属性は感じない。


正邪の方向性を持たぬ、ただの潤沢なる魔力の泉だ。


力をため込むのにあれほど適した箇所はない。


などと考えながらも、うんうん長考する少女の目まぐるしい表情にじいっと見入ってしまっていた。


表情が多彩すぎる。割と愉快。



「そりゃそうですよね。ゼルフィール様、女神の泉の魔力を喰らって成長するのが目的ですもんね。その目的の為ならゼルフィール様割と誘拐洗脳とかするけど、でもそれこんな洞窟じゃなくて学園内の、悪役令嬢の」



と、そこまでつぶやき大仰な動きでハッとすると、



「ヒルデガルド・ハイデルベルク! 洗脳イベ! ゼルフィール様が洞窟で洗脳とかそれしかないじゃん! って事はまさか」



少女が突如慌てて辺りを見渡し、水たまりを発見するやいなや突進して水面をのぞき込んだので、とりあえず魔法で明かりを灯してやった。


少女はぼやっとした表情ながらも律儀に礼を言う。


その水面に写っている人物は。

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