ねえちゃんはなやんでいる

 ねえちゃんのうそつき。


 ゴールデンウィークになったらゆっくりするっていってたのにぜんぜんだめじゃない。なにそんなにしんこくそうなかおしてるの?


「いやね、私ももう15歳だから、私一人で解決しなきゃいけない問題なんだけど」

「なんだよねえちゃん、オレにはなしてみろよ」

「だったらその漫画から手を放してくれる?」

「わかったよ、でどんなはなしなんだよ」

「野球の試合で負けた後ってどんな気持ち?」


 やきゅうのしあい?

 オレよくそとであそんでるけどやきゅうはやったことない。


「でもなんでもまけるとくやしいのはかわんない。まあオレめったにまけないけど」

「あー…そうだったわよね。祐二って今時珍しいぐらい外で遊ぶのが大好きな子だもんね。だからよその子より運動神経もいいしね」

「なんかオレねえちゃんのやくにたてなかったみたい、ごめんね」

「いいのいいの、さっきも言った通り私一人で解決しなきゃいけない問題だし。それよりちゃんと宿題はやらないとダメよ」


 しゅくだいってなに?ああたしかこくごのきょうかしょのおはなしの中でいちばんすきな文をノートにかいてきてくださいってあったな


「いまからやるか」

「今からって、すぐやりなさいよ!」


 ねえちゃんまだゴールデンウィークのしょにちだよまだまだじかんはあるじゃん、とはオレはいわない。

 オレだけじゃなくてパパもママもふみかねえちゃんにも、いちにちのばすってことをねえちゃんはめちゃくちゃいやがる。もちろんねえちゃん本人にたいしてだってそう。でもこれだけはいわせてよ、こんなとこでなやんでてもなんにもすすまないとおもうよ。


「いいのいいの、ここでも考え事はできるから。ああ私は宿題ないからね、これ本当」


 ねえちゃんはうそって大きらいっていうけど、いいのいいのってのはたぶんうそ。

 でもオレははやくゆっくりしたいからそんなことよりさきにしゅくだいをやる。っていうかそうしないとねえちゃんがうごける気がしない。




「くやしいよそりゃ、でもぼくだって3かいに1かいぐらいはかててるしさ。ま、つぎかてばいいやって」

 しゅくだいをおえておひるもたべて、そとへととび出したオレはかおるにかけっことかでまけたときってどんなきもちってきいてみた。

 じっさい、オレとかおるのいろんなあそびにおいてのしょうはいってやつは3かいに2かいぐらいオレがかってるとおもう。そんでゆういちはかおるにすらなかなかかてない、オレとはしょうぶになんない。


「さいしょからかてるとおもってないから、べつにどうでもって」


 だからゆういちにおんなじしつもんをしたけっかのこたえはこれ。

 でもゆういちはじゅぎょう中オレやかおるがわかんないところでポンポン手を上げてる。

 あしのはやいやつおそいやつ、あたまのいいやつわるいやつ、いろんなやつがいる。

「ってなんでそんなこときくの?」

「それはかんべんしてくれよ、でもさ、せんせいいってたじゃん。いい子ってのはあいてのいたみがわかる子だってさ、たぶんさ」

「それってせんせいじゃなくてほかの人がいったことじゃないの?まあそれは正しいなっておれもおもうけど」


 あいてのことをかんがえなきゃいけない。それってねえちゃんもオレにいっつもいってること。でもいまのねえちゃんってそんなかんじじゃない。もしそんなかんじだったらオレにもっともっとそうだんしてくれてるはずだもん。

 オレだってねえちゃんのなやみをもうちょっとわかってやりたい。







「お帰りなさい祐二」

「あれママどうしたの?きょうおしごとなかったんじゃないの?」

「今日のお料理は全部勝美が作るって」


 ねえちゃんのおりょうりか……あんなむすっとしてたねえちゃんがおりょうりなんかできるのかなあ、ママっていっつもたのしそうにおりょうりつくってるのに。


「ママだって毎日毎日浮かれてる訳じゃないの。たまには嫌な時だってあるの。でもまあ祐二の言う通り、今日の勝美ってちょっぴりおかしいのよね。ねえ祐二、正直な所をママに聞かせてくれない?勝美ってどんなお姉ちゃん?」

