第2話



天食あまは黒狼こくろうことゼルフィールは、目の前の少女が突如として投下した言の葉に、ほぼほぼ生まれて初めての大きな衝撃を受けていた。


好きだと言われた事はきっと今まで、一度たりとも無かっただろう。


自身がどれだけ永く存在しているか、もう覚えてもいないが、それでも初めてだと言える。


ゼルフィールは他者に好かれる生態をしていない。


ゼルフィール以外の生者にとって、見つけ次第殺すべき最悪の害獣なのだから。




天食あまは黒狼こくろうゼルフィールとは即ち世界滅亡装置だ。


実際に世界を三度滅ぼした事がある。


ゼルフィール自身にも制御不可能な、強大なる漆黒の濁流が地の全てを塗り潰し、天をも喰らわんばかりに荒れ狂い、世界の全てを洗い流して終焉へと導く。


終末の大洪水、終焉への恐怖、その具現がゼルフィールである。


運が良い時は仔狼一頭でぽつんと放られて、逃げ惑いながら土地の魔力を食らって育つ。


そうして成獣となれば問答無用で世界を終わらせてまた、仔狼からやり直し。



一体どうしてそういう生態なのか創造主に物申したいが、『創世』を司る始源龍しげんりゅうセフィリアは別にゼルフィールを創造した訳ではないらしい。


恐らく奴とは同輩だ。


セフィリアだけはゼルフィールのもたらす終焉の対象に入らない。


ゼルフィールが育ちきって自動的に滅ぼしてしまう度に、セフィリアは世界をせっせと創り直す。


寂しい寂しい、会いたい会いたいと泣きながら。


ゼルフィールが死なせてしまった、彼女の友と子等の名前を呼びながら。


そんなセフィリアからは当然ながら蛇蝎だかつの様に嫌われている。


彼女にとって世界は我が子も同然だからだ。


だから始源龍しげんりゅうセフィリアを最高神とする光の神々にも命を狙われている。


勿論この世界で生き続けていたい人間達にも。




しかしゼルフィールは戦神ではない。


凡百は圧倒できるが、成獣前だと人間の最強格には容易く殺される。


殺されれば仔狼からやり直し。


再生場所は死んだ場所。


聖なる力が特になければ、再生の時は次の朝日が昇る時。


それを知った人の強者に連れさらわれ、その者が衰えるまで毎日殺されていた時期もあった。




世界の滅びを防ぐ為に当然の措置だと他者は言う。


ゼルフィールはそこに一定の理解を示す。


そりゃあこんな化け物、育たぬよう殺し続けていたいだろうと。




故にゼルフィールは理解していた。


己は誰かに愛されるような存在ではないと。


だから心底、本当に心の底から驚愕していた。


冷たく整った美貌を、らしくもなくポカンとさせている。




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