ねえちゃん、なきわめく

「ただいま…」


 ある土よう日、しゅう休二日ってやつで学校のなかったオレがいえでしゅくだいをやりおえたころ、学校にいってたねえちゃんがちっちゃいこえでただいまっていいながらかえってきた。

 それで、オレとねえちゃんのへやに入ってくるやカバンをほうり出して、つくえにかおをつけた。


 そのねえちゃんからぐすぐすっておとがきこえてくる。どうやらねえちゃん、ないてるらしい。それもかなり大きなこえで。




「勝美、いきなり先輩たちに勝とうったってムリだろう」

「そうそう、まだまだ時間があるんだから」


 どうしたらいいのかわかんなくなってオレはパパとママをよんだ。パパもママもがんばってなぐさめてるけど、ねえちゃんはぜんぜんなきやまない。

 ねえちゃんがこんなにないてるのって見たことがない、あっオレがちょっとふざけるとなきそうなかおになってオレをどなってくるか。でもまあなきそうってのとなくってのはぜんぜんちがうんだよね。

 で、いったいなにがあったの。


「先輩ならいいわよ、遠藤さんって言う同学年の子に負けて、その時…その時…!」


 ねえちゃんったらこの前いってたりょうりぶの中での、さいしょのかだいってやつで大しっぱいしたらしい。


「何かひどい事でも言われたのか」

「いや、そんなに大した事じゃ……」

「大した事じゃなきゃそんなに泣く事はないでしょ、なんて言われたの」

「大した事じゃないんだってば!今はそんな大した事じゃないのに泣いちゃう自分が情けなくて泣いてるの…だから!」


 おねがいだからほっといてちょうだい、ほっといてちょうだいったらってダダをこねてるってかんじ。こんなねえちゃんみたことない。







「……ねえ祐二」

 そんなねえちゃんからにげるようにオレはこのまえかってもらったヒカレンジャービームガンをもってちかくのこうえんではしりまわった。

 かおるがいればいいな、ねえちゃんのなにがどうなったのかきいてみたかったなっておもったけど、かおるにはあえなかった。

 こうえんにはオレのほかに6人ぐらいさわいでる子たちがいたけど、ほかにねえちゃんとおなじがっこうにかよってるにいちゃんやねえちゃんをもってる子がいるのかいないのかオレはしらない。そんでかえってきたオレを出むかえたのはねえちゃんだった。おもたそうなくろいなべをもってるねえちゃんのかおは、すごくきたなかった。


「頼むからお願い!」

「ああごめんごめん、手をあらってうがいして…」

「ああいけない私ったらもう……!」

 なにまたおちこんでるんだろ、オレなんかまちがったこといった?

「何にも間違ってないから!」

「ああごめんごめん、パパとママは?」

「いやね、どうしてもって勝美が言うからさ」

「あまりあせって手を切ったりしちゃダメよ」

「うん……」




 ねえちゃんは右手でノートを見て、ノートを下ろしてはほうちょうでなにかをきってをくりかえしてる。

 なんかのおりょうりをつくろうとしてることはまちがいない。オレはなんかこれいじょうねえちゃんにふれたらやけどする気がして、だまってオレとねえちゃんのへやにもどった。




 ごはんできたわよというママのこえにさそわれてかいだんをおりるとテーブルの上にチャーハンがのっていた。

 オレがねえちゃんがつくったのというと、ねえちゃんはこのまえのハンバーグをつくったときよりもっとこわいかおをしながらうんとうなずいた。


「いただきます」


 オレもパパもママも、ねえちゃんもそれっきりなんにもいわないままチャーハンを口にはこんだ。

 おいしかった。

 でも、べつにそれいがいなんにもいいようがない。ハンバーグのときとおんなじだった。


「どう、祐二?」


 ねえちゃんのどうなのというしつもんに、オレがおもってるままのことをいうとねえちゃんはやっぱりっていったきりスプーンをうごかさなくなった。

 ねえちゃんおなかがすくよっていったらねえちゃんはだまってじぶんがつくったチャーハンを口にはこんでたけど、なんにもいおうとしない。


「そろそろ梅雨が近いよな」

「本当ね、洗濯物が乾きにくい時期だからね。祐二もあまり汚したりしないでね、ママが大変だから。勝美だってそうでしょ」


 うんそうだよね、ようちえんのときから6月ぐらいってあんまりそとであそべないからすきじゃないし、たまにあそべてもそのあとがたいへんだっていうし…そこんとこ気をつけないといけないんだよね。

