第6話 涙のカラオケパーティ
試合は楽しかった! 点を決めたし逆転勝ちしたし。試合後はシャワータイム。オヤジ心が踊る禁断のとき。何かが起こるわけではないがたまらん! 今まではBチームだったので後片付けがありシャワータイムは実現しなかったが、今日からトップチーム、この至福の時間を享受できる。
「姫ー、ごめんシャンプー貸してー」
「私もー、次貸してー」
みんな用意してないのか。仕方ない、と姫は思っていたが……借りに来た人数6名。一人ブースだが次々と先輩が入ってくる。シャワーを済ませ、サッカー部自慢のパウダールーム〜これこそ名門、元女子高〜でスキンケア。姫ママの猛特訓のお陰で運動後でもかなりの品位を保つことが出来るようになった。隣には舞がいる。
「ねえ舞、みんなシャンプーとか持ってこないのかな」
「いや、違うよ。それあなたのシャワー姿を見に来てるだけじゃない?」
あー、それは盲点。姫は自分が覗くことばかり考えていたが逆に裸体を晒していたとは……これもカトレアあるあるなのか。少し考えれば分かることだ。オヤジ心は楽しみにしていたが、逆に楽しみにされていたってこと……カトレア恐るべし!
カトレアの部活動には必ず週一回の休みが設定されている。もちろん試験前1週間も休みだ。だが、これは強制ではない。自主性を重んじるカトレアでは部活動が休みの日でも自主練習を行うことができ、特に全国レベルの吹部とサッカー部は完全休日などない。部活動が休みである以上、その日休んでも責められるような事もない。そこがこの学校の品位、意識レベルの高さが伺われる。
今週は珍しく日曜日がオフ。練習試合の後だからであろう。午後からは体育祭の打ち上げ、クラスの半分以上が参加するので大きな箱のカラオケルームでパーティーだ。
「ママ言ってくるねー。今日は夕飯要らないから」
「打ち上げだったわね。楽しんできてー。遅くなるようなら必ず電話ね」
姫ママ、門限には意外に厳しい。途中で舞とも待ち合わせしてカラオケに向かう。カラオケはカトレアの最寄り駅の隣の駅、人通りの多い街道沿いにある。
「本日は我が1年A組の体育祭打ち上げにお越し頂き誠にありがとうございます。また藤川先生までお越し頂きました、拍手! みんなで盛り上がりましょう!」
司会兼進行はあの男子、渡邉だ。姫にスリーサイズを聞いて女子からはドン引きされたが、めげない性格なのだろう、もうその影響も皆無で、むしろクラスの人気者になりつつある。そして驚いたのは藤川先生、こういう場所来るのは想定外。前世の年齢からすると、ひと回りは若いけど、ここでのノリにはついていけるのかな? と思う。そう、今日は藤川先生をロックオンして学院生活の充実を図ることにしよう……。
「藤川せんせー。お話しましょ」
「あら伊集院さん、そうね、あまりゆっくりお話する機会も無かったわね。でも……みんな盛り上がってる様だけど、私なんかとお喋りしてて大丈夫なの?」
「いや、昨日サッカーの試合もあって少し疲れてるのもありまして。素敵な大人の女性とお話して癒やされたいです」
「伊集院さんはほんとに口が達者ね。」
藤川先生は素敵な笑みを浮かべている。それから色々な話をした。先生は熊本の出身。大学進学で東京に出てきて教員になったらしい。ここ、カトレアの教員はカトレア卒業生が多い。肩身の狭い思いをすることも時にはあるそうだ。教員に対しても格差社会を作りそれを克服する教育をしていると先生は言っていた。そう、世間は決して平等ではないし公平でもない。
「伊集院さんは将来の夢とかあるの?」
いきなりの質問。夢はある? 〜プールの更衣室、修学旅行のお風呂タイム、まだ行ったことはないがスーパー銭湯なんかも夢だ。いかん、そんな事は絶対言えない……。
「特にないかもです。いまのところ。でもそうですね、両親をいつまでも大切にすることが私の最大の夢かも知れないです」
そうだよね……女神さまもきっとそう望んでる。なんかスッキリした。両親を大切にすること、それは両親の一番の宝物を大切にすること、そして両親の宝物は姫自身。もっと自身を大切に思わなきゃ。
「伊集院さんとお話してると、とても立派な年上の人と話してる気になるわ。クラスではお調子者だけど、それもある程度計算ね?」
先生もなかなかの心眼の持ち主である、素敵だ。出来ないけど結婚したい。
先生とは話し込んでしまった。先生をいつまでも独占する訳にもいかないので先生を放流、した直後待っていたかのように
「まだ歌を歌ってない伊集院様、至急カラオケ予約をしてください」
とうとう指名が入ってしまった。渡邉め、面倒な奴。
カラオケは前世でも得意だった。ナツメロから流行りの曲、アニソン、ボカロ、何でもいける。今日は……前世で十八番(おはこ)の「こころを灯すもの」に決定! つい1年ほど前に流行った曲なので高校生諸君も知ってるはず。
私の番、カラオケのイントロが流れる。私が歌うと知って黄色い声援も大きい。歌いだし、あの日の……あれ声が出ない、どうして? 涙が止めどなく流れてくる、歌えない。さっき先生と両親の話をしたからなのか、前世の十八番でココロが泣いているのか、分からない。すかさず、舞が駆け寄る。
「姫どうしたの? 大丈夫? 」
声が出ない、出るのは涙。姫は舞に支えられながらカラオケルームの外に出た。少しして落ち着きを取り戻す。涙はまだ止まらない。
「ありがとう舞。私どうしたんだろ」
「いいよ何も言わなくて……。」
短い言葉のやり取り、それだけで心が暖かくなった。結局姫は舞とそのままカラオケを出た。次の日聞いた話だが、姫にカラオケを振った渡邉が大ブーイングを受けたそうだ、申し訳ない事をした。蕨くんが感傷的になる女子を上手くなだめて、打ち上げは無事に締めることが出来たそうだ。
涙の理由、それは憶測でしか語れない。前世は隕石落下で幕を閉じた。健が居なくなったことで少なからず涙は流された事だろう。そして魂にも大きな傷跡があるのだろうと。
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