「うーん、ねえちゃんっていうよりママってかんじ。なんかなんでもかんでもあれダメこれダメってっさ、ねえちゃんのいってることも正しいとおもうんだけど、でもすんなりそうだよねっていえないっていうかさ」


 オレはしょうじきものになった。

 あ、なんかちょっといいかえすとなんばいにもなってかえってきてさってとこはすっとばしたけど。


「女の子ってそんな物かもね、ましてや祐二って勝美より九つも下の弟でしょ。勝美には祐二が自分の子みたいに思えちゃうのよ。ママである私が仕事であんまり家にいないからなおさらなのかもね」

「そうかあ…でもさ、それってカンチガイっていうんじゃないの?ねえちゃんはオレのねえちゃんであって、オレのママじゃないんでしょ?」

「祐二、それお姉ちゃんの前で言っちゃダメよ。ママとのお約束、ね」


 ほんとうのことをいっちゃいけないって、ねえちゃんってめんどくさいなあ。でもまあそれがねえちゃんのためならばガマンすることにする。







 1じかんぐらいあと、ねえちゃんは四人分のハンバーグとサラダをテーブルにもってきた。すんごいうまそうだ。


「パパ、ママ、祐二。正直な感想を言ってちょうだい。お世辞とかそんなのは全く要らないからさ。ではいただきます」


 ねえちゃんらしく、おりょうりにつかったどうぐをぜんぶあらってきれいにしてからいただきますっていった。

 でもさ、パパにしょっきあらいがおわるまでいただきますしちゃだめだよっていうのはまだいいけど、それをてつだおうとしたママにいらないよってどなりつけるのはどうかとおもう。


「勝美、力を抜いてね。もうあなたの役目は終わったんだから」

「終わってない、ちゃんとママたちの評判を聞くまでは…」

「ねえちゃん、そんなふうにいわれたらきんちょうしちゃってあじわかんないよ」

「ほら勝美ったら」


 ああねえちゃんったらなんにもいわないでハンバーグをおはしで二つにして口へ入れちゃった。

 あっでもいただきますっていったっけ、じゃオレも。


「……どう、祐二?」

 ねえちゃんは口の中に入れたハンバーグをあんまりおいしくなさそうなかおをしながらのみこむとオレのほうを見てきた。

 おいしい、でもおいしいってだけいったらねえちゃんは気に入らないんだろうな。どこがどういうふうにおいしいのか、そういわなきゃたぶんねえちゃんはわらわない。

「……まずいの?」


 ねえちゃんはオレのほうをじーっとみながらそんなことをいってくる。ちょっとまってよ、そんなんじゃどんなあじだったかおもいだせないじゃないか。

「ちょっと勝美、小学校一年生の祐二に何を期待してるの?テレビみたいな正確なレポートをやれと言われて、あなたできる?」

「えっ別に私そんなつもりは!」

「残念だけど、母さんの言う通りだぞ。勝美お前は何を慌てふためいてるんだ」


 ママもパパもそういってる。


 そうだよねえちゃんおちついてよ…とおもったら、あーあー、おちつきすぎてくらいかおになっちゃったよ。


「おいこら、そこまで悄然とする必要はないだろ」

「うん…聞かせてちょうだいねパパママ祐二どんな味だったか」


 どんなにあかるそうなことをいったところで、ねえちゃんの目はへんなほうこうをむいたまんま。



「おいしかったのはまちがいない。でもこれまでオレがたべてきたハンバーグとどうちがうのか、あんまりわかんない」

「そうだな、それはまあそうだな…まあ何も問題はないが」

「そう、何にも悪い所はないわ。私と同じぐらいの出来かなーって」

「お父さんもそう思うぞ」




 パパとママとオレ、三人のかんそうってのはそんなんだった。



 そのかんそうをきいたねえちゃんはなんにもいわないでおさらをあらってとだなにしまって、それでうんってわずかにうなずいたっきりへやから出てこようとしない。



「どこにも連れていけない情けないパパだけどな祐二、明後日ヒカレンジャーグッズを買いにおもちゃ屋に連れてってやろうか」

「えっほんとう!でも、明日じゃないの?」

「明日はまずい、お前は興味ないかもしれないけどさ」

「すごい騒ぎだってね」


 なんでも、明日はウィズハンっていうテレビゲームのはつばい日らしい。

 オレテレビゲームなんかぜんぜんやんないしきょうみないけど、そのせいでおもちゃやがこみまくったらやだなあ。でもまあ、かおるはふみかねえちゃんったらこの日がたのしみでしかたないっていってたしクラスメイトたちもそういってた、じゃしょうがないか。