 このパパとママとオレのかいわに、ねえちゃんはまったく入ってこない。くらいかおをしたまま、なんにもいわないでチャーハンをボソボソたべてる。


「ああごめんごめん!どうしても自分が作った物がどうなってるのか、その事ばっかり気にしながら食べてたもんだから!」

「まあ、そうだよな!」

「母さんだって昔はそうだったんだから、アハハハ!」


 そんなんじゃなにをたべたっておいしくないとおもうんだけどってオレがいうと、ねえちゃんはバッとかおを上げてたくさんしゃべった。

 そしたら、ねえちゃんにつられるかのようにパパとママがわらった。よかったよかった、とおもったけどけっきょくねえちゃんったらごちそうさまをいいおわってしょっきをかたづけおわるとまたくらいかおになっちゃった。







「歯、磨いた?」


 まだごご7じでしょ?


「だいたいさ、なんでそんなにくらいかおしてるんだよ。いったい学校でなにがあったの?」

「だから大した事じゃないんだって!」


「あのさ、ねえちゃんってよわむしだね」

「弱虫ってどういう事!ああそう、弱虫じゃなきゃ大した事じゃないのにこんなに落ち込んだりはしないって言いたいのね!」

「うん、そう。えっと、えんどうさんだっけ?その人がどうしたんだよ?」

「トイレ行って来たら?」

「さっきいってきたよ」

「とりあえず歯を磨いて!」

「ねえちゃんがみがいたらやるよ、ってかいっつもねえちゃんのほうが先じゃん」

「あーっもう!」


 ねえちゃんいいかげんにしてよ!


「もう、いったいなにがあったの!」

「わかったわよ、今から話すわよ!話せばいいんでしょ!」

「ねえちゃんこえが大きいよ、きんじょめーわくってやつだよ」

「ああうん…。あーあ、ったくもう自分が嫌になって来るわ……!」


 大きなこえでオレをどなっといてすぐシュンとしちゃうのはいつものねえちゃんとおなじだ。だからオレはちょっとだけホッとした。でもブラインドを下ろしてドアをしめるそのすがたはいつものねえちゃんとはちがっててちょっとこわかった。








 えっと、にんげんちょうりきぐ?

 えんどうさんって人にねえちゃんそういわれたの?

「そうなのよ!」

「そうって、それのなにがいやなの?」

「祐二、包丁が何か言葉をしゃべると思う?そうよね、それで母さんや私が使ってるのと同じ包丁やまな板を使ったら、祐二はお料理ができるようになる?」


 なんないでしょ、だってオレおりょうりなんてぜーんぜんやったことないもん。


「そうよね、包丁とかまな板とか、いろんな道具が良くても腕が良くなきゃおいしいお料理なんてできないの。弘法筆を選ばずって言葉があってね、優秀な人間はどんなにつまらない道具でもうまくできる物なの」

 くびをよこにふるとねえちゃんはまたはなしはじめる。へぇいいことばをおぼえたな、でそれがどうしたの?

「料理部には私を含めて15人の生徒がいてね、その中の1・2年生の10人でどれだけいいお料理を作れるかって試合をしたの」

「それで、えっと何を作ったの?」

「お味噌汁。まあ料理部と言ってもあんまり慣れてない1年生もいるしまずは簡単なのをって事でね。スーパーで売ってるような食材なら何でもいいってルールでね」

 へぇおみそしるか。オレはあぶらあげとなめこがすきだけど。

「ねえちゃんはそのおみそしるになにを入れたの?」

「普通にお豆腐、絹ごしっていうつるつるしたのを。やっぱり下手に凝らないでシンプルなのがいいかなと思って。お味噌もだしもいつもうちで飲んでるのと同じのを」

「それがいけなかったの?」

「ああ、ちゃんと作ったつもりだったんだけど。でも…でも…」

「なに?おみそをわすれちゃったの?おとうふをわすれちゃったの?」

「そんなんならこんなに悔しがらないよ!だって私、私…負けたのよ!あんなのに!」

「あんなのって?」

「キャベツが入ってたのよ、キャベツ!」


 キャベツ?それならオレものんだことがある気がするけど…。


「まあキャベツはどうでもいいけどね、キャベツがもうなんていうか、切ってないって言うか、ほとんどむいただけって感じでもうものすごくいい加減で!

