第11話 深まる溝、雨のち……

 代表選出発表は予想以上の反響、前もって話と香菜には伝えてあった。華には逆にスピーチの指導を受けた。香菜は……恋する乙女、そちらに忙しそう。


「あのー、伊集院さん、サインくれますか?」


 サイン、ねーよそんなの。それにアナタ誰? と思うが、


「ごめんなさい、まだサインとかなくて……。名前書くだけでいい?」


 そう、姫は神対応が上手い。ひらがなで、ひめ、と名前を書く、そしてその下には前世で書いていたKenの崩しサインを入れた。これはサインっぽい。カッコよくね! そしてこのサインが8月末までの姫のサインとなった。



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 水曜日、午後からは学校を早退して代表候補のサポートとして練習に初参加。プレスは発表していない、だが現場には正式な代表候補と伝わっている。


 練習は始まっている。姫がピッチに入ると集合がかかる。軽く挨拶と自己紹介。最近は自己紹介での印象付けは控えている。舞との不仲もありやる気になれない。


「では早速、人数も揃ったことだから実戦形式の紅白戦やるよー、姫は白チーム、控え組のビブス付けて」


「もう紅白戦ですか? 監督」


「もちろん、サッカーは試合が楽しいんだから! 新人歓迎会みたいなものよ」


 こうして紅白戦が始まった。代表戦は映像をたくさん見た。だが、控え組のメンバーの特長は分からない。なら思い切り目立つか! 楽しもう。


 代表戦の映像解析は完璧、だから相手の動きが手にとるように分かる。後半のアタマからワントップに入った姫はまずスピードで〜左サイドは谷さん ぶち抜く、ボランチ吉田さんのカバー 反転してかわす、すかさずキーパーの北見さんの股を抜く、ゴール。そう、プロは結果で認められる。


 練習が終わりシャワータイム。高校生とは違いみな堂々としてる! そして姫は可愛いがられる。


「ヒメちゃん、ビックリしたよ。プレイよりもその身体、若いっていいねー、ほらシャワーの水を弾いてるよ」


「わかりますぅ? それだけが取り柄なので。それにしてもさすがですね、北見さん、凄い筋肉、プロの肉体って感じで」


 姫も負けてはいない。


「あまり虐めるな、北見。まだ伊集院は初日だぞ」


 今回代表のキャプテンである武藤さんがシャワー室に入ってくる。さすがの貫禄、もう数ヶ月高校生をやっているので、34歳って随分年上に見える。紅白戦でのマッチアップは無かった、今は姫と同じフォワードの登録。


「武藤さん、大丈夫ですよ! また北見さんのお股抜いちゃいますからっ!」


 目指すは年下でマスコット的な存在だ。他人の言動で言葉を操る、営業してた頃の常套手段。実際には生きてる年季が違う。


 シャワーを浴びたあとは戦術チェックのミーティング、こればかりは苦手、眠くなる。帰り際に武藤さんに声をかけられた〜土曜日の練習後に歓迎会の打診、もちろん則OK。物怖じしない姫をみて武藤さんが有志を集めたそうだ。



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 木曜日、金曜日と同じルーティン、午前学校で午後練習。土曜日は武藤さん主催の歓迎会、着々とマスコットとして定着している。今回、次週の水曜日と日曜日に2試合、親善試合を行う。もちろん姫は登録外、強引に登録する話もあったが、対戦相手の豪、仏が認めなかった。


 日曜日の紅白戦はとうとうレギュラー組でプレー。外堀を固められてる気がした。プレスも来ていて取材申込みもあったが、百花監督が体よく断ってくれた。


 日曜日の練習は早く終わった。明後日にはU19がソウルへと出発する。協会が主催する次世代育成会議にフル代表の監督コーチと主要メンバーが参加するそうだ。

 

 いつもならママが迎えに来てくれるが今日は早い、交通機関で帰る。ビレッジから最寄り駅までは30分もかからない。今日の予定のやり取りを華としていた。今学校にいるから来ないかという返信、生徒会の仕事を手伝ってほしいようだ。


 学校につき教室へ。華がいる、そして……舞がいた。


「姫、お疲れ様。待ってたよ、ほら舞、姫来たからちゃんと話し合いな」


 そういう事である。華は早々に席を外す。


「舞、お疲れ様。合宿どうだった? 楽しくやれてる」


「…………まあ」


「ねえ舞、言うべきことあるなら何でもいい、話してよ」


 沈黙が続く、とうとう舞が話し始める。


「姫ってさ、何でも持ち過ぎなんだよ。可愛いし、いいやつだし、サッカーも私より上。私、サッカー一筋で頑張ってきた、でもマネージャーで誘った姫に抜かされたんだよ、今までどんなに頑張ってきたか……」


「舞、私はね、サッカーは好き。でも職業にしようとは思ってない。もっと大切なもの見つけたし、他の大切なものもこれから見つけるつもり」


「だからそれが嫌なの! ! ! なに職業にしないって! バカにしてるの? なぐさめてるの? あなた、代表デビュー辞退したわよね、サポートメンバーって試合出られないじゃない! それ私を憐れんだ? ホントムカつく!」


 こりゃ収拾つかねー。どうしよー。


「舞、あなた勘違いしてない! 私に嫉妬してるだけでしょ! プロになりたいの? なら結果が全てじゃない、結果出しなさいよ! それはあなたの問題でしょ! 私に当たらないで!」


「何よ! ! ! お金も持ってるとか、中学記録とか、ピアノの才能とか、サッカーに賭けてる私の気持ちなんて分からないでしょ」


 えー、クローゼット開けちゃったんだ。解決の糸口みっけ!


「舞、私、陸上の中学記録とかピアノ大会とか、そんな記憶今は記憶がないんだよ、そうパパやママの記憶も……全て……思い出も」

  

 静寂


「だからこれから大切な思い出をいっぱい作るの、それが今の私に一番大切なこと」


 舞もこの言葉には言い返せない。そして泣き出した。落ち着くまで待つ。


「私ね、今日の話せて良かったと思う。舞が想いをぶつけてくれて嬉しい、嫉妬してくれて嬉しい。舞はプロになるんでしょ? なら悔しいとか負けたくないとか、そういう気持ちないとダメ、悔しいなら私を超えてよ」


 これは前世で言われたこと。プロというのはそういう世界。


「うん、わかった。ごめん姫……」


 良かったー遠征前に仲直り出来て! 姫も嬉しい。握った手が温かかった。

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