「勝美だって本当はもう少し我慢できる子なんだけどな、今の祐二みたいに」

「何が原因か知らないけど相当イライラしてるわね。祐二、勝美に関してなんか困った事があったらどんどんママに言いなさい」

「パパにも言うんだぞ」

「あのさ、それってつげ口っていわない?」

「言うかもね、でも今回は必要なの」

「どっちかって言うと勝美の為に…だな」


 ねえちゃんのために?大人のいうことってよくわかんない。あっこのことはぜったいにいっちゃダメ?パパとママとのおやくそく?わかったよ、オレまもる。




「本当に何にもないの?」


 ねえちゃん、ウソついてごめんね。パパとママとのやくそくのほうがだいじだもん。

 でもオレがウソをついてるのがわかってるのかのようにねえちゃんはこわい目でこっちをにらんでくる。




 ……ごめんママ、オレやくそくまもれそうにない。




「私ってそんなにあわててるかしら?パパもママものんびりしすぎてると思うんだけど」


 パパ、ママ、ごめんなさい。オレ、ガマンできなくなってねえちゃんがさいきんガマンできてないってパパとママがおもってるっていっちゃった。

 いちばんだいじなことはいってないからゆるしてよ。

「実は今月の終わりにね、料理部最初の発表会があるの。と言ってもそんなに大した物じゃないんだけどね」


 へー、もうそんなのがあるんだ。ぶかつってたいへんなんだなー。で、どんなのなの?


「悪いけどそれは教えられない、自分で解決しなきゃいけないから。私はもう高校生だから、これまでとは違う自分にならなきゃいけないから」

「これまでとちがうじぶん?ねえちゃんはずっと、オレが生まれたときからずっとオレのねえちゃんだよ?」


 いや、死ぬまでずーっとオレのねえちゃんだよ、あねざきかつみっていうなまえのオレのねえちゃんだよ。


「イクラって知ってるでしょ?あれってシャケの卵なの。それでいっつも食べてる真っ白な卵ってのはニワトリの卵なの。同じ卵なんだけど全然違うでしょ。イクラと鶏卵、つまりニワトリの卵はね、名前は同じ卵でも全然別物なの。それでニワトリの卵だってたくさん種類があるの。母さんも言ってたでしょ、同じメーカーの同じ商品でも中身がずいぶん違ってるって。私は姉崎勝美っていう人間だけど、中身はどんどん変わって行ってるの。いや変わらなきゃならないの」


 ねえちゃんはどうしても、オレにおしえたいことがあるらしい。

 でもそれがなんなのかオレにはぜんぜんわかんない。オレがまだ6さいで小学校の一年生だからわかんないのか?もうちょっと年をとって大きくなったらわかるのか?


「そうね、祐二のパパもママも、多分私も祐二より先に死んじゃう。もたもたしてると祐二は一人っきりになっちゃう。その時までに自分一人でも生きられるようにならなきゃいけないし、支えてくれる人を見つけなければいけないの。

 友だち100人出来るかなって言うけどね、実際友達が多くて損な事はないと思うわよ、もちろん悪い友だちはダメだけど。薫君の事は大事にしなさいよ、もちろん小学校で作るお友だちもね」

「……ねえちゃん、はをみがいてくる」

「もう寝るの?歯を磨いた後はちゃんとトイレ行きなさいよ」

「うん、ねる。ねえちゃんもねたほうがいいよ、ずいぶんつかれてるみたいだし」

「ああそうかもね……」


 おりょうりってたいへんなんだなー、ってことがわかった気がする。そうじゃなきゃねえちゃんがあんなにくるしそうなかおするわけないもん。

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