 それで調味料も味噌の入れ方も適当で、集中しなきゃいけないはずなのにベラベラしゃべってて!

 あのね、お料理って火を使うでしょ、間違って洋服とかエプロンとか燃えたりして火事にでもなったら一大事よ!

 それから包丁よ、包丁って野菜だけじゃなく肉や魚も切る物でしょ、人間の指が切れない訳がないんだからね!

 それをいい加減に扱うなんて信じられないわよ!」


 うん…まあ…そうだよね。でもあのおもうんだけどさ、ねえちゃんそのえんどうさんって人がキャベツをでたらめにきってたりぺちゃくちゃしゃべってたりおみそをいいかげんに入れたりするの見てたの?ねえちゃんもおみそしるづくりにしゅう中してたんじゃないの?


「5人ずつに分かれてだったからね、遠藤さんは私より前の組でね…!」

「ああそうだったんだ、それでほかの4人ってのは?」

「2年生が2人、1年生が2人。1年生の2人は遠藤さんと違ってこわごわだけど丁重に包丁を扱ってて、お料理と真面目に向き合ってる感じがしてね…2年生の先輩2人は無言で淡々と、それでいてしっかりとしてる感じで参考になったんだけど…ああ!」


 ねえちゃんったら、そのえんどうさんって人がほかの4人とちがってふまじめだったのがよっぽど気に入らないみたい。でもそれならほかのみんなも…。


「それでまあ、とりあえず私たち後半組が3年生の先輩たちと一緒に味見をするって事になってね…」



 ああわかった、えんどうさんのがめちゃくちゃうけたんだ!




「そうなのよ!あんなまるで真面目に向き合ってる感じのない遠藤さんのが!まあもちろんもうちょっと丁重にやるべきだって注意はされたけど、他の4人のは遠藤さんほど受けなくって!」

「ねえちゃんはどうおもったんだよ、おいしかったの?」

「おいしくなかった、どうしてもあのメチャクチャな作り方を見てるとおいしそうに思えなかったし。でもそう言ったらあーもしかしてやいてるのだって!」

「やくってなに?ほのおであっためることとちがうの?」

「嫉妬っていう事よ!あんたにはこんなおいしく作れないから、悔しいからわざとウソを吐いてるんでしょって思われたって事!私はそんなつもりなんかないのに!」

「でもさ、ねえちゃんだってつくったんでしょ?おみそしる。どうだったんだよ」

「まあまあほめてくれたわ、でもみんな、どこかで食べた味だとか、地味だとか、迫力がないとか…。それの何が悪いのよ!」

「ねえちゃんこえが大きいよ!」

「先輩たちはみんなして遠藤さんはすごいねすごいねこれから料理部のエースになるかもしれないって!それで私がね、あんないい加減で乱暴なやり方ではおいしい物もおいしくなくなりますって私が言ったらね!」


 いったらどうしたんだよ?またしっとしてるんでしょっていわれたの?


「その時はさ、まあそうかもしれないね今後はもうちょっと丁寧にやるようにね、って部長が言ってくれたからそれで終わったんだけど、私はどうしてもいらだちが収まらなくって部活動が終わった後、遠藤さんに聞いたの!あんないい加減なやり方をするなんて許せないって!」

「ねえちゃん、あんがいしつこいんだね」

「だって私、耐えられなかったんだもん!あんないい加減で適当なやり方をするような人がこれからエース気取りをするのかと思うと!もうちょっと注意深く冷静に気を配ってきちんと作る事こそ料理人としての誠意でしょって!」


 そしたらいわれたわけ、えっとにんげん…ちょうりきぐって?


「そうなのよ!私も勝美ちゃんのお味噌汁飲んだけど、何かいかにもどこにでもあるって感じでさ普通過ぎてさ、普通においしいとしか言いようがないのよって、なんていうか勝美って人間調理器具って感じだって!」

 えーと、その…いみわかんないんだけど、どういうこと?

「要するに、私の作る物はありきたりでありふれてて個性がないって言いたいのって怒鳴ったらさ、まあそういうことだねって、部長たちも含めてみんなそう言ってたじゃないって!それで最初は勝手に言ってろと思ったけど、あんないい加減で適当にやってた人に負けたかと思うともう悔しくって悔しくって…!」

「あーあねえちゃんまたないちゃったよ…大じょうぶ?」

「ねえ祐二、はっきり言ってちょうだい!私のお料理ってどうなの!おいしいのおいしくないの!」

「おいしいよ、おいしいってば…!」

「じゃあね、たまにお母さんが忙しくて私も時間がない時とか冷凍食品を使う時とかあるでしょ。それと比べてどうなの!三日前の夕ご飯、冷凍のチャーハンだったでしょ、それと比べてどうなの!」

「……えっと、ごめん三日まえのチャーハンのあじなんておもい出せない」


 っていうかオレチャーハンっておりょうりのあじそんなにくわしくおぼえてないもん!ムチャいわないでよねえちゃん!


「あんたホントに小学生!?」


 ちょっとねえちゃんそりゃどういういみだよ、ねえちゃんはオレとおなじ小学校一年生だったとき三日まえにたべたごはんのあじをおぼえてたってのかよ!


「そういうことじゃなくて、もうちょっと周囲に気を配りなさいって言いたいの!」

「ねえちゃん、おちついてよ!」

「私は冷静よ!少し塩味が強くってそれはどうかと思うけど、お米は一粒一粒私のに比べてずいぶん立っててそれで私のみたいにベタベタしないでパラパラで!祐二、あんた一体何になりたいの!」


 えーと…ヒカレンジャーのリーダーの男の人がようちえんの先生だから、ようちえんの先生かなー。


「だったらもうちょっと勉強して、どうやったら幼稚園の先生になれるのか考えなさいよ!というかそんな理由で大丈夫なわけ!?」

「ねえちゃん、しずかに!!」

「静かにしてられないからこうして怒鳴ってるんでしょうが!祐二、私やあなたがこうやって脳天気に話してられるのは一体誰のおかげだと思ってるの!?」

「えっと、パパとママ?」

「そうよ、パパやママがいなくなったらあんたそんな風にヘラヘラしてるヒマなんかなくなるのよ、このご時世何があるかわからないのよ!ヒカレンジャーだってそうでしょ、悪い奴らは唐突に現れて何の責任もない人たちを襲うんでしょ!」

 そうだよ、そんなひきょうなことはゆるせないよね!

「だから、まあヒカレンジャーが戦ってるような悪者はともかく、いつ誰がそれと同じような目に遭うかわからないの!私たちはその時の為に少しでも、少しでも強くならなきゃいけないの!こんな簡単な事がどうしてわかんないの!?」


 ……ごめん、わかんない。


「えっと……」

「祐二…!あんたって子は、あんたって子は…!もういい、私寝る!」

「ねえちゃん、はをみがかなきゃだめだよ」

「ああそうだったわね、一人で磨くからあんたは後でね!」

「ねえちゃん、ハンカチ…」

「要らないわよ!」


 ねえちゃんはあんだけないたのに、あんだけどなったのにまだ目からなみだをながしながら、しずかにかいだんをおりた。

 まったく、どうしてあんなにあっさりかわっちゃうもんだろうか。オレはなんにもかんがえらんないままあくびをしながらねえちゃんのつくえの上を見ると、まるいシミができてた。まるでちっちゃな生きものがおねしょしたみたいだ。


「歯を磨いて早く寝なさいよ」


 ねえちゃんはいつもどおりのしかめっつらをしながらもどってくると、そのままベッドに入りこんでねちゃった。

 ねえちゃんってたしかふだんごご9じぐらいまでおきてるのにこんなにはやくねられるんだろうか、とかおもいながらオレがはをみがいてねえちゃんとオレのへやにもどってくると、ねえちゃんはぐっすりねてた。

 まあ、あんなにどなってたらつかれるのあたりまえだよね……